20 頼まれごとをする日 【20-4】



フロント接客業務につき始めて、1週間。

今日は遅番のため、夕方4時過ぎに、予定より少し遅れて到着した親子連れを、

初めて担当することになった。


「いらっしゃいませ、立原様ですね」

「こんにちは」


元気な女の子、その逆に、少し疲れているようなお母さん。

立原様の予約があったのは3ヶ月前で、部屋は希望で『波の綾』になる。

『波の綾』は一番端の部屋で、テラスもついているため、

景色は『龍海旅館』で一番いいと言ってもいい場所。


「こちらのお部屋で、ご1泊ですね」

「……はい」


タクシーで来られたお客様の荷物は、

ショッピングセンターにでも立ち寄って来たのか、

企業ロゴのついた袋がいくつもあった。

担当の仲居、小島さんだけでは手が足りないため、

私も一緒に立原様の荷物を部屋まで運ぶ。


「今日ね、たくさん買ったの、お洋服も、おもちゃも」

「そう、よかったね」


女の子は嬉しそうに話してくれるが、お母さんは無言のままで部屋に向かう。

私は荷物を入れて、仲居の小島さんよりも先に部屋を出た。

観光名所に行き、色々とお土産を買ってくるお客様はいるし、

それがどれくらいの量になるのかは、それぞれの自由だけれど、

立原様が買ってきたのは、生活に関連するものばかりだった。

洋服におもちゃなど、普段暮らしている場所で買えばすむものではないだろうか。

別に『七海』に来て、買う物ではない……



気はするが……



「こんにちは……」


すれ違い、頭を下げてくれたお客様は、『夕凪』にお泊まりのご夫婦。

『龍海旅館』を気に入ってくださっているらしく、2ヶ月に一度は泊まりに来る。

その他にも、今日はほぼ満室くらい、お客様が入っているけれど、

条件が平日のため、どちらかというとご年配の方が多い。

子供も全くいないわけではないが、逆にもっと小さい。


立原様の娘さんは、小学校低学年、いや、3、4年生くらいかもしれない。

カレンダーは9月に入った。学校はないのだろうか。


「戻りました」

「ご苦労様」


まぁ、地域によって休みが違うだろうし、考えても仕方が無い。

木立さんから、『宅配便』の伝票を渡される。


「『波の綾』に入られたお客様、帰りは電車だと言われたので、
もしよかったら荷物は送った方がいいのかなと思って」

「あぁ、そうですね。あの荷物だと車ならともかく、電車は大変ですし」

「だよね。大人2人だとしてもの量だ。小島さんが戻ったら、渡しておいて」

「はい」

夕食の配膳の時にでもお客様に勧めてもらおうと思い、

フロントに立っていると、その小島さんが戻ってきた。


「小島さん」


私が『宅配便』の伝票渡すと、小島さんは『わかりました』と受け取ってくれた。

今から厨房に向かい、お刺身の盛り合わせが出来るかどうかを確認すると言う。


「盛り合わせですか」

「そうなの。娘さんがお刺身が好きだからって。
夕食にもお刺身は入っていますよと言ったけれど、
ここにせっかく来たから、たくさん食べさせたいって。
特別注文だから、当日だと出来るかどうかわからないことも、話したけどね」


小島さんはそういうと、小走りで奥に消えていく。

『お刺身の盛り合わせ』か……

ここへ宿泊に来て、急に気持ちが大きくなり、注文料理をする人は確かにいる。

でも、娘さんとお母さん二人だけで、『盛り合わせ』は少しおかしくないだろうか。

海が近いので、確かに新鮮で美味しいけれど。


「坪倉さん、すみません」

「はい」


いやいや、人には色々と考え方も事情もある。自分の仕事に集中しよう。

渡されたのは、『観光協会』から届けられた新しいパンフレット。

これをすでにセッティングされている古いものと変えていく。

その仕事を木立さんに頼まれた。


観光地である『七海』。

空いた時間や、チェックアウトの後、買い物などでお店や施設に立ち寄る人も多い。

そこで使える割引券が、期限切れなんてことになったら、

お客様からのクレームが当然入ることになる。

まぁ、実際は、『あ、いいですよ』なんて引き受けてくれるところもあるけれど。

さらに、この夏休みから旅館内に置くことが決まった『カプセルトイ』。

元々、外国からのお客様に好評で、空港などでは相当の売り上げがあると聞いていたが、

『旅館のレトロキー』を景品にしたものが、『龍海旅館』にも置かれることになった。

そう、現在の部屋の鍵はカードキーが主流になっている。

日付が書いてあって、別の日に入れようとしても空かない仕組み。

『龍海旅館』でも、昔ながらのキーチェーンがついたものは、

もう、使われていない。

四角で細長い、プラスチックに旅館名とか部屋番号が掘られていて、

昔ながらのキーホルダー、懐かしさとおもしろさで、結構お客様にも好評。

私は、その補充も一緒に引き受けたため、台車に段ボールを乗せていざ出発。


「うわ……結構入るものだ」


フロントの横、それから大浴場そばのパンフレットが置かれている場所。

お土産コーナーの前、ゲームコーナーの中の『カプセルトイ』。

それぞれに資料を入れておく棚があったり、機械があるため、歩いてそこまで向かう。

鍵を見ながら開けては入れて、しっかり閉める。

チェック用紙に私の印鑑。


「よし、これでいいかな」


処分する古い資料などを、空いた段ボールの箱に入れ、エレベーターで下にいくと、

ゲームコーナーの隅に出た。

角を曲がると、『ドラとマーレ』のクレーンゲームが見える。

その前で、『波の綾』に宿泊する立原さんのお嬢さんが、

取り出し口に手を入れているのがわかった。

私はそっと近づいていく。


「そんなことをしても、取れないよ」


女の子はビックリして、『ごめんなさい』と謝ってくる。

手には、うさぎのぬいぐるみが握られていた。


「驚かせてごめんね」

「ううん……」


女の子は持っていたうさぎのぬいぐるみを、クレーンゲームのガラスの前に置いた。

大事にしているものなのかな、使い込んだような雰囲気を感じる。


「ぴょんをね、向こうに入れたらどうなるのかなと思ったの」

「ぴょん?」


女の子は『これ』と言い、ぬいぐるみを私の前に押し出してくる。


「これね、パパが買ってくれた」

「そう……」

「でもパパ、もう死んじゃった」


悲しい話を、あまりにもあっさりと告げられ、

『買ってもらえてよかったね』と言いかけた口を、私は慌てて閉じた。


【20-5】



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