14 結果を拾う日 【14-3】



「3番テーブル、お願いします」

「はい……」


次の日、私は職場に復帰したが、やはり市尾さんはお休み。

小林さんのフォローは今日も続くが、天気がよかったために飛び込みの客も多く、

厨房はてんてこ舞いとなる。


「まだですか、海鮮丼」


お客様の指摘に、景山さんが厨房に声をかける。


「あと少しで出ます」


それでもなんとかメンバーで回し切り、やっと昼食の時間になる。

小林さんは休みに入れたけれど、メインを担当する本橋さんは、

ほぼ休みなしで動いていて。


「市尾さんが辞めるというのなら、とにかく人を動かしてもらわないと無理よね、
これじゃ、本橋さんの負担が大きすぎるもの」


景山さんのもっともな意見。


「市尾さんも、もう少し状況を理解出来る人かと思ったけれど、
いくら周りと合わないって言ったって、この辞め方はないよ。
それはずっと現役で『宴会』を仕切りたい気持ちもわかるけれど、
味覚を感じる力が落ちてきているのは、自分自身一番わかっているって、
話していたこともあるのに……」


「味覚……」

「そう。もともと市尾さんはあまり肝臓が強い人じゃないのよ。
お酒を飲むのもあるけれど、で、年を取ってきたら、味覚を感じる力が落ちてきたって、
そう言っていたし」

「自分で……ですか」

「うん。ほら、うち同じアパートでしょう。すずもかわいがってもらって、
何か作ったからって、お裾分けしてくれることもあって。そんなときに……ね。
そうそう、すずは椎茸が嫌いだったの。でも、市尾さんが椎茸を飾り切りして……」

「飾り切り?」

「そう、かさの部分に切り込み入れて、花椎茸にして。
市尾さんは飾り切りがとにかくうまかったの。果物とかにも出来たし……。
それで『椎茸の入った煮物』を作ってくれて、見た目にも楽しくしてくれたのよ。
それから、すずは椎茸が食べられるようになった。料理に愛情がある人なのよね本当は」


『肝臓』

理子の話と一致する。

となると、市尾さんの肝臓は、昔から状況があまりよくないということ。


「料理に愛情ですか」

「そう。作ればいいでしょうってタイプじゃないから、切り替えられないのかな」


料理に対しての思い。

それならば、やはり……


「治したいと思わないのですかね、市尾さん」


『前向きになれる』何かがあれば、治療に気持ちも向くかもしれないが、

仕事にもやりがいを感じていないとなると、どうでもいいと思えるのかもしれない。


「うーん……今の状況だとね……」


仕事も楽しくないし、職場の仲間ともうまくいっていない。

家に戻っても家族はいないとなると、確かに前向きになる材料が見つからない。


「どうしたの坪倉さん、市尾さんのことにこだわって」

「エ……いや……こんなふうに揉めた状態で、仲間が去って行くのはと」


『仲間』

まぁ、市尾さんにはそう思われていないだろうけれど。

芹沢さんのことを考えたり、市尾さんのことを考えたり、頭はグルグル回る。


「あ、いたいた、坪倉さん」

「はい」


月島さんだ、なんだろう。

あの機嫌が良さそうな雰囲気、私には逆に嫌な感じしかしない。


「『波の綾』のお客様が、明日、チェックアウトされるんだよ。
で、今回の滞在をとても気持ちよく過ごせたとそう言ってもらえて、
取引企業にも、うちを推薦してくれるというのでね」


『波の綾』のお客様とは、剛のこと。


「デザイナー系の学校で、秋から教壇にも立つそうで、まぁ、つながりの色々とある方だ。
坪倉さんからも、お礼を言って欲しいと思ってね」


月島さんは、『これからも縁を作っておけばプラスになる人だ』と剛のことを話す。


「私が……ですか」

「何か問題でもある?」


剛が『龍海旅館』にどういう感想を持つのか、誰に勧めるのか、それは自由であって、

私がわざわざ顔を出し、存在をアピールするのはおかしくないだろうか。

『個人的な関係』をあえて利用されているようで……


「月島さん、話の途中で席を立たないでもらえませんか」


月島さんを追って、慌てて入ってきたのは芹沢さん。

芹沢さんは、何やら険しい顔をして月島さんを見る。

なんだろう、こっちはこっちで……


「話の途中だと思っていたのは芹沢の方だろう。私にとっては終わった話だ」

「違います。終わっていません」


芹沢さんは、私たちの目を気にしたのか、とにかく向こうに戻りましょうと、

月島さんの前に立ち、その進路を塞ごうとする。


「戻る必要などないだろう。この話にこだわって何が残る」

「残る、残らないではないでしょう。一人の人生が……」

「人生? あぁ、そうだ。市尾さんは自分の引き際を自分で決めた。
辞めたいと言うのだから、それを認めることの何が問題だ」

「ですから……」


揉めているのは、市尾さんのことらしい。

景山さんが言う通り、月島さんはとっくに割り切っていて。


「何を急に、今更人生だと? ここへ来て、たいした実績もあげないうちから、
人員整理だ、業務改革だと、色々好き放題にしてきたのはお前の方だ。
プライドの高いベテランなどどうだっていいのだろう。
やりたいのなら勝手にやればいい。それをなぜ急に……」

「引き際を決めたのではなく、決めさせているだけです」

「決めさせた?」

「はい」


月島さんと芹沢さんが合わないのだろうということは、

わかっていたことだったが、ここまで激しく言い合うところは、初めて見る。


「あぁ……そうか、そうかもしれないな。わざわざ『海ひびき』に異動をさせて、
やる気をそいでしまった。もう何もかもどうでもいいと、
やけになっているのかもしれない。でも、それも市尾さんの決断だ」


月島さんは『追い込んだのはお前だろう』と芹沢さんを見る。


「自分のやることの正当性を繕うために、いちいち俺を絡めようとするな」

「絡めなくてもいいのなら、こんなこと言いませんよ。
月島さんの認めももらわないとならないから、だからお願いしています。
私の決断で……責任問題で解決するのなら、とっくに動きます」


芹沢さん……


「何……」

「月島さん、私からもお願いします」


厨房から出てきて、芹沢さんの横に並んだのは小林さんだった。


【14-4】



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