21 印象を変える日 【21-2】



立原さん親子は、それからチェックアウトを済ませ、

持ってきたおもちゃなどの荷物は、全て宅配便で送ることになった。

住所が記入された伝票を、荷物を入れた段ボールに貼り付ける。

私は、業者が取りに来る場所に2つの箱を移動させた。

それからあらためて『企画室』に向かう。

智奈実ちゃん達が帰ったら来て欲しいと、芹沢さんから言われていたため。


「すみません、坪倉です」

「はい、どうぞ」


扉を開けて、中に入る。

つい、視線は先日、『ビックサンサン』が横たわっていたソファーに向かうが、

さすがに今日はいない。


「座ってください」

「はい」


私はソファーの反対側に動き、芹沢さんと向かいあって座る。


「立原さんのことは、木立さんから聞きましたか」

「はい、だいたいのことは」

「そうですか」


芹沢さんは、今朝、6時頃、フロントに電話をかけてきたお母さんから、

『チェックアウトをするお金がない』と告白された。


「お金が……」

「はい。ここに来る前にも、あちこち宿泊していたようで……」



『ぴょんもね、たくさんお泊まり出来て嬉しいなって……』



そういえば、智奈実ちゃんそんなことを言っていた。

私はまたこの後、どこかに行くのかと思っていたけれど、そうではなくて……


「持っていた全部のお金を引き出して、智奈実ちゃんが行きたいところに行って、
最後の場所、つまりここに着いたときには……と」


そうか、智奈実ちゃんのお母さんは、『龍海旅館』を最後と決めていたから、

それまでに、お金を使い切ってしまったということ。


「立原さんは、2年前に病気でご主人を亡くして、
それから親一人、子一人で頑張ってきたそうです。
でも、勤務していたお店の景気が悪くなって、仕事を減らされてしまい、
追い詰められる生活の中で、未来への希望が持てなくなったと」


収入が減り、頼りたい親とは疎遠になっていたため、

立原さんはご夫婦の思い出がある『龍海旅館』で、

智奈実ちゃんと一緒に、人生を終わりにしようと思っていた。


「『龍海旅館』には、ご主人と何度かいらしたことがあるそうです。
元々はバイクを通じて知り合ったらしく、ツーリングの途中で立ち寄って、宿泊して……」

「そうですか」

「亡くなったご主人が、『七海』の朝焼けをとても気に入っていたと……」


『海ひびき』を利用するお客様でも、バイクに乗る方は多い。

海も山も景色を楽しめる『七海』は、新婚旅行の定番では無くなったが、

また違った魅力を打ち出していて……


「でも、思い切れなかったと……泣いていました」


智奈実ちゃんのお母さんは、智奈実ちゃんが楽しそうに話をする姿を見て、

どうしても実行出来なかったと、芹沢さんに頭を下げたという。


「智奈実ちゃん、ぴょんの写真を坪倉さんが撮ってくれて、それを明日もらえるのだと、
楽しそうに話したそうです。『早く明日が来ないかな……』と言って。
お母さんはそれを聞きながら、『明日は来ない』ということを知らない智奈実ちゃんが、
とにかくかわいそうになったと」


仕事の途中で、偶然、智奈実ちゃんに会った。

あのとき、エレベーターに乗るタイミングが違えば、会わなかったかもしれない。

智奈実ちゃんに『明日が楽しみ』と言う理由を作れたのは、本当にラッキーで。


「ありがとうございました」

「いえ、私は……」


芹沢さんに頭を下げてもらうような話ではない。

本当に偶然、それがいい結果を呼び込んだ。


「木立さんや小島さん、それに田川さんも、
立原さん親子に対する違和感は持っていたようで、夕食の時も気にしてくれたり、
本当にみなさん……」


芹沢さんの話の途中で急に扉が開き、月島さんが入ってきた。

私のことなど全く見ないまま進む状態に、怒りの強さを感じてしまう。


「おい、芹沢、お前何をしているんだ」

「何をとは……」

「とぼけるな。宿泊料金を払えないと言った客を、帰したそうじゃないか」


月島さんの右手の人差し指が、芹沢さんを突くように前に出る。


「はい」


芹沢さんの、だからどうしたというくらい、落ちついた返事。


「はい……だと? どういうことだ」


月島さんは、立原さんが朝6時から大騒ぎをして、

他の宿泊客にも迷惑がかかっていたと指摘する。


「子供が大泣きして飛び出して、部屋には錠剤が散乱していたそうじゃないか」


木立さんからも、なんとなく話は聞いた。

錠剤か……、大量の市販薬を飲もうとしたのだろうか。


「本人の話だけを聞いて終わりでいいはずがないだろう。心中は立派な事件だ。
あのまま帰して、この後、また母親が悩んで子供に手をかけてみろ、
警察や世間から何をしていたと言われるのはこっちだぞ」


月島さんは、まずは警察に来てもらって、それからだったと指摘する。


「立原さんは自分からフロントに電話をくれました。こちらを信頼してです。
それなのに警察を呼ぶようなことをして、智奈実ちゃんの前でお母さんが責められたら、
それこそ子供の心に傷がつきます」

「子供の傷? それこそこちらの考えることではないだろう。
そんな情けない親なのだから仕方が無い。しかも、宿泊費がないと言ったんだぞ。
踏み倒そうとしたわけだ。それだけだって警察行きだ」

「自らフロントに電話をかけてきたと言いましたよね、踏み倒しではありません」

「払えないのだから同じだ」

「違います」


芹沢さんは、立原さんはきちんと状況を話してくれたと月島さんを見る。


「話をしようが、何をしようがないものはないのだろう。
個人的な理由などいちいち考慮していられない。
そもそも、旦那が死んだとか、生活が苦しいとか、そんな話自体、ウソかもしれない」


ウソ……

いや、それはないと思うけれど。


「それこそ、勝手な思い込みです」

「あのなぁ……」

「あなたは何もわかっていない」


芹沢さんはあくまでも冷静にそういうと、月島さんをにらみつけた。


【21-3】



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