19 指を握る日 【19-5】



「いいと思ったのにな、誕生日のプレゼントに……」



『誕生日』?



「女心は複雑ですね。で、どうしようかと思ってましたが、
なんとなく、ストレスが溜まった時に、こいつに向かって愚痴を吐き出していると、
気持ちが落ち着くような気になって」



『女心』?



「なんか、ほっこりするんですよね、この表情。似ているのかな……」



『似ている?』



「『仕事、頑張って』と応援されているような、そんな気持ちになるのかもしれません」


『ビッグサンサン』を見ながら、照れくさそうに語る芹沢さんの顔。

脳内に、『幸せな時間』を呼び覚ましているような気がする。


「そうですよね、ここに横たわっていたら驚きますね、確かに」


芹沢さんは、『ビッグサンサン』をソファーに座らせる格好に動かした。

少し首を傾け、愛くるしさ全開のぬいぐるみ。



あぁ、そうかと今更気づく。



そこからは妙に冷静な気持ちになり、『失礼します』と企画室を出て、

そのまま従業員の通用口に向かう。

すれ違った清掃担当のみなさんと軽めの挨拶をして、自転車置き場に。

家に戻ろうと足をペダルに乗せた後、『はぁ……』とそこで初めて大きなため息が出た。



『女心』か……



『七海』の駅で初めて芹沢さんを見た時、

あまりにもこのあたりに似合わない素敵な人で、『目の保養』だと思えた。

そうしたら鬼ちゃんや理子たちとも面識があって、すごく身近に感じて、

さらに『菜生さん』なんて名前で呼ばれて、少し嬉しくなって、

声が認められたことでさらに気持ちが上昇し、

私もここで頑張ろうと『龍海旅館』に就職したら、

急に『坪倉さん』とよそよそしくなった。

だからきっと、一度は『そういう人なのか』と思いも沈みかけたのに、

でも、何かがあると、また気持ちが上昇するような言葉や態度が、

私の心を浮き上がらせて。

そう、『あざらしまくら』を私が喜ぶかもしれないと思って、狙ってくれたこと。

プレゼントされたあのあたりはもう、気分最高潮だったのだが……



私は一番、基本部分を忘れて、ただ一人盛り上がっていた。




『それだけ素敵な人に、彼女がいないわけがない』




そう、ここ、ここが一番大事だったのに。

何をしていたのだろう私。



『これ、誕生日に』

『エ……ちょっと、何よこれ』

『何これって、プレゼントだよ。なかなか手に入らないものなんだぞ』


芹沢さんは少しだけ不満そうな顔をして……


『そうなんだ、気持ちは嬉しいけれど、あまりにも大きすぎる。
これでは部屋が狭くなるでしょう』

『あ、そうか。でもさ、これ限定品で30体しかないんだ』

『そう……そんなに貴重なのね』

『そうだよ、貴重だぞ。なんとなくお前に似ているし……』

『やだ……私に似ている? それなら私だと思って仕事場に置いておいてよ』

『ん? そうだなぁ……そうするか』


互いに見つめ合って、照れたりして……

交わされるだろう会話は、こんなところか?


「はぁ……」


あまりにも自分がしたことが空しくて、思わず自転車を漕ぐ足が止まる。

携帯が鳴り始めたので、相手を見ると母だった。





「こんにちは」

「おぉ、菜生ちゃん」


『伊東商店』に寄り道をする私。

お店にはおじさんがいて、久しぶりにご挨拶。


「洋平のことで、心配かけて悪かったね、みんなに」

「いえいえ……と言いたいところですが、本当に心配しました。
あの日、午前中に私、洋平と『龍海旅館』で会っていて、
この後、役所通りだって聞いていたから」

「うん、昔はねあそこまでは広げていなかったけど、
洋平が頑張って取引先を増やしてさ。その分、あまり天候がいい日でなくても、
配達に行かないといけなくて」

「そうですか」


ある程度お店もお酒のストックを持っているから、急に必要だと言われない限り、

1日くらい予定が過ぎても問題は無いのだろうが、付き合いの店の数が増えればその分、

配達する方の余裕は減ってくる。


「理子ちゃんが来てくれたから、うちのは洗濯物を届けて、すぐに店に戻ってきたよ。
昨日の夕方にも来てくれたのに、今日も来てもらって。
理子ちゃんにも仕事があるのに、関口さんに悪くてね」

「いえいえ、いいと思いますよ」


おじさん、二人の好きなようにさせてやってください。

ずっと足踏みばかりしていましたから。


「店にいるとね、事故を知った高校時代の友達とかからも、連絡が来るだろ。
連絡をもらうのはいいけれど、俺がよくわからなくてさ、
とりあえず名前だけ書いておいて」

「あぁ……そうですよね。ニュースでみんな知って……」



『小原』



おじさんのメモの中に、『小原』の文字を見つける。


「おじさん、この人、この『小原』って、女の人じゃなかったですか?」


私は、おじさんがメモに書いたであろう文字を示してみた。


「ん? あぁ、うん、そうそう。女性だった。高校のサッカー部?
そのマネージャーだって言っていたな」


そうだ、やはり一花さん。


「『小原』と言った方がわかるのでと言われて、一応こっちを書いた」

「こっち?」

「あぁ、去年結婚して旧姓だそうだ」


旧姓……


「一花さん、結婚したって?」

「一花さん? えっと……」

「あ、ごめんなさい、この『小原』さん」

「うん、そう言っていたよ」


一花さんは『結婚』していた。となると……


「連絡先、話していました? 今、どこに住んでいるとか……」

「連絡先? いや、言ってなかったな……。
ただ、ニュースで洋平のことを知ったって言って、状況を聞かれて、
意識が戻ったし、しばらくすればリハビリも出来るようになるって、
そう話したら『よかったです』と言ってくれたけれど」

「そうですか」


一花さん、連絡してくれたのか。

ニュースで洋平のことを知ったとなると、

生活の場所は、それほど『七海』から離れていないだろう。

あの事故のニュースは、全国放送で流れていたわけではない。

地元のニュースと新聞だし。

でも……


「で……何、菜生ちゃんは孝介さんの酒?」

「あ……そうです。えっと、少し待ってもらっていいですか」


私は携帯を開き、とりあえず理子に連絡をした。


【20-1】



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