20 頼まれごとをする日 【20-3】



「洋平が庇った年配の女性が『野宮雪恵』さん。
あ、ほら『三田島』にあるでしょう、有名な和菓子屋さん」

「和菓子? エ……『春月庵』のこと?」

「そう、そこの社長さんの奥さん、『吉村恵』さんのお母さんが雪恵さんだって。
ほら、こっちには『春月庵』の羊羹と『最中』とか『どら焼き』とか」


理子はベッド横のテーブル置かれた箱の中身を見せてくれる。


「うわ……本当だ」


東京にはもっと全国区の大手和菓子屋があるけれど、

このあたりで『春月庵』といえば、法事やお土産などに、いつも使われる有名店だ。

餡の味がなかなかで、甘いものなのにいくつ食べても、胸焼けをしない美味しさ。


「洋平が反対側の道路から『危ないですよ』って言っても、
雪恵さんは耳が遠いらしくて、聞こえていなかったみたいなの」

「そう……」


社長の奥さん、つまり雪恵さんの娘さんである恵さんは、

母親の命を救ってくれた洋平に、何度も頭を下げてくれたという。


「理子……もう大丈夫だから帰れ、遅くなるし。菜生もいるからちょうどいいよ。
お前達でこれ、分けちゃって」


洋平は、『果物』の入ったカゴと、和菓子の入った箱を、順番に指さした。


「でも洋平、夕食これからでしょう」

「大丈夫だよ、一人で出来るから」


理子と洋平。

一生懸命に世話をしたい理子と、理子が疲れているから家で休ませたいと思う洋平。

お互いを思いながら、寄り添うような台詞。

片思いに気づいた私には、羨ましさがさらに倍増する。


「菜生……」

「何?」

「『七海』に戻ってきてくれて、ありがとうな」


無防備だった私に、急に飛んできた言葉。

洋平からの予想外の台詞に、『何それ』ととぼけて返すことしか出来なくなる。


「いや、お前がいることで、うまく行くことがたくさんあるなと」


私がいること……


「辞めてよ、洋平らしくないな」


そう、洋平にはいつも怒られていた。

もっとしっかりしろとか、きちんとやれとか。


「いや、理子を救ってくれたのは、間違いなく菜生だからさ」


ほら、結局理子のことだ。

洋平の洋平らしい感謝の言葉に、私は理子の手を取り、洋平の手と合わせる。


「はいはい、大事な、大事な理子を連れて帰りますよ、きちんと。
ボディーガードは私に任せなさい」

「菜生……」


理子は恥ずかしそうにするけれど、顔はとっても嬉しそうで。


「なぁ、みんな持って帰れって、置いといても大きいし……」

「いいよ、明日おばさんが来るでしょう。一応ちゃんと見せないと。ね、理子」

「そうだよ、洋平」


理子は『お部屋の人にお裾分けしてもいいし……』と周りに気を遣う。

理子の意見に洋平は『そうか』とすぐに折れて。


「洋平も超特急で治しなさいよ。毎日理子を独占していたら、
『関口内科産婦人科』が人手不足になるから」


私がそういうと、洋平は『わかってるよ』と言い返した。





洋平の病院から理子と一緒に戻り、改札を出てから手を振って別れた。

私は駅前の駐輪場に止めていた自転車を出す。

スーパーに立ち寄り、お気に入りのチョコレートを買った。

そこから家に戻ろうとした時、ゲームセンターの中から田川さんが出てきたのを見つける。

手には小さな箱を持っていた。

田川さんは自転車置き場にいた私には気づかず、そのまま駅に向かって歩いて行く。

いつも『無』に近い顔をしている田川さんが、

少し嬉しそうな表情をしているのを、そのとき、初めて見た。





「ほら、菜生」

「うん……」


工場と居間との境になる扉。そこに入ったガラス。

私は視線だけを工場に向ける。


「えっと……このあたりでいいですか」

「そうだね、ライトも置けるし」


鬼ちゃんが取材を受ける覚悟を決めた『てくてく』。

その打ち合わせが工場で行われている。


「菜生、そんなところから覗いていないの」

「いや、だって、地域の情報誌とはいえ、取材だよ。
どういうふうにするのか興味あるでしょう」


鬼ちゃんが制作した小物たちが台の上に並べられ、カメラマンが写真を撮っている。


「鬼ちゃん、緊張しているみたい、本番は今日じゃないのにね」

「ほら、菜生、関係ない人はこっち」


母は私を引っ張ると、洗濯物を畳む作業を押しつけてくる。


「関係ない人って言うなら、お母さん。お父さんをどうにかしなよ」

「ん?」

「あれこそ、邪魔だと思うけど」


『てくてく』のカメラマンさんと、記者の柱谷さん。

話を聞かれる対象の鬼ちゃんがスタンバイはわかる。

しかし、デスクに座ったまま、状況を見つめているが、

どこからもライトが当たっていない我が父。


「今更さ、畳屋さんなんてどうだっていいのよ。
『てくてく』が興味を持ったのは、新しいことをやり始めた鬼ちゃんなわけで。
お父さんがどうしてあそこにスタンバっているのか、それこそ意味不明だよ」

「お母さんも言ったわよ、お父さんはいいでしょうって」

「で?」

「いや、俺はこの店の社長だからって。社員に対して、どういう態度で来るのか、
きちんと見届けないとならないって」


『見届け』?

いやいやいや、あなたが何を見届けると言うのだ。

仕事をいつも鬼ちゃんに任せて、急にどこかに飛んでいくのはどこの誰。



結局、柱谷さんと鬼ちゃんの打ち合わせと、写真撮影は無事終了する。

父はしっかり全てを見届け、一度もライトが当たらないまま居間に戻ってくると、

いつもの晩酌をし始めた。


【20-4】



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