「一花は、サッカー部のマネージャーをしていたから、
洋平とも接点があって、3人で話すことも増えて」
「うん」
「ある日の帰り道に、一花から『理子と洋平はどういう関係?』って急に聞かれた。
私は『幼なじみだよ』って答えたの。菜生のことも話して、保育園からずっと一緒で、
よく遊んできたって」
3人とも親が『商売』をしている家のため、私たちは同じ保育園に通っていた。
互いの親が協力して、3人で一緒に帰ったこともあったり。
洋平の家でチャンバラをしたり、理子の家でおままごとをしたり、
うちの階段でじゃんけんをして遊んだり……
「『それなら、理子は洋平に特別な感情はないの?』って、一花に言われて。
私は『ないよ』と答えていた。あまりにもストレートに聞かれたし、
本当は自分も洋平が好きだけれど、あまりにも存在が近くて、それに……」
理子の話が止まる。
高校2年だとすると10年。その月日、理子が抱えてきたということは、
話しづらい内容であることは当然で。
数秒間がそこにあることで、どうしても重たい気分になっていく。
「幼なじみだと言いながらも、実は洋平もきっと、
私を見てくれているだろうって……心のどこかで思っていて」
「うん」
そう、洋平は理子が好きだった。
いや、今現在もおそらくそうだろう。
一緒に育ってきた私たちだから、言葉に出さなくても気持ちはわかる。
理子がそう思うのも、当たり前。
「一花が洋平に告白しても、大きな石は動くことが無いはずだって、私……」
『大きな石』とは、洋平の思い。
「だから一花には『何もない』を言い続けていたの。
洋平のことで、一花ときまずくなるのも嫌だったし。
そうしたら夏休みに、サッカー部で『七海花火大会』を見に行くことになって、
一花が休日に、『その時に着ていく洋服を見に行きたいから着いてきて』って。
『洋平が来るから、制服ではない自分を見せたい』って、そう……」
高校生の恋心。学生服ではない姿を見ると、確かに少し大人に思えたりして。
髪型などもアレンジして出かけたい気持ちは、十分理解出来る。
「断る理由もないし、買い物は楽しいから、
私も『小山』にある『ショッピングモール』に行くことになって。
待ち合わせをしたのだけれど……」
やはり、あの事件とつながっていく。
私は、無言のまま頷き返した。
「駅に向かう途中で、洋平に会ったの。
洋平が、来週の花火大会にサッカー部が行くけれど、理子も来ないかって誘ってくれて。
私は、『部員だけで行くのでしょう』と、一花から聞いていたことを言ったけれど、
洋平は友達も数人他の友達を連れてくるから、私は一花とも親しいし、
問題ないだろうってそう……」
洋平の気持ち……
一花さんではなく、理子。
「でも、私は一花の気持ちを知っていたから。部活ではない特別な日に、
洋平と楽しい時間を過ごしたいと思っている、一花の気持ちを知っているのに、
それで知らんふりをして花火大会に行くのは嫌だったから、行かないと言ったの。
洋平はわかったって言って。ごめんなさいと謝った。
そうしたら洋平が、『それなら、来年からは一緒に行こう』って」
『来年から……』
来年だけではなく、『そこからずっと一緒に』という意味。
洋平らしい、まっすぐで真面目な告白。
「私、本当はすごく嬉しくて。でも、その数倍照れくさくて。
答えを濁したままにして、そのまま試合の結果を聞いたり、
宿題の状態を聞いたりしていた。洋平も、部活でいつもいなかったから、
二人で話が出来たのが本当に久しぶりで、つい笑っていて、気づいたら、
乗ろうとしていた電車に乗り遅れていた」
都心と違い、このあたりでは、1本電車が行ってしまうと、次は10分以上来ない。
「それでも、ギリギリ約束の時間には間に合ったと思って駅から出て、
『ショッピングモール』の方を見たら、すごい人と救急車と、パトカーが……」
「それがあの事件だったってこと?」
理子は頷き、当時の辛い気持ちを思い出すのか、目には涙が溜まっている。
「サイレンの音、店員さんの『こっちに来ないでください』って声、
ずっと頭の中に残っている」
何が起きたのかと近づこうとする野次馬と、
混乱を少しでも収めようとする店員さんの声。
「私が電車に乗り遅れなければ、もっと早く行っていたら、
一花とすでに会っていて、他の売り場を見ていたかもしれない。
犯人に、ナイフで腕を傷付けられたりしないで、かわいい洋服を着て、
花火大会に行けた。いや、私も洋平が好きだからとその前に話をしていれば、
洋服を買うことだって、考えなかったかもしれないとか……もう、頭が混乱してしまって」
『小山ショッピングモール』の事故。
食品売り場のトイレ近くで、ナイフを持った中年男が急に暴れ出し、複数のけが人が出た。
警備員と数名の定員が男を押さえ、亡くなった人はいなかったが、
切りつけられた数人の中に、理子の友達、一花さんがいたのだ。
当時、『女子高生』という発表だけで名前は伏せられていたが、
数ヶ月もするとその後、怪我を治した人が事件を振り返ったりすることもあり、
自然と本当のことが伝わってきた。
「一花のお父さん、その年の11月には転勤が決まっていたの。
でも、一花が高校生で妹さんが中学生だったから、最初は単身赴任の予定だった」
「うん……」
「だけど、あの事件があって、学校に通いづらくなると思ったのか、結局、
家族全員で引っ越すことに予定が変わって……」
私は黙って頷いた。
一花さんの気持ちや、親の思い。
事件を思い出すような場所には、住んでいたくないだろう。
「先生からそれを聞いて、私は家に連絡をして訪ねたけれど、
事件からそれほど経過していないから、
一花が誰にも会いたくないって言っていると聞いて、会えなかった。
結局、そのままご実家におじいちゃん達だけを残して、家族で山形に」
『会いたくない』と言われたら、確かに無理にとは言えないだろう。
理子の存在が、当時は一花さんにとって、事件を思い出すことにつながるわけで。
「結局、謝れないまま高校を卒業してしまった。
大学生になっても、私にはずっと一花に対しての申し訳なさがあったから、
成人式の前にもご実家に行ったの。そうしたらその家には、
一花の叔母さん家族が入っていた」
「叔母さん……」
「うん。私が一花の高校の同級生だったと話をしたら、
一花が北海道の大学に進学したけれど、
近頃は、家族ともあまり連絡を取らなくなっているって聞いて……」
理子は抱えた『罪悪感』を処理できないまま、月日を重ねてしまった。
一花さんが洋平への思いを口にすることなく、
楽しみにしていた花火大会を過ごすことも出来ず、姿を消したことが、
心の奥底に、沈み込んでいて。
「一花とのずれた時間を知らない洋平が、告白してくれるたびに、
あの日、駅に向かう前、話をしていた記憶が蘇ってきて。
私は答えを返すことが出来なかった。私が洋平と一緒にいることを、
一花はきっと許してくれないと思って……」
「理子……そんなこと」
「おかしなことかもしれない。でも、私はあの時、そう……あの時、
一花との約束を忘れていた。洋平と話していることが嬉しくて、楽しくて、
一花との待ち合わせのことを忘れていたから」
たった一つのミスを、ずっと抱えて……
「それなのに、何も悪くない洋平が、こんなことになるなんて」
一花さんは確かに不幸な事件に巻き込まれたけれど、
理子の行動を責める人は、いないはず。
出かける途中で知っている人と会って話をしていたら、電車に乗り遅れる。
こんなこと、誰にだって起きることだ。
優しくて、人を思う理子だからこそ、普通以上に悩んでしまうのだろう。
理子の心の時計は、ここで止まってしまった。
【19-2】
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