19 指を握る日 【19-2】



「そうか、そうだったのか」

「うん……」


理子が長い間、ずっと心に隠してきた気持ち。

洋平を思い、友を思い、悩み続けて。

一花さんが過去から抜け出しているという保証がないからこそ、

理子もその場で足踏みをするしかなく。

何も知らない洋平は、ずっと、理子を思い続けて……



思い続けて……苦しみ続けて……



気持ちがわからないことはない。

でも、違う。



「理子」


正しいのかどうかはわからない、でも、理子は私に話をしてくれた。

だから私も、話を全て聞いた上で、私なりの思いを話すことにする。


「私は気づいていたと思うよ、一花さん、本当は」


そう、気づいていたはず。

気付いていたからこそ、『どんな関係なのか』とあえて聞いてきたはず。


「洋平が理子を好きなことも、理子が洋平を好きなことも。
一花さんは絶対に気付いていた。だってあいつ、全然隠さないもん」


そう、洋平は理子への思いを、隠したことがない。

同じ学校にいた人間は、ほとんどがわかっていたはず。

あまりにもハッキリしすぎていて、からかう余地もないくらいだったから。


「事件があって、一花さんに謝りたい理子の気持ちもわかるし、
彼女の連絡先がわからなければ、確かに思いを知ることは出来ない。
でもさ、そこにこだわり続けていくと、理子は『一番大切な人』をずっと、一生、
悲しませることになる」


理子を思い続けて、この『七海』で生活をしている洋平。

何度も告白し、断られ、『結婚は望まない』と言われた。

それが理子の気持ちだと必死に思い込み、

どこかで区切りをつけなければと考えながらも、理子が一人でいるのなら、

自分も一人で居続けようくらいのこと、あいつは考えているはず。

どこまでも理子が大切だからこそ……


「誰に何を言われても、絶対に洋平のそばにいるって理子が決めたら、
あいつはどこにいたって、何が起きたってまた立ち上がれる。
絶対に理子がいる場所に帰ってくる」


鬼ちゃんの話や、今回の事故のように、

人は時として急に、『生と死』を突きつけられる。

『永遠』など理想論で、ありえないという現実に気づかされるけれど、

だからこそ、『今』が輝くわけで。

鬼ちゃんを思った七海さん、洋平を思う理子。

相手を思い身を引くことは、それなりの正しさかもしれないけれど、

でも、一緒に悩み、苦しむことも、それもまた愛情だと思うから。


「菜生……」

「理子にとって、一番大切なのは誰。これから一生会えるかどうかわからない、
一花さんなの?」


『一番大切な人』

色々なものを取り払って、ただそれだけを考えたとき、浮かぶのは……


「私、洋平を……洋平を助けたい……こんなふうになるなんて、思っていなかった。
洋平が、私ではない人と、幸せになってくれたらいいと思っていたけれど、
でも……こんなふうに現実が……」

「そうだよ、理子。そこを強く願わないと。洋平を助けたい、洋平を支えなくちゃ。
こんな状況は正しくない」


理子は泣きながら何度も頷く。

『言葉にして吐き出した』からこそ、乗り越えられることもあるはず。

理子は、少し落ち着いたのか、初めて渡したゼリーを口にしてくれる。


「何か、食べないとダメだよね」

「そうだよ、食べな」


理子は頷きながら、もう一度ゼリーを口に入れる。


「美味しい」

「でしょう」


理子は何度も頷きながら、少しずつ、一つのゼリーを完食した。





そして、夜も深まり、そろそろ日付が変わるかと言う頃、

洋平が入院した『高瀬病院』に縁がある理子のお父さんから、

『洋平の意識がしっかりと戻った』と、私の携帯に連絡が入る。

部屋で抱きしめ合いながら、私たちはしばらく涙を流し続けた。



「ねぇ、こんなの何年ぶり?」

「こんなのって、こうして並んで眠ること?」

「そう」

「そうだな……」


それから二人で並んで布団を敷き、

こんなことは、中学の時に関口家に泊まった時以来ではないかと話しをする。


「うち? あれ? 私は菜生の家だと思っていたけれど。受験の話をしてさ」

「あ……そうだ、あった、あった。中学3年だ」


坪倉家にはまだ鬼ちゃんもいなくて、『龍海旅館』の仕事が入る時には、

親しくしている別のお店から、職人さんを寄こしてもらっていた。


「あぁ、そうそう。朝、一緒にご飯を食べて、いざ出発したらさ、
ボン太が詰め襟の学ランを着て歩いていたことあったよね。
あいつ、どこかの私立に行ってさ」

「『三田島』のね」

「そうだった、そうだった。『三田島』の、柔道が強い高校だよね」

「そう」

「あいつに全然、武闘派のイメージないのにさ、なんでそんなとこ入ったかな」

「なんでって……あの学校に入った人が、すべて柔道をするわけではないでしょう」


理子は布団を深めにかけながら、楽しそうに笑ってくれる。

そんな姿が見られて、よかった……と単純に思えてきて。


「なんだか、懐かしいね」

「うん……」


気持ちが落ち着いた私たちは、それから30分くらいして自然と眠っていて。

時間的には短い眠りだったけれど、目覚めは悪くなかった。


【19-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント