17 ライバル誕生の日 【17-4】



「すみません、『水天一碧』からです。お子さんの具合が少し気になるので、
ご近所で診てもらえるお医者様はいないかと……」

「はい」


私は立ち上がると、すぐに『水天一碧』の部屋に向かうことにした。



「すみません、急に」

「いえ、お子さんが急に具合を悪くすることはよくありますから」


千葉から来たお客様。

今朝早くに家を出発し、電車と新幹線を使いここまで来たのだが、

はしゃいでいた8歳の息子さんが、お昼を食べてから少し調子が悪そうで、

チェックイン早々、さきほど吐いてしまったと言う。

子供が慌てて食べて吐いてしまうようなことは、よくあることだけれど、

旅先だし、心配になるご両親の気持ちは理解出来る。


「ごめんね、坪倉さん。これから団体さんのチェックインがあるのよ」

「大丈夫です、お客様を車で運びますから」


フロントに置いてある車の鍵を取り、私はお母さんと息子さんを車に乗せ、

『関口内科産婦人科』に向かうことにする。

本来なら子供だから小児科となるところだが、

旅館からの距離を考えたら、理子のお父さんに診てもらうのが一番早い。

息子さんは吐いてしまったことがショックだったのか、泣きべそのまま、

後部座席で横になった。


「すぐお医者さんに診てもらおうね」

「……うん」


顔色も悪くはないし、こちらの問いかけに返事をするのだから、

おそらくそれほど大事ではないだろうが。


「坪倉さん、関口さんに電話しておく」

「お願いします」


木立さんが、先に連絡を入れてくれることになったので、私はとにかく安全運転。


「すみません、お願いします」

「はい、出発します」


以前、芹沢さんが乗っていた軽自動車。

『龍海旅館』の敷地からゆっくり出て、坂を下り始める。


「ねぇ、病院、注射する?」

「わからないけれど、でも、それですぐに治るのならした方がいいでしょう。
美味しいものも食べられないし、遊びにも行けなくなっちゃうよ」

「……うーん」


後部座席から聞こえてくる会話。病院イコール注射か、子供らしい発想だな。

私が駐車場に車を入れようとすると、すでに理子が外に待っていてくれた。


「ごめんね、急に」

「大丈夫だよ、小学生だって?」

「うん、お願いします」


午後は午前中ほど込まないため、

それほど待つことなく診てもらえることになった。


「今度は何、これ菜生の制服?」

「エ……そうだよ、フロント業務、かっこいいでしょう」

「かっこいい、かっこいい」

「何よ、その言い方」


理子は中に入ればと言ってくれたが、私は気持ちがいいので外にいると話し、

そのまま駐車場で待つことにした。

かといってやることもないので、携帯のニュースでも見ようかと思ったが、

指は自然に『BB』と打ち込み、ホームページを開く。



『Building Blocks東京』



『Building Blocks』とは今から10年ほど前、東京でオープンした人気ホテルの名前。

積み木という意味を意識し、ホテルの形も上に伸びていくような長方形ではなく、

階数によって、あえて方角をずらしたような作りが、個性的だと評判を呼んでいる。

そういえば、中に入ったお店の内装デザインを、剛の友達が仕事でしていて、

食事券をいただいたことがあった。

宿泊料金はとてもお高いので、もちろん食事のみで終わらせたが。

木立さん、私が東京にいたことを話したら、

芹沢さんとは『BB』の知りあいかと、そう言って。



ということは、芹沢さんは『BB』にいたってこと?



いやいや、『BB』で働いていたら、親戚の家だとしても、

わざわざ『龍海旅館』に来る?



私なら来ないけど。



「菜生!」


理子から声がかかり、お客様のお子さんは、それほどたいしたことがないとわかった。

熱も微熱程度で、吐いてしまった原因も、おそらくはしゃぎすぎだろうと診察される。

それが証拠に、帰りの車の中では、男の子は歌を歌うような状態だった。


「そう、それはよかった」

「一応、厨房の方には話をしまして。ご両親とも相談して、消化のいいものを作ることに」

「そうね」


子供用の薬も調剤薬局でもらってきたので、落ち着けば大丈夫だろうが、

もし、何かあるときには連絡をくれるようにと、理子のお父さんからも言ってもらえる。


「助かった、ありがとう。ご両親も旅先だから心配だったと思うし」

「ですよね。でも、診察してもらったので、ほっとされていると」

「そうよね」


そのときの状況を知り、食事を変えることも必要だし、

部屋食のため、お客様の要望に合わせていけるのは、旅館の一番いいところ。


「坪倉さん」

「はい」

「これをお客様のところに」

「はい」


芹沢さんから渡されたのは、ドラのぬいぐるみ。


「せっかくの家族旅行が、嫌な思い出にならないように」

「はい」


私は芹沢さんからぬいぐるみを受け取ると、『水天一碧』に向かうことにした。

男の子は少しずつ元気を取り戻していて、ドラのぬいぐるみを渡すと、

最初は『僕、女の子じゃないよ』と照れくさそうだったが、

それでも『ありがとう』と受け取ってくれる。

あらためてお礼を言われ頭を下げた後、階段を降りていくと、

どこからかガタガタと音が聞こえてきた。

窓が風で揺れているような音だったので、どこかに扉があるかと首を動かすと、

ちょうど非常口の扉があって、近づいてみると確かに少しだけずれていたので、

完全に扉が閉められていないのがわかり、私はあらためて扉を開き、

挟まるようなものがないか確認し……



……し……



月島さんだ、誰かと話をしていて……



こちらを見た。


【17-5】



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