19 指を握る日 【19-1】

19 指を握る日



「一花は、サッカー部のマネージャーをしていたから、
洋平とも接点があって、3人で話すことも増えて」

「うん」

「ある日の帰り道に、一花から『理子と洋平はどういう関係?』って急に聞かれた。
私は『幼なじみだよ』って答えたの。菜生のことも話して、保育園からずっと一緒で、
よく遊んできたって」


3人とも親が『商売』をしている家のため、私たちは同じ保育園に通っていた。

互いの親が協力して、3人で一緒に帰ったこともあったり。

洋平の家でチャンバラをしたり、理子の家でおままごとをしたり、

うちの階段でじゃんけんをして遊んだり……


「『それなら、理子は洋平に特別な感情はないの?』って、一花に言われて。
私は『ないよ』と答えていた。あまりにもストレートに聞かれたし、
本当は自分も洋平が好きだけれど、あまりにも存在が近くて、それに……」


理子の話が止まる。

高校2年だとすると10年。その月日、理子が抱えてきたということは、

話しづらい内容であることは当然で。

数秒間がそこにあることで、どうしても重たい気分になっていく。


「幼なじみだと言いながらも、実は洋平もきっと、
私を見てくれているだろうって……心のどこかで思っていて」

「うん」


そう、洋平は理子が好きだった。

いや、今現在もおそらくそうだろう。

一緒に育ってきた私たちだから、言葉に出さなくても気持ちはわかる。

理子がそう思うのも、当たり前。


「一花が洋平に告白しても、大きな石は動くことが無いはずだって、私……」


『大きな石』とは、洋平の思い。


「だから一花には『何もない』を言い続けていたの。
洋平のことで、一花ときまずくなるのも嫌だったし。
そうしたら夏休みに、サッカー部で『七海花火大会』を見に行くことになって、
一花が休日に、『その時に着ていく洋服を見に行きたいから着いてきて』って。
『洋平が来るから、制服ではない自分を見せたい』って、そう……」


高校生の恋心。学生服ではない姿を見ると、確かに少し大人に思えたりして。

髪型などもアレンジして出かけたい気持ちは、十分理解出来る。


「断る理由もないし、買い物は楽しいから、
私も『小山』にある『ショッピングモール』に行くことになって。
待ち合わせをしたのだけれど……」


やはり、あの事件とつながっていく。

私は、無言のまま頷き返した。


「駅に向かう途中で、洋平に会ったの。
洋平が、来週の花火大会にサッカー部が行くけれど、理子も来ないかって誘ってくれて。
私は、『部員だけで行くのでしょう』と、一花から聞いていたことを言ったけれど、
洋平は友達も数人他の友達を連れてくるから、私は一花とも親しいし、
問題ないだろうってそう……」


洋平の気持ち……

一花さんではなく、理子。


「でも、私は一花の気持ちを知っていたから。部活ではない特別な日に、
洋平と楽しい時間を過ごしたいと思っている、一花の気持ちを知っているのに、
それで知らんふりをして花火大会に行くのは嫌だったから、行かないと言ったの。
洋平はわかったって言って。ごめんなさいと謝った。
そうしたら洋平が、『それなら、来年からは一緒に行こう』って」


『来年から……』

来年だけではなく、『そこからずっと一緒に』という意味。

洋平らしい、まっすぐで真面目な告白。


「私、本当はすごく嬉しくて。でも、その数倍照れくさくて。
答えを濁したままにして、そのまま試合の結果を聞いたり、
宿題の状態を聞いたりしていた。洋平も、部活でいつもいなかったから、
二人で話が出来たのが本当に久しぶりで、つい笑っていて、気づいたら、
乗ろうとしていた電車に乗り遅れていた」


都心と違い、このあたりでは、1本電車が行ってしまうと、次は10分以上来ない。


「それでも、ギリギリ約束の時間には間に合ったと思って駅から出て、
『ショッピングモール』の方を見たら、すごい人と救急車と、パトカーが……」

「それがあの事件だったってこと?」


理子は頷き、当時の辛い気持ちを思い出すのか、目には涙が溜まっている。


「サイレンの音、店員さんの『こっちに来ないでください』って声、
ずっと頭の中に残っている」


何が起きたのかと近づこうとする野次馬と、

混乱を少しでも収めようとする店員さんの声。


「私が電車に乗り遅れなければ、もっと早く行っていたら、
一花とすでに会っていて、他の売り場を見ていたかもしれない。
犯人に、ナイフで腕を傷付けられたりしないで、かわいい洋服を着て、
花火大会に行けた。いや、私も洋平が好きだからとその前に話をしていれば、
洋服を買うことだって、考えなかったかもしれないとか……もう、頭が混乱してしまって」


『小山ショッピングモール』の事故。

食品売り場のトイレ近くで、ナイフを持った中年男が急に暴れ出し、複数のけが人が出た。

警備員と数名の定員が男を押さえ、亡くなった人はいなかったが、

切りつけられた数人の中に、理子の友達、一花さんがいたのだ。

当時、『女子高生』という発表だけで名前は伏せられていたが、

数ヶ月もするとその後、怪我を治した人が事件を振り返ったりすることもあり、

自然と本当のことが伝わってきた。


「一花のお父さん、その年の11月には転勤が決まっていたの。
でも、一花が高校生で妹さんが中学生だったから、最初は単身赴任の予定だった」

「うん……」

「だけど、あの事件があって、学校に通いづらくなると思ったのか、結局、
家族全員で引っ越すことに予定が変わって……」


私は黙って頷いた。

一花さんの気持ちや、親の思い。

事件を思い出すような場所には、住んでいたくないだろう。


「先生からそれを聞いて、私は家に連絡をして訪ねたけれど、
事件からそれほど経過していないから、
一花が誰にも会いたくないって言っていると聞いて、会えなかった。
結局、そのままご実家におじいちゃん達だけを残して、家族で山形に」


『会いたくない』と言われたら、確かに無理にとは言えないだろう。

理子の存在が、当時は一花さんにとって、事件を思い出すことにつながるわけで。


「結局、謝れないまま高校を卒業してしまった。
大学生になっても、私にはずっと一花に対しての申し訳なさがあったから、
成人式の前にもご実家に行ったの。そうしたらその家には、
一花の叔母さん家族が入っていた」

「叔母さん……」

「うん。私が一花の高校の同級生だったと話をしたら、
一花が北海道の大学に進学したけれど、
近頃は、家族ともあまり連絡を取らなくなっているって聞いて……」


理子は抱えた『罪悪感』を処理できないまま、月日を重ねてしまった。

一花さんが洋平への思いを口にすることなく、

楽しみにしていた花火大会を過ごすことも出来ず、姿を消したことが、

心の奥底に、沈み込んでいて。


「一花とのずれた時間を知らない洋平が、告白してくれるたびに、
あの日、駅に向かう前、話をしていた記憶が蘇ってきて。
私は答えを返すことが出来なかった。私が洋平と一緒にいることを、
一花はきっと許してくれないと思って……」

「理子……そんなこと」

「おかしなことかもしれない。でも、私はあの時、そう……あの時、
一花との約束を忘れていた。洋平と話していることが嬉しくて、楽しくて、
一花との待ち合わせのことを忘れていたから」


たった一つのミスを、ずっと抱えて……


「それなのに、何も悪くない洋平が、こんなことになるなんて」


一花さんは確かに不幸な事件に巻き込まれたけれど、

理子の行動を責める人は、いないはず。

出かける途中で知っている人と会って話をしていたら、電車に乗り遅れる。

こんなこと、誰にだって起きることだ。

優しくて、人を思う理子だからこそ、普通以上に悩んでしまうのだろう。

理子の心の時計は、ここで止まってしまった。


【19-2】



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