22 坂道を下る日 【22-5】



「それから1週間後でした。通勤途中にあいつが倒れのは」


大平映人さんは、通勤途中で倒れ、救急車で運ばれた。

状況は厳しかったが、すぐに手術をすれば若いため回復するのではないかと思われたが、

2ヶ月後、意識の戻らないまま亡くなった。


「あいつの話を聞いても、解決は出来ていなかったかもしれない。
通勤途中で倒れることも、防げなかったかもしれない。
でも、話を聞くだけで、答えなど出なくても、心が楽になることはあるし、
体調の悪さに気付くことが出来たかもしれない。
少なくても、一人ではないと大平に思わせることは出来た。
苦しくて、辛いから会いたいと言ってきたことはわかっていたのに……」


芹沢さんの言葉が止まった時、ちょうどホームに電車が入ってくる。


「あ……」


私を見てくれた芹沢さんの顔は、『驚き』が一瞬で、

そこからすぐに『申し訳なさ』に変わっていく。


「すみません、また、何を一人で話して。坪倉さんこっちではないのに」

「いえ、大丈夫ですよ。自転車なのですぐに戻れます」


前にも言ったように、話を聞くくらいしか私には出来ない。

すごく重たい話だということは、聞いている途中でわかった。

でも、話したいのなら聞くべきだと思った。

芹沢さん自身が今言ったように、答えなど出せなくても、聞くだけで救われるのなら。


そして、今、芹沢さんが智奈実ちゃん親子のことが起きた時、

月島さんに強く言った理由も、よくわかってくる。

さらに、体調が悪いことがわかっていて、あえて逃げようとした市尾さんに対して、

必死になっていた理由も。

お子さんが小さいときには、無理をせずに一緒にいてあげた方がいいと、

景山さんに配置転換を勧めた理由も。



何もかもが、この話につながっていく。



大切な人を失った後、自分に何か出来たのではないか、

自分に責任があるのではないか、あのときこうしていたらという後悔。



時が戻らないこともわかっているけれど、

空いた穴の埋め合わせがなかなか出来なくて。



「生きていると、日々、反省と頑張ろうという思いの繰り返しですね」

「エ……」

「私もそうです。いや、自分にダメだしばっかりかも」


芹沢さんに思う人がいても、それは仕方が無い。

でも私は、やっぱりこの人が好きだな……とそう思う。

職場の仲間としてでもいい、これからも一緒に、同じものを目指していきたい。


「すみません、自分のことばかり話していて……」

「気にしないでください。話を聞くことくらい出来ますと言ったのは私ですから」



『孤独になる覚悟』が出来るなんて言っても、

本当はそんなふうになりたくないはず。

芹沢さんが抱えているもの、そう、話を聞くだけで少しでもそれが軽くなれば。



「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした……」


私は頭を下げて、自転車の向きを変える。


「菜生さん……」

「はい」

「今度は……僕にもあなたの話を聞かせてください」

「エ……」

「今日、愚痴に付き合わせた代わりに、おごります。
何か、美味しいものでも食べに行きましょう」


芹沢さん……いや、椋さんはそういうと、駅の改札口に向かって歩き出す。

何、今のはどういうこと?

『私の話』を聞くとは、どういうことだろう。


「いや……えっと……」


いいのかな、いいのかな……こんなことを聞いて、今日を終わりにして。

それでも、『お誘い』というキーワードは無くしたくなくて、

私はすぐに自転車をこぎ出した。



『美味しいものでも食べに行きましょう』



美味しいものか、どこだろう。

この辺だとな、どこにいても誰かに会いそうだし。

『三田島』あたりまで出たら、それなりにある気がする。

椋さんはきっと知っていると思う、いいお店。

洋でも和でも、メキシカンでも何でもこい。


「ただいま」

「お帰り」


台所から漏れてくる、夕食の香り。


「着替えてすぐに手伝う」

「エ……今、なんて言った?」

「だから着替えてから手伝うよって言ったの」


階段を昇っている私に届く、

『あら、どうしたのかしらそんなこと言って』という、母の声。

どうしたもこうしたもない。

私は今……


「ねぇ、芹沢さんに食事に行きましょうって言われたよ。
美味しいところだってさ、サンサン」


お気に入りのサンサンをつかみ……



ん?



『似ている』



そうだ、思い出した。

芹沢さんには、『ビッグサンサン』に似ている彼女がいること。

誕生日に渡そうとしたら、大きいからと断られて……


「ふぅ……」


『サンサン』を元の位置に戻し、思い切り膨らんだ『期待感』という風船を、

丁寧にしぼませて心に折り込むと、着替えを済ませ下に降りていく。

そう、ここは冷静にならないといけない。

あくまでも仕事の仲間。その枠を越えるわけではない。

気持ちだけがどんどん上昇すると、落ちるときのショックも大きいのだから。


「冷静に、冷静に……」


私は精神統一のつもりで、たくあんを切り、お皿に入れた。



「おい、なんだ、なんだこれは。仲良しなたくあんだな」


『麦次郎』を飲んだ父が、私が切ったたくあんがつながっていると笑いながら指摘する。

昔からお父さんは、酔い始めると声が大きくなるんだよね。

音量が大きいだけで、言われた方の受け止め方は、全然違ってくるのに。


「あ……やだ、菜生。これはひどいわよ、ちゃんと切ってくれないと」

「切ったよ……いや、切ったつもりだよ」


そう、切ったつもりはあった。

大根の皮が、私が思っているよりも厚く、根性があっただけで。


「あはは……やっぱり菜生か。ダメだな、お前。これくらい小学生でも切れるぞ」

「あ、ほら、お父さん、こぼしましたよお酒」

「おっとっと……」


母は呆れた顔をしながら、お酒がこぼれた父の膝あたりを拭いている。

『酒をこぼさずに飲めない父親』と『たくあんをしっかり切れない娘』

血のつながりを妙なとことで感じる夜だった。


【23-1】



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