22 坂道を下る日 【22-2】



「どうした、菜生。お前帰ってきてから少し変だぞ」

「変? 別におかしくないよ」


鬼ちゃんの指摘に、今度はおかずを頑張って口に運ぶことで

『なんでもないアピール』の私。

鬼ちゃんはどう思っているのかな……と、一瞬考えたけれど……


「なんだどうした、腹でも痛いのか」


父の言葉に、張り巡らそうとしたアンテナは、ボキボキと折れていく。


「はぁ……」


『心配』という意味では、父の発言もそうなのだろうが、

いつも理由を『腹痛』と決めつけられ、妙にいらつくのは、

私が未熟者だからだけではない気がする。


「腹痛ではありません、こうして食事をしているでしょう。
ちょっと、考え事があるの。これでも仕事をしていると色々あるわけよ」


そう、色々あるのだ人生。

あなたがたにはわからないのでしょうが。


「お、仕事の悩みか。変な客か? もしかしたら、ドラマの中に出るような、
銀縁メガネをかけて、妙に気取ったマダムのような癖のある客でも来たか」


父は自分の手を口元に持って行き、『おほほ……』と言いたげな顔をする。

おそらくそれが『父のマダムアピール』。


「あ……やだ、お父さん。それって小岩井明美のような?」

「おぉ、そうそう、ちょっとしたことにいちゃもんをつけて、
2時間ドラマだと、だいたいどこかで殺されてなぁ……」

「あはは……そうだよね、あの人よく出るけどさ2時間ドラマ。
最後まで生きていたことがない」


私の悩みから、話が、両親が大好きな『2時間サスペンス』に変わった。

鬼ちゃんは普通に箸を動かしながら、普通に食事を進めていたため、

私もそこからは黙って食べ続ける。


「……で、菜生、お前、腹は大丈夫か」

「大丈夫だって言っているでしょう」

「おぉ、そうかそうか……」


どうして話が戻ってくるかな。

父は、空になったコップを持つと、一人台所に。


「……ん? なんだ、俺は何をしに来た」

「何しているんですか、お父さん、『麦次郎』はこっちですよ」

「おぉ、そっちか……」


父は『あと1杯だな』と言いながら席に着き、母は『半分』と首を振る。

鬼ちゃんは、顔を誰もいない方に向けクシャミをして、

私は味噌汁の中に入っているアサリの身を取り終え、そこから汁を飲み干した。





次の日、旅館内の掲示物張り替えを午前中に済ませ、午後からはフロントに立つ。

担当者の予定表を見ると、今日も芹沢さんは東京に向かっていた。

そう、社長が戻ってきてからというもの、芹沢さんは東京に行くことが増える。

今までも『東京行き』は何度かあったが、その頻度が明らかに増えた。

『Building Blocks』にいたことを知ったからなのか、『東京』に行くことが、

ただ、『龍海旅館』のためだけではない気がしてしまう。

社長が復活をしますと挨拶をした日も、ただ一人そこにいなかったことが、

私としては、すごく気になることで……



芹沢さんの場所が、なくなるなんてこと……ないよね。



「どういうことなのよ、もう!」

「申し訳ありません、お客様。本日、『潮騒』は別のお客様が入られていまして」

「どうしてよ。私はここに来るといつも『潮騒』を取っていただいているの。
名前を聞いたら、そこに入れてくれていると思うわよ。それでは困るわ、
私が予約の時には、何も言わなくてもそうなのよ」


午後3時過ぎ、チェックインの時間になってすぐ、

『龍海旅館』を昔から利用しているというお客様が来て、部屋が違うとごね始めた。


「あぁ、もう、チェックインの段階になって……」


銀縁メガネに、和装姿の女性……か。



『もしかしたら、ドラマの中に出るような、銀縁メガネをかけて、
妙に気取ったマダムのような癖のある客でも来たか』



昨日の父の言葉を思い出し、嫌な予感がし始める。

確かに、『何か面倒くさそう』な匂いがプンプンした。

まぁ、『サスペンスドラマ』ではないから、殺人事件は起こらないだろうけれど。


「どうにかしてよ」


お客様は『潮騒』の部屋が気に入っていて、昔から何も言わなくても、

そこを用意してもらっていると譲らない。


「社長は? 熊井さんに取り次いでちょうだい」


着物を着ている女性は、『富樫京子』さん、踊りの先生だという。

東京に教室がいくつかあり、以前は『龍海旅館』の上客であったことは、

あったのだが。


「富樫様……」

「あ……月島さん。ねぇ、どういうこと? 私の名前が通じないって」


富樫さんが来たことを知り、月島さんが登場した。

社長は仕事に復活したが、今日は会合に出ているためいないと、

月島さんは富樫さんに説明する。


「あ、そうなの?」

「はい」


フロントには別のお客様も来ているので、月島さんは、

富樫さんを少し離れたロビーの椅子に案内した。思わず出てしまう、ため息。


「坪倉さん」

「はい」


私は木立さんに手招きされて、一度、フロントの奥へ入った。


「今の富樫様、ものすごい常連のような言い方をしているけれど、
あの人、予約入れてきたの5年ぶりだよ」

「5年……ですか」

「そうなの。フロントで文句を言いはじめたから、本当にそうなのか、
顧客名簿ですぐに調べてみた」


田川さんはそういうと、『5年前までは確かに年に数回来ていたけど』と口にする。


「5年来なければ、色々変わるだろう」

「そうですね」


スタッフも全て同じではないため、情報が漏れている可能性もある。


「確かに数回『潮騒』に宿泊しているけれど、他の部屋の時もあるし、
私の名前を言ったらそうなるなんて、オーバーだよ」

「逆に私たちを知らないから、わざと言っているってことないですか?」


田川さんは、スタッフが代わっていたため、

過去のことをオーバーに話していると、指摘する。

木立さんは、『全くもう』と文句を言うと、切り替えるようにフロントに出た。


【22-3】



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