16 生意気なことを言う日 【16-2】



そこでは父が『お小遣いが足りなくなった』と母に財布を見せていて、

母は『それならば、へそくりを出しなさい』と、これまた自信満々に返事をしている。


「へそくりなんてない」

「ない?」

「あぁ……」

「あ……そう、それならこの間見つけたお札は、家計に入れておきますね」

「ん? いや、おい、どこでだ」


カン、カン、カーン……あっという間にバトル終了。

何かを指摘されるとすぐに取り乱し、

『私はウソをつきました』と頭が宣言してしまう父、今回もノックアウト。



「おぉ、『てくてく』の人か。昨日の午後だったかな、急に来たんだよ。
最初はお客様かと思ってな。鬼ちゃんの作った小物に興味を持ってくれるから」

「うん」


私は『てくてく』から電話があったのに、鬼ちゃんが居留守を使ったことを話す。


「その時はな、鬼ちゃんも、少し説明を入れたりして。
そうしたら名刺を出して『てくてく』だと言うだろう。
『龍海旅館』の芹沢さんが、こういったことをしている若い職人さんがいると、
教えてくれましたなんて言って」

「そうよね、鬼ちゃんびっくりして、急に『いいです』って逃げたのよ」

「逃げた……」

「そうそう、軽トラックに乗って逃げちゃったの」


母は『素早かったよね』と父に話し、父もその通りだと頷き返す。


「ふーん……どうしてなのかな。今も電話が来て、私も言ったよ、
『坪倉畳店』の宣伝になるのにって」

「あぁ、俺もそう言った。こういった試みをしていますと、
うちに来る人だけに話をしても、なかなか広まらないだろう。
でも、情報誌なら、うちを知らない人にも知ってもらえるチャンスが出来る」

「うん……そうだよね」


これからこっちに旅行に来る人が、観光協会に立ち寄ると、見ることが出来る情報誌。

『三田島』の駅近くにも、確か数軒、雑誌を置いている店もあったな。


「名古屋にいらっしゃるご両親にも、送ったりすればいいとも話をしたけれど……」

「あ、そうだよね。鬼ちゃんがこうして頑張っていると……」


『名古屋』か。

そう、鬼ちゃんは元々名古屋に住んでいた。

七海さんとのことがあり、字が同じことからここに流れて今があるけれど……



今……



『うちを知らない人にも知ってもらえる』

『鬼ちゃんがこうして頑張っていると……』



私は扉のガラス部分から、工場にいる鬼ちゃんを見る。

市尾さんとホームページのコメント。

いや、それ以上に確率は低いけれど、でも、父が言うように、

今のままでは、鬼ちゃんの頑張りなど誰にも伝わらない。


「母さん、鬼ちゃんがどうしてもと断るのならさ、
ここは社長として俺が出て行くべきだよな。そうだ、そうだ、
そうなったら散髪、行っとくよ、うん」


父はどさくさ紛れのコメントをつけ、お金をもらおうと手を出した。


「へそくり!」


しかし、そんな小細工など通用しない母の一撃に、あえなく二度目の撃沈をした。





「『青海原』のお客様が?」

「そうなの。今朝チェックアウトされて、クリーニングのスタッフが入ったら、
テーブルの上にお手紙があったって」


次の日、私が仕事に向かうと、景山さんが駆け寄ってきた。

ホームページにコメントを入れてくれた女性は、確かに家族で宿泊しに来たという。


「ご担当者様って書かれていたから、
スタッフがすぐに、芹沢さんのところに持って行ったみたい」


細かいことはよくわからないが、

芹沢さんは市尾さんのところに手紙を持って行ったと言う。


「飾り切りだろ。間違いなく市尾さんだよ。厨房のスタッフで、
わざわざプラスアルファの手間をかけるなんて、あの人以外あり得ない」


本橋さんはそういうと、『来ていればな……』と一言つぶやく。

小林さんや私も、『その通りだ』としか言葉がなくて。



その日の仕事終わり、芹沢さんから呼びだされて、企画室へ向かう。

扉をノックすると、『どうぞ』と声がかかった。


「すみません、仕事終わりに」

「いえ……」


話したい内容はだいたいわかる。

芹沢さんは、テーブルの上に封筒を置く。


「あのコメントのお客様が手紙を残してくれました」

「はい、今朝、景山さんから聞きました」


芹沢さんは、手紙は2通あり、

一つは市尾さんに渡してきたため、ここにはないと説明してくれる。


「市尾さんは受け取ってくれました」

「そうですか」


私は、とりあえず拒絶されなくてよかったと思い、頷いた。


「昨日チェックインした後、すぐに『海ひびき』に顔を出してくれたそうです。
でも、顔ぶれを見て、若い人ばかりだったので、いないことがわかったと」

「はい」


そうか、昨日は小林さんも休みだった。

本橋さんと、旅館側のスタッフなら、年齢も若いはず。


「それでも、スタッフに私が書き込みましたと言うのは、さすがに恥ずかしかったらしく」


私はそれは理解出来ると思い、頷いていく。


「宿泊名簿を見ると、『日吉郁恵』さんであることがわかりました。
個人情報ですから、こちらからこのことで連絡をするわけにはいきません。
ただ、部屋の担当をした仲居からは、ご夫婦で『職業が料理人』だと言う話を、
していたと聞いて……」


料理人……


「そうですか」

「あとは、内容がわからないので、なんとも言えませんが。
同じような道を目指すことになった後、幼い頃のことが蘇って、
ふと、あのときの人に会いたいと思ってもらったのかなと」


好き嫌いが多かった女性が、料理を作る人に優しくされ、

自分も料理で人をもてなす仕事を、目指すことになった。

なにげない生活の中で、人に影響を受けることは確かにある。


「タイミングが合えば、市尾さんにもいい刺激になるかと思いましたが……」


計画は大失敗ではないけれど、こちらが思ったような形にはなっていない。

何度も家に向かい声をかけたり、

反対意見を言う同僚を説き伏せたりしてきた芹沢さんからすると、

空しさもあるのかもしれないが。


「芹沢さん」

「はい」

「やれることはやりましたよ」


これだけは言える。芹沢さんは間違いなく頑張った。

自分が、市尾さんの大好きな場所を取り上げてしまったという思いが、

どこかにあるのかもしれないが、それは意地悪ではなく、状況から当然のことで。

内心、市尾さんだってわかっているだろう。

小林さんには、自分の舌が劣ってきたことを話していたのだから。

でも、素直に出られなくて。


「坪倉畳店からの情報です。市尾さん、少なくともお休み中に2回、
『海ひびき』の様子を見ていたようですよ」

「エ……」

「柵の外からですが」


私は鬼ちゃんから聞いた話を芹沢さんに伝えた。


【16-3】



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