9 エールの封筒

9 エールの封筒


大和に連絡を寄こした妹の美帆は、大事な話があるから、

今日は早く帰ってきて欲しいと、嬉しそうに電話を切った。

比菜がこの部屋に住むようになり、大和は貴恵のところへ行ったり、

家へ戻ったりしながら過ごしている。


「長瀬さん、お墓の掃除はちゃんと終了したんだろ、で、サインをもらって。
車の掃除は、頼まれた訳じゃなくて、自分から手伝いを申し出たの?」

「はい、三枝さん、腰を痛めたらしくて、それでも一昨日
どうしても行かないとならない場所へ車ででかけたら雨になって、
車が泥だらけだったんです。だから、一緒に洗車して……」


邦宏はメニュー一覧から『洗車』を指差し、

比菜がした行為は立派な仕事なのだと付け加えた。


「元々、俺たちの仕事って、本来自分がやるべき事なんだよ。
それが色々な事情で出来ないから、料金を払ってでもやって欲しいと頼まれるんだ。
ゴミ出し、庭掃除、それこそ幼稚園や保育園への送り迎えなんて時もある。
ご近所とのつながりが薄くなって、誰に頼んだらいいのかわからないようなことを、
仕事にしている。だから、長瀬さんが好意でやったことだとしても、
本来そこに料金を加算しないとならなくなる」

「あ……」

「三枝さんは半年に一度、必ずお墓の掃除を頼んでくる人なんだ。
次回もきっと頼まれるだろうと思うけど、その時、長瀬さんはここにいる? 
いないだろ?」


比菜がこの事務所に居候生活するのは、長くて3か月と決められている。

半年後となると、少なくともここに自分がいることはないだろうと、

大和が言った『余計なこと』の意味がわかり、表情を変えた。


「次に向かった人が、ちゃんとお墓の掃除をこなしたとして、
それで汚れている車をそのままにして帰ってしまったら……、
あぁ、あの子なら手伝ってくれたのにって、不満に思うことになるんじゃないかな。
だから、依頼されたこと以外は、極力手を出したらいけないんだ。
もし、そういったことにぶつかった時には、申し訳ないと思うかも知れないけど、
きちんと料金を示さないとならない」


比菜は自分のした行為が、会社に迷惑をかけたことに気づき、

申し訳ないと素直に頭を下げた。

反抗的に出られたたまた言い返そうと身構えていた大和も、

比菜の落ち込みぶりに言葉が出なくなる。


「まぁ、いいよ。誰だって失敗はある。
俺たちだって最初はどこまでどうしていいのかわからなくて、
何時間も立ったまま、冷や汗かいたことだってあるからさ、な、大和」

「忘れました……」


大和はそう軽く言うと、一度放り投げた書類をまた、PCに打ち込み始めた。

今日の分のバイト料だと邦宏が寄こしたお金を見つめ、比菜はまた大きくため息をつく。

その時インターフォンが鳴り、聞こえてきたのは、

何時間か前に別れた三枝さんの声だった。比菜は失敗したのかと、慌てて玄関を開ける。


「比菜ちゃん、さっきはありがとう。悪かったな、時間をかけさせて」

「いえ……」

「なぁ、奥の力持ち達、ちょっと来てくれよ。私だとまた腰を痛めそうなんだ」


三枝のその問いかけに、大和と邦宏は立ち上がりすぐに玄関の方へ顔を出した。

言われるままに出て行くと、マンションの前には比菜と二人で綺麗にした車が

止まっていて、三枝さんはそのトランクを軽く叩きふたを開ける。

「TVをな、この比菜ちゃんにやろうと思って持ってきたんだ。
ばあさんが退院したらと、息子達が買ってくれたものだが、もう使う者もいない。
それでも捨てるにはもったいないと物置の中にあったものだ。
約束した彼を待つんだもんな……」

「あ……はい」


大和はそう返事をした比菜の方を見た。自分がなぜここにいるのかも、

初めて会った三枝に包み隠さず語ったのだろうか。

邦宏が抱えるTVのコードとリモコンを、比菜は嬉しそうに持って行く。


「高杉君、これを比菜ちゃんに渡してやってくれ」

「はい?」


残った大和に手渡されたのは、茶色の封筒だった。

触った感覚と、うっすら見える福沢諭吉に、それが1万円札だとすぐに気付く。


「洗車までやらせてしまって、料金を払うと言ったんだが、いらない、いらないと
帰ってしまった。君たちはビジネスだ、それをしてはいけないことくらい、
私にもわかってる。だから、これは比菜ちゃんの洗車代金」

「あ、すみません、じゃぁお釣りを……」


三枝は満足そうに首を振り、大和の申し出を断った。

洗車されすっかり綺麗になった車を満足そうに見つめ、一度息を吐き出す。


「いやいや、それはいらん。残りは彼女にやってくれ」


そう言うと三枝さんはしわの多い自分の手を太陽にかざすようにし、笑顔を見せる。


「このしわくちゃの手を見て、大好きなおじいさんを思い出したと言っていた。
若いのに、苦労している女の子だ……」


呆然とする大和を残したまま、三枝は車のエンジンをかけその場から立ち去った。

車の音に気付いた比菜が、慌てて外へ出てきたときには、

100メートルくらい先の交差点を左に曲がるところで、すぐに見えなくなる。


「三枝さん!」


大和は封筒を比菜の目の前に出した。

比菜は視界を遮る封筒を受け取り、中身がお金であることに気付く。


「洗車代金とお前へのエールだそうだ」

「エール?」

「康哉を待つって、お前三枝さんに話したのか?」

「はい……」


比菜はその封筒を握りしめ、申し訳ないという顔で三枝が消えた交差点を見続ける。


「理解できん……」


大和はそう言うと、空いた手をポケットに突っ込んだまま、邦宏が待つ事務所へと戻った。






10 心揺れて


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コメント

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No title

ふふ♪だんだんと一人一人のキャラが見えてきました。
大和の一言が大和らしいと思うようになってきましたもの♪
なぜか大和贔屓の私です。

比菜の優しさはちゃんと伝わってたんですね。
嬉しいお返しです。

いろいろ気になることが増えて楽しみです。

今年の赤ちゃんの名前の第3位に、
男の子は『蓮』、女の子は『陽菜(ひな)』が入ってて、
思わずももんたさんを思ったれいもんです♪
ただし、「ひな」は字が違いますね。ちょっと残念。

厳しさと優しさ

こんにちは!!e-454

三枝さんもいい人だね
仕事の事が判ってる
(ふつうはラッキーって思ってお金、持ってこないと思う)
比菜の人柄が良かったのか、身の上に同情したのか・・・

前回も思ったけど、大和と比菜がe-414・・・
なんて事になったら(貴恵さん、ごめんね)
おもしろいなと・・・ややこし過ぎるか

仕事の厳しさと優しさ(温かさ?)を知った比菜でした。なんちゃってね?


      では、また・・・e-463

こんにちは!

比菜ちゃん、純粋に良い娘なんだね。

失敗したかと思った初仕事
比菜ちゃんの優しい気持ちが伝わって良かったわ^^

でも今回は三枝さんが良い人だったから良かったけど
今の世の中そんなに良い人ばっかりじゃないからね・・・
これからもっと厳しい現実も、見なくちゃならない時が来るのかな。

遅くなりましたが^^;
「人物相関図」ありがとね~~♪
 
これから、どんな人達が増えるのか?
恋愛関係の線なんかも、変わっちゃったりするのかな~?
なんて色々想像しながら、楽しく眺めてま~す^^v

ん~、比菜ちゃん…ーー;

警戒心が無いっていうか
正直っていうか…
根っから人を疑うって事を知らないのね比菜ちゃん
大和の「理解できん…」には私も頷いてしまったよ

三枝さんだから話たんだろうけど
もう少し用心深くしないとね
若い娘さんなんだから

大和と比菜、今は敵同士って感じだけど
意外とお似合いだったりして…
おっと、二人ともお相手❤が居るんだったわぁ
さぁ、これからどんな展開になっていくのか
楽しみ~ヨン♪

年季が違う

比菜ちゃんよかったね、
年季の入った人は違う、ちゃんと分かるんだ。
情けは人の為ならず、ってね。

エールを送られたなら頑張らないとね。

大和君、ちょっと拗ねた感じが可愛いでないの(^^)
今日は家に帰ろうね。

ひな

れいもんさん、こんばんは!
お返事、おそくなりました。

>大和の一言が大和らしいと思うようになってきましたもの♪
 なぜか大和贔屓の私です。

あはは……。ありがとう。
大和、邦宏、靖史それぞれタイプが違うので、
楽しんでもらえたら嬉しいです。

赤ちゃんの名前、それは知りませんでした。
『ひな』が漢字違いかぁ。
でも『陽菜』は浮かばなかった(笑)

大和と比菜?

mamanさん、こんばんは!
お返事、おそくなりました。

>三枝さんもいい人だね
 仕事の事が判ってる
 (ふつうはラッキーって思ってお金、持ってこないと思う)

そうそう、普通はね。
三枝さんに余裕があることと、比菜の無防備さに
あたたかい気持ちを向けてくれたのでしょう。

さて、人物相関図、色々と考えながら楽しんでね。

パウワウさんの観察力

パウワウさん、こんばんは!
お返事、 遅くなっちゃいました。

>でも今回は三枝さんが良い人だったから良かったけど
 今の世の中そんなに良い人ばっかりじゃないからね・・・
 これからもっと厳しい現実も、
 見なくちゃならない時が来るのかな。

パウワウさんのコメントは、いつもとても鋭いんですよね。
比菜も、これから色々と考えることが出てくるでしょう。
相関図、色々と考えながら、楽しんでね。

昨日の敵?

Arisa♪さん、こんばんは!
お返事、遅くなりました。

>警戒心が無いっていうか
 正直っていうか…
 根っから人を疑うって事を知らないのね比菜ちゃん
 大和の「理解できん…」には私も頷いてしまったよ

大和は、冷たく見えますが、実はそのものズバリを
言っているだけ……な気がします。
もちろん、受け取り方で、イメージって変わるけどね。

さて『昨日の敵は今日の……』となるか、さらに反発するかは、
続きを見てね。

今回はね

yonyonさん、こんばんは!
お返事、遅くなっちゃったよぉ

>比菜ちゃんよかったね、
 年季の入った人は違う、ちゃんと分かるんだ。
 情けは人の為ならず、ってね。

今回は、三枝さんに 助けられた比菜ですが、
いつも、そうだとは限らないわけで……。

大和、今日はちゃんと家に戻りますよ。
次回は、そこから始まります。




大和って言うのは

yokanさん、こんばんは!
お返事が遅くなって、ごめんなさい。

>大和君の「理解できん・・・」私も同様に理解できん(笑)
 初めて会った人に、そこまで話すか比菜ちゃん!
 私は大和君の部類に入るのか~と、今日確認してしまった

あはは……。いや、結構そうだと思いますよ。
比菜のように、語ってしまう方が珍しいのでは?
大和は冷たいようだけれど、安請け合いはしないのです。

まぁ、その辺は、色々と事情がありましてね。

遅れました^^ゞ

三枝さんも比菜ちゃんの優しさがわかっていたんですね。

それもオシゴトとしてじゃなく優しさからでた行為だと。

だんだん、メンバーの人となりがみえてきて・・・
大和もただ厳しいだけじゃなく・・・言い方がきつかったのね(爆)

サービス業って難しい。
比菜ちゃんにとってはいいお勉強になったみたいですね。

あはは・・・

おせっかいはどこにでもいるんだね~
理屈ではわかっていても、相手に尽くしたくなることってあるものよ。

で、大和くんの電話はどうなった?

人の優しさ

なでしこちゃん! ここまで来たな

>おせっかいはどこにでもいるんだね~
 理屈ではわかっていても、
 相手に尽くしたくなることってあるものよ。

うーん……比菜の性格もあるし、
三枝さんは一人になってやはり寂しいんだというのもあるよね。
人の優しさにもろくなるっていうか……。まぁ、そんなところもあります。

電話? 短いから次の回です(笑)