20 頼まれごとをする日 【20-2】



「坪倉さん、今日からフロントに立ちましょう」

「はい」


PCを睨みながら仕事をしていた日々が終わり、いよいよ人前に登場する私。

指導は相変わらずの木立さんで、

実際には忙しい時間をさけて、ただいまちょうどお昼になる。


「挨拶から始まって、このマニュアル通りに進めていきます」

「はい」


フロント用にもらったマニュアル。

お名前を聞いて、予約表を確認する。

部屋と仲居さんの確認をして……



目の前を、芹沢さんと田川さんが通り過ぎていく。

私より少し入社が早い田川さんは、この1週間くらい、芹沢さんとよく行動していた。



『女心』



田川さんはまだ、『芹沢さんと一緒に仕事が出来る』と、夢の中にいるのだろうか。

いずれ、彼女も現実に気づくだろう。

芹沢さんには『ビッグサンサン』に似ている彼女がいて、『フリー』ではないのだと。

少し前に気づいた私は、マニュアルを見ながら、冷静に木立さんと練習を開始した。





「エ……彼女?」

「そう、私、一番大事なところを忘れていたわけよ」


その日の仕事は早番だったので、夕方前に自由になり、洋平のいる……

いや、理子のいる病院へ。

洋平が寝ている病室で愚痴をこぼすわけにはいかないので、

休憩室で、理子と一緒に缶コーヒーを飲むことにする。


「誕生日のプレゼントにしようとしたらとか、女心は複雑だとか、
似ているなとか……そういう言葉が出てきたわけ」


理子は私の話を聞きながら、しっかり頷いてくれる。


「似ている……か。それは確かにそういう想像をするかもね」

「だよね、あぁ……私が好きな『あざらしまくら』のぬいぐるみを、
クレーンゲームで取ってくれたところまでは全然、疑いなかったのにな……」


そうぼやきながら、思わず顔を上げて天井を見る。

そう、あの時は有頂天だった。chayの曲まで、頭の中を流れたのに。


「『あざらしまくら』のぬいぐるみ? エ……菜生のために?」

「そう。前に私が欲しがっているのを芹沢さんが知って、それで……」

「そうなんだ」


理子は『優しい人なのね』と芹沢さんのことを話す。


「そう。優しい、厳しいところもあるけれど、でも、トータルでは優しいと思う。
でも、それがまずいよね。人の気持ちを揺らすのがうまいってことよ」


市尾さんのことなど、関わらなくてもいいところにしっかりと関わって。

月島さんと違い、芹沢さんはいつも気持ちを考えてくれる。

私は小さく何度か頷いたが、最後には小さなため息が出た。


「ねぇ、菜生」

「何?」

「芹沢さんに彼女がいたら、『龍海旅館』での仕事、つまらなくなる?」


理子の問いに、私は首を振る。


「いや、それはないな。この街がよくなって欲しいという気持ちは、大きくなったし。
今の仕事も、楽しいと思えるようになってきた」


以前、鬼ちゃんが話してくれたように、『仕事が楽しい』と思えてきた。

まだまだ一人前ではないだろうけれど、フロント業務になり、

お客様の嬉しそうな顔を見る機会が増えて、さらに思いは前向きになっているから。


「そうか、それならよかった」

「うん」


理子に話をすると、どうしてこれだけスッキリするのだろう。

これで、きっと夕食も美味しいはず。


「さて、理子に会ったし帰るね」

「エ……洋平に会っていかないの?」


理子の真面目な顔。


「洋平、もうすぐ戻るよ検査から……」


理子の訴えかける顔。


「冗談です、会います」


私はそう言いながら笑うと、荷物を持って立ち上がった。


「一花のこと、連絡ありがとう」

「うん」


本人に会えたわけでもないし、どこに住んでいるのかもわからない。

それでも、『動き出している』ことだけはわかった。


「一花のことを菜生から聞いて、私、今までのこと、洋平に全部話すことが出来た」

「エ……そうなの?」

「うん……。付き添いって言っても、ずっと動いているわけではないでしょう。
今、4人部屋なのだけど、実際には2人しか入院していなくて。
で、もう一人の患者さんが検査に行ってしまったの。
カーテンで仕切られているベッドの横にいたら、なんだろう、2人だけの時間になって。
自然と話すことが出来てね。洋平、頷きながら聞いてくれて」


理子がどうして洋平を避け続けたのか、何を抱えて生きてきたのか。


「今までのこと、洋平にたくさん謝った。
冷たい態度も取ったし、冷たいことも言ったし、ウソ……ついたし」

「うん」


本当は好きだったのに、ずっと隠してきたこと。

理子はそれをウソと表現していて。


「もういいって、洋平、笑ってくれた」

「うん」


『笑って……』か、洋平のやつ、理子にはどんな時にも必ず気持ちを入れてくる。


「それでね……」


洋平に今回連絡をくれた高校時代の友達の中に、

一花さんの親戚を知っている人がいるらしく、

彼女の近況を知りたいと話したことを、教えてもらう。


「そうか……」


決して事故に遭ってよかったなんて、そんなことは言えないけれど、

でも、そこから得たものは、とても意味があるものだ。


「人の心配が出来るのは、自分に余裕があるからだよ。だからきっと、
一花さんは今、幸せなんだと思う」

「うん」

「理子も、頑張らないと」

「うん……。毎日ここに来て、洋平が少しずつよくなっていくのを見ていたら、
この時間がすごく貴重に思えてきた」

「ほぉ……、そうですか」


10年、頑なに隠してきたことが、

本当に大切な人の傷ついた姿を見たことで、前に送り出せた。

理子と一緒に病室に戻ると、検査を終えた洋平に向かって軽く手をあげる。


「どうだった洋平、脳の検査は。しっかり者なのはいいが、
君はもう少し性格的に遊び心を持てって、言われなかった?」

「なんだそれ。そんな検査あるわけないだろう」


洋平は柔らかくて優しい笑顔を見せてくれる。


「ねぇ、それすごくない?」


この間来た時にはなかった、大きな果物の入ったカゴ。

思い切り目に飛び込んできたので、思わず聞いてしまった。


「今朝、訪ねてきてくれたの、ご家族で」


洋平に、大きな果物の入ったカゴをお見舞いとして寄こしたのは、

怪我の原因を作ってしまったご年配の女性と、その家族だった。


【20-3】



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