14 結果を拾う日 【14-4】



小林さんは帽子を取り、月島さんに深々と頭を下げる。


「市尾さんは、頑張ってきたんです。『龍海旅館』が本格的な料理を出している時も、
また、外国人向けに方向転換して、
材料から、味付けなども色々と変えないとならないときにも、
日本らしさをわかってもらう工夫を何度も、何度もしながら、ずっと……」


小林さん、市尾さんのことをかばっているんだ。

同じ道を歩いてきた友……いや、戦友として?


「料理の味は落とさないように、それでもスプーンやフォークで食べやすく。
自分の体のことより、何よりも『龍海旅館』のために、働いてきた人です」


厨房のメンバーたちが急に休みを取り、さらに辞めると言っている市尾さんのことを、

迷惑だという口ぶりで話している時にも、小林さんは何も文句を言わず、

黙々と仕事をしてくれていた。


「小林さん……」

「芹沢さんが、市尾さんの体を気にして、
しっかりと病院で診てもらおうとしていることはわかっています。
どうか、月島さん……」


月島さんと芹沢さん。

ボン太と一緒にいるのを見ることが多いということは、

月島さんには、それなりの地位や決定権があるのだろう。

私も景山さんも、月島さんがどう出るのか、黙って見ているしかなくて……


「市尾さんを、突き放さないでください」


小林さんの訴えから、休憩室に流れる静かな空気。

月島さんがどう出るのか、色々な意味でみんなが注目して。


「小林さん、嫌だなぁ……何を勘違いしているのかな。
私が何か意地悪でもしているかのような、そういうものの言い方は辞めていただきたい。
私はずっと、市尾さんを評価しているし、戻ってきてもらいたいと思っていますよ。
ただ、ご本人が限界だと言っていて、それを無理矢理ねぇ……」


場の雰囲気が、自分の方に有利ではないと気づいたのだろう。

月島さんはそのまま『海ひびき』を出て行ってしまう。

小林さんは数歩前に出て、芹沢さんの肩を軽く叩く。

その返事という意味なのか、芹沢さんは1度だけ頷いて。


「市尾さんはずっと、『龍海旅館』のことだけを考えてきた。
自分の作る料理に愛情を込めて、仕事に誇りを持ってね……」

「はい」


芹沢さんは頷き、『だと思います』と返事をする。


「それでも、限界があると思ったので……」

「わかってますよ、それも……。芹沢さんが市尾さんを旅館の厨房から外したのは、
彼のためだと言うこともね」


小林さんは、何も言わないまま市尾さんを旅館の厨房に残していたら、

体を壊して倒れてしまうか、味覚が安定せずに、客からクレームが入るか、

どちらかだっただろうと話す。


「あなたが悪いと責め立てることで、彼のプライドはなんとか保てていた。
自分もどこかで一線から引かないとならないことは、十分わかっていたからね」


小林さんは、『お願いします』と芹沢さんに頭を下げる。

芹沢さんは同じように挨拶をした後、私と景山さんにも頭を下げてくれて……


「みなさんにご迷惑をかけて申し訳ありません。
旅館の方から、応援部隊を回せるように組んで来ますので、
もう少し、よろしくお願いします」


月島さんを追うように、芹沢さんが『海ひびき』を出て行って、

休憩場所には、私たちが残される。

小林さんも景山さんも、食べ終えた食器を片付け始め、

私もそれに合わせて動くことになる。



『孤独になる覚悟』



芹沢さんは『龍海旅館』に入り、経営を立て直してきた。

理子や洋平のような外側の人達にも、その実力を認められると言うことは、

それなりに厳しいことをして、結果を出してきたのだろう。

小林さんや市尾さんというベテランを厨房から外し、勤務態勢や仕事内容を見直し、

カット出来るところはカットする。

そこに関わる人達からは、冷たい視線も受けてきて。

それでも『やり遂げる』という強い思いが、芹沢さんを動かしている。



どうしてそこまで、強くいられるのだろう。





「菜生……」

「うん」


月島さんが言ったからというわけではなく、私は仕事を終えてから、

剛の部屋にあらためて向かった。

明日チェックアウトだということを、何も知らせてこなかったのは、

剛なりに気を遣っていたからかも。


「明日、チェックアウトだってね」

「あぁ……仕事も無事終了したし、休暇も……そろそろな」

「うん」


私は、自分の仕事関係の人達に、

あえてここを宣伝するようなことはする必要が無いと思い、

『無理はしないで欲しい』と話す。


「無理?」

「そうだよ。私に悪いとか、ここで働いているから気を遣ってとか、
そういうのは辞めてよね。剛自身がいい場所だったと思うのならともかく、
月島さんが絡むと、ちょっとさ」

「あぁ……あの人か。結構押しが強かったけど、まぁ、仕事だからそういうものだよ」


剛は、こういうところはみんな同じだと、笑ってくれる。


「『龍海旅館』のことは、昔から知っていた。正直、外国人向けに動いた時には、
あまり評判がよくなくて、それ以前に利用していたという仲間からは、
悪い話も聞いたし」

「うん」

「でも、今回自分で利用して、本当にいいと思えたから周りにも勧める気になった。
菜生がいるからとか、遠慮してという話ではないから気にするな」


私は『わかった』という意味で頷く。

剛がそう言うのなら、それ以上、言うつもりもない。


「『七海』にとって、ここ……『龍海旅館』は昔からシンボルなの」

「うん」

「この場所が魅力を持つと言うことは、
『七海』の町全体が輝くことにつながってくるから。だから……」



だから……



「だから、私はここで頑張る」


剛は黙って頷いてくれた。

『東京』から逃げてきたことは間違いないけれど、逃げっぱなしにはならない。

私はここで、大きく息を吸い込んで生きていく。


「来た時には、どうして来るのよと思ったけれど、でも、来てくれてよかった」

「うん」

「あのままさよならにならなくて、よかった……」


26年の人生のうち、3年間の思い出。

ごちゃごちゃになったままではなく、ちゃんと残せる気がする。


「元気で……」

「菜生もな」


剛の最後の言葉に、私は大きく頷き部屋を出た。

そのまま正面玄関を出て、自転車置き場に向かう。

本当にお別れだ……そう思うと、少し目が潤んだし、

油断をすると涙も出そうになったが、自転車でかっ飛ばしたら、

その水分も飛んでいってしまう。


「ただいま」

「おかえり」


家族の声に迎えられ、『疲れた』と言いながら階段を上がる。

『サンサン』をつかんで顔の上に置くと、ざわざわしていた気持ちがスッと落ち着いた。


「『サンサン』……また明日も頑張るよ」


返事などないことはわかっているけれど、それでもいい。

鬼ちゃんの『菜生に見て欲しいものがある』という台詞を聞き、

すぐに着替えを開始した。


【14-5】



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