14 結果を拾う日 【14-1】

14 結果を拾う日



『今の状況はそうではない』

『なし崩しには出来ない』


つまり、市尾さんは辞めたくないのに、辞めないとならなくなっていると言うこと。

いや、それだと本橋さんをはじめとした、

こちらが辞めさせようとしているふうに聞こえてくるけれど。

私は頭に浮かんだ『たとえ』を、頭を振ることによって消滅させる。

ない、ない、絶対にそれはあり得ない。

たいした日数、みなさんと働いていたわけではないが、

『海ひびき』の輪を乱してきたのは、どちらかというと市尾さんの方だ。

妙なプライドと強気の言い方で、周りがやりづらくなる空気を作っていたのだから。



理子と『プロペラ』で待ち合わせたのは1時。

ごちゃごちゃと考えながら、私の自転車は『関口内科産婦人科』から

『伊東商店』の前まで戻ってきていた。

家の方には向かわずに、自転車を海の方へ向ける。

景山さんや市尾さんが暮らす『龍海旅館の寮』は、たしかこっちだったはず。

別に何がどうだというわけではないが、このまま家に戻るという気分にはならなくて。

私と同じように休みを取っている市尾さんが、景山さんが見かけた時のように、

時間を持て余して、ふらっと海の近くに出ているようなことはないだろうかと

思ってしまう。

うちの父もそうだが、このあたりに住む人は、

時間があると、なんだかんだと海を見たがる。

毎日見ているし、曜日によって色や流れが変わるようなこともないし、

時には怖い目にも遭わされるのだが、心のどこかで、『頼っている』ような……

自転車で少し走ると、確かに錆び付いたアパートが目の前に現れた。

父の話だと、外見より中は綺麗だと言うことだけれど。



あ……あれ……市尾さんだ。



足はサンダル姿で、少しずつ前に進んでいるものの、目的がある歩き方ではない。

なんとなく海に近づいているような、足の運び方。

予想通り、お休みを持て余しているように見える。

休みになると釣りをする人達が並ぶ、コンクリートの場所で立ち止まる。

市尾さん、手に何かを持っているように見えるけれど、

釣り竿ではなさそうで……


「ん?」


市尾さんは両手で持っていた紙を、半分、また半分に破りだした。

それをまき散らかすように投げてしまう。

風に乗って、海に落ちる紙片と……



私の方に飛んでくる紙片。



何気なく拾ってみると、すぐにそれが何なのかがわかってしまう。



難しい指標と、数字。

これ、『健康診断』のデータじゃないの?


「市尾さん!」

「……は? なんだ、お前、どうしてここにいる」

「どうしてって……私は休みなので。あの、これ」


他にも前に飛んできた紙片。

そこから拾えそうなものを足と手で押さえて拾ってみると、

同じようなものが書かれてあった。

やはりこれは健康診断の結果。

海を覗くと、破片の数枚はもう落ちていて、拾うことが出来ない。


「何をしているんですか。これ……」

「いらないから捨てた」

「いらないって健康診断の結果ですよね」


私は紙片を市尾さんの顔の前に出す。


「だからいらないんだ」

「いらなくないでしょう」

「いらないものはいらないんだ」


クゥ……。

かみ合っているようで、かみ合っていない会話だ。


「わかりました。いらないものなのですね」

「あぁ、そう言っただろう」

「でも、いらないのだとしても、海に捨てることないですよね」

「こんなもの、ヤギが食べるわ」

「海の中にヤギはいませんが……」

「ん?」


あ……まずい、言葉のやりとりの中で、ここがツッコミどころだと思い、

つい強めに言ってしまった。

明らかに市尾さんの表情が、不機嫌そうになる。


「今の女は、口だけが達者だな。仕事もたいしたことなど出来やしないのに、
言うことだけは一人前に言う」


『たいしたことが出来ない』って、あなたと一緒に仕事をしたのは……


「……すみません」


いや、ここはとりあえず謝っておこう。

変なテンションアップは、希望していない。


「体の具合が悪いのですか、それでお休みを?」


急な休みはケンカをしたからとかではなくて、体の……


「何言っているんだ、俺は問題ない。仕事はもう辞めたんだ。
あんなやる気の出ない仕事、こっちからごめんだ」


市尾さんはそういうと、両手をグルグル回し、軽く体操をする。

体自体に問題は無いという、おそらくアピールだと思うけれど。


「辞めるにしても、突然は困ります。本橋さんも小林さんも大変そうですし。
旅館の厨房に応援を頼んだり、芹沢さんも……」

「あいつが俺を追い込んだんだ、そんなもの、しるか」


市尾さんはそう強く言い切ると、私の横を通っていく。

しかし、歩みは数歩で止まった。


「そうか、お前はあいつのお気に入りだからな……」


お気に入り?


「月島さんがそう言っていた。芹沢が自分の権限を広げていくために、
外から人を入れて、やりにくい相手はどんどん切っていくのだろうって……」


月島さんが……


「あぁ、そうだ。『龍海旅館』も終わりだな。改革、改革って、
大切なものなどどうでもいいんだ」

「そんなことはないと思いますよ。だって、芹沢さんは市尾さんを辞めさせないと、
そう言ってますし」


そう、少し前に『関口家』の前で、その話をしたばかりだ。


「辞めさせない?」

「あ……いや、あの……」


言うべきことではなかったのかな? 『辞めさせない』という表現がまずいのか。

市尾さんの表情が、またさらに険しくなって。


「なんであいつにそんなことを……。俺はあいつに指図をされる覚えはない!
余計なことをするなと言え」


あぁ、やはり……

市尾さんの人差し指が、剣のように私に向かってきて、少しのけぞるようになる。


「余計なことってなんですか?」

「余計なことは余計なことだ、あいつが動いている全てのことが余計だ。
自分のことは自分が一番わかっているんだ、いいかそう言っておけよ」


私に向けられた人差し指が、何度も何度も前後に動く。

『余計なこと』が何かはわからないが、とにかく市尾さんは芹沢さんが気に入らない。

それだけは理解出来た。


【14-2】



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