22 坂道を下る日 【22-1】

22 坂道を下る日



そんな洋平の話から1週間後、フロント担当が集まる部屋に社長が姿を見せた。

木立さんやベテランスタッフは、当然会ったこともあるので笑顔で出迎えていたが、

私や田川さんはさすがに緊張する。


「長い間、ご迷惑をかけたけれど、これから少しずつ仕事に戻ろうと思っていますので、
一緒に頑張ってください」


社長の言葉に社員が頭を下げ、その日の仕事がスタートする。

ボン太と月島さんが、二人で寄り添うように社長のそばに立っていた。





季節は、秋から冬に向かっていく。

私が『七海』に戻ってきてから半年が経過した。

『龍海旅館』でもあちこちで模様替えが行われ、色合いも暖かみのあるものに変わる。

洋平も足の骨折は完治となり、まずは店番で仕事に復帰した。

付き合いのある商店街の人達がみなさんよかったと言ってくれて、

注文がまた増えたと、この間、おばさんが話してくれた。

そして、『てくてく』の取材から小物作りのことを知った『春月庵』さんは、

『坪倉畳店』で鬼ちゃんと会い、仕事の様子を見ると、真面目さをさらに褒め、

『店内販売』を提案してくれた。


「へぇ……『春月庵』で」

「そうなの、あくまでも仕事の隙間時間で取り組んでいるから、
数はこなせませんって鬼ちゃんは話してね、
向こうもそれでいいですって受け入れてくれて」

「そう、そうだよね、丁寧に作るから意味があるし」

「そうなのよ、鬼ちゃんよりうちの父の方が積極的でさ」


今日は仕事が休みのため、

理子と一緒に『プロペラ』でおしゃべりをすることになった。

お気に入りの一番隅にあるテーブル。


「おじさん、うちのリフォームしながら、楽しそうに話してくれたわよ。
鬼澤さんがいい職人になったって、本当に嬉しそうに」

「うん」


畳屋など、これから伸びないと思っている父としては、

弟子など取るつもりもなかったが、結果的にプラス要素を加えられたことで、

師匠として一安心というところだろうか。


「『龍海旅館』もさ、社長が戻ってきた。最初は少しずつだったけれど、
ここのところは朝からボン太と一緒に仕事をしている」

「そうらしいね、父のところにも連絡をくれたから」


理子はボン太の父親、史和さんにお医者様の紹介をしたらしく、

そのお礼もあったと話してくれる。


「発見が早かったから、それほど後遺症もないみたいだし」

「うん、見かけたらしっかり歩いていたもの」


そう、ボン太は一人っ子。社長も年齢はうちの父と同じくらいだ。

そう考えたら、まだまだ張りきって働いてもらいたいところだろう。


「あ、そうだ、貝塚布団店知っているでしょう、菜生」

「うん、丸いメガネのおばさん……」


私は自分指で2つの丸を作り、目の前につけてメガネの真似。

『貝塚布団店』のおばさんは、メガネも体型もまんまる。


「そう、お兄ちゃんが戻ってくるし、うちも布団をやり直したりして、
頼んでいたのよ。そうしたらよく家に顔出してくれて……」

「あぁ、はいはい」


そうそう、昔から噂話や、新しいことを見つけるのが大好きな人だった。

『七海』の防波堤に、夜になると見事な口笛を吹くおじいさんがやってくるという話も、

確か、出所はあのおばさんだったはず。


「私と菜生が同級生だということも知っているから、聞かれたけれど」

「うん……」


何を聞かれたのだろう。


「菜生が東京から戻ってきたのは、鬼澤さんと結婚するためでしょうって……」



ん?



「ん?」

「私はそれは違いますって答えたけどね」

「うん……」


私と鬼ちゃんが?

いやいや……えっと……


「まぁ、でも、鬼澤さんがどういう理由でここに来たのかとか、
菜生がどういう理由で戻ってきたのかとか、知らない人にしてみたら、
そんなふうに考えるのかもしれないよね。鬼澤さんいつも坪倉家にいるわけだし、
年齢を考えてもおかしくはないし」


理子はそういうと、カフェオレを一口飲む。

私もカップを持ち飲もうとするが……


「いや、理子、そういうもの?」


自分が想像したこともない話を、『そうかもしれないね』では受け入れられない。


「エ……だって、そう思わないかな。菜生は畳を作れないけれど、
鬼澤さんは作れるでしょう。坪倉家と畳店、両方をこれからも維持していくとなると、
誰かが跡取りになるわけで」


跡取り……


「そうか、跡取り」


正直、今まで考えたことがなかった。

私は坪倉の名字を持つが、技術がないから畳店を継ぐことは出来ない。

鬼ちゃんは、畳店を継ぐことは出来ても、坪倉家をもらうわけにはいかなくて。


「うーん……」


『何も知らない人達』から見たら、そう考える方が当たり前な気がする。





跡取りか……





跡取り……





「菜生……」

「ん?」

「どうしたの、さっきからご飯ばかり食べているけれど……」

「エ……」


ふと茶碗を見ると、『お米』がほとんど無くなっていて、

手をつけられていないおかずたちが、悲しげな表情を見せている……



……気がする。



「あ……うん」


昼間、『プロペラ』で理子から聞いた話が、頭の中から抜けていかない。

父、母、鬼ちゃん。気付くと三方向から『視線』を向けられていた。


【22-2】



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