23 忘れ物が語る日 【23-3】



次の日、珍しく早起きをした私。

それならばと思われた母に、ゴミ出しを頼まれる。

大きなビニール袋を両手に持って、曲がり角まで行く。


「あ……すみません」

「いえ……」


別方向から人が出てきて、ぶつかりそうになった。

互いに頭を下げて、何事もないまま過ぎる……はずだったが。

その女性が、昨日、『蓬』に宿泊しに来た沢田様だと気づいた私。

ここまで、朝の散歩に来たのだろうか。


朝の散歩……

まぁ、海が見たいとかそういう理由で、

早起きをして旅館を出て行くお客様もいるにはいるが、

そういう方はどちらかというと『海側』の部屋を最初から取る方が多い。

海の雰囲気だけなら、旅館からでも十分に感じることは出来るし、

見えるからこそ、そばにいこうと思うのではないだろうか。

朝市など、観光があるところならわかるが……このあたりは……

私はゴミ置き場にビニール袋を置きながら、沢田様の様子を見た。

スマートフォンを片手に歩いて行く姿は、明らかに何かを探しているように見える。

沢田様の足は、私の視線の先で止まり、数十秒後にはその姿も見えなくなった。





「お客様が?」

「そうなの。今ゴミを捨てに行ったら、昨日からうちに宿泊しているお客様がいて、
角でぶつかりそうになったのよ」


家に戻り、朝食の支度をする母に、今の話をする。


「散歩するお客様もいるにはいるけれど、海の方向とも、商店街の方向とも違うでしょう。
それに、うちの前に止まった気がするのよね」


それほど長くいたわけではないから、うちが目的だったと決めつけられないが、

私にはそう思えた。


「あぁ、それなら……」

「エ……何か心当たりあるの?」

「鬼ちゃんの小物の記事が、『てくてく』に載ってから何人かは来るのよ、お店に。
ぬいぐるみを持って撮影をしにきて、『あ、これですね』なんて」

「あぁ、うん」


観光協会にも置いてある情報誌だけに、それを見て来る人も確かにいるだろう。


「でも、こんなに朝早く来る? まだお店が開いていないことくらいわかるよね」

「まぁ、そうよね」


魚屋や八百屋なら朝7時くらいの開店もあるだろうが、畳屋はそれほど早くない。

旅館で朝食を済ませ、チェックアウトしてからくらいでちょうどいい気がする。


「おはようございます」

「あ、おはよう鬼ちゃん。ご飯にするからね」

「はい」


鬼ちゃんは、挨拶をして工場に向かう。


「ねぇ、鬼ちゃん」

「何?」

「沢田久美さんって知っている?」


私たちの知らない鬼ちゃんの生活もあるだろうから、とりあえず聞いてみる。


「沢田久美?」

「そう、知らない? うちに昨日宿泊に来たお客様なの。今朝、このあたりを歩いていて、
うちの前に止まった気がするんだよね」

「沢田……いや、わからないな」

「そっか、それなら散歩とかかな、やっぱり」


意外にこのあたりの道は複雑なところがあるから、

似ている場所に迷い込んだという可能性もある。


「よし、今日も頑張ろうっと」


私は大きく背伸びをして、軽く首を動かした。





今日は平日のため、フロント業務には少し余裕がある。

高校の同級会をするために予約を入れてくれた10名が、午後来る予定。

揃っての食事を希望されたので、宴会場の小さい部屋を取ってある。


「坪倉さん」

「はい」

「これね、少し前に拾ったの」


お土産コーナーのパートさんが持ってきてくれたのは、スーパーの社員証だった。

このあたりでは聞いたことがないスーパーの名前だと思い裏返すと、

片仮名で『イイヅカナナミ』と書かれている。


「社員証って書いてあるでしょう。落とした人が探すかなと思って。
そろそろチェックアウトだし、イイヅカ様って宿泊している?」

「イイヅカ……すぐに調べてみます」


宿泊名簿を開き、『イイヅカ』様を探すが、現在泊まっている方の名前に、

『イイヅカ』様はいなかった。


「昨日、掃除をしていた時にはなかったから、昨日の夜から朝にかけてだと思うのよ。
どう?」

「イイヅカ様は、いらっしゃらないですね」


『海ひびき』がリニューアルしてから、フロントそばにあるお土産物コーナーには、

宿泊以外のお客様も入ってくることが出来るため、

落としたのは宿泊客ではないかもしれない。

スーパーの住所を調べると、愛知県豊田市になっている。

豊田って、あの有名自動車メーカーのあるところだよね。

だとすると、このあたりの地元の人ではなくて、

やっぱり宿泊の方が落としたと考えるのが普通。


「とりあえずフロントで預かります」

「そうね。こっちも探しに来る方がいたら、フロントにあるって言うから」

「はい」


私は会員証を受け取り、忘れ物を入れておく場所に置いた。



『イイヅカナナミ』



『ナナミ』という名前が気になり、宿泊者名簿をPCで呼びだした。

お土産コーナーのパートさんは、昨日の夜から今朝にかけてだと言っていたけれど、

どこか見えないところに落ちていて、

何かしらの拍子に出てきて発見された可能性もないとは言えない。


読み方でヒットした人が2名いるが、片方は15年前に宿泊した人で、

年齢は今だと50歳を越えている。もう一人は家族で宿泊した娘さんの名前で、

3年前なので、まだ小学生。

どちらもこの社員証を落とした可能性は、限りなく低い。

私はPC画面を元に戻し、その日の仕事を始めることにした。





「はい、確かに」

「よし、それなら奥に入れておくよ」

「うん」


その日の昼前、洋平が『ウエルカムドリンク』を持ってきてくれた。

私はチェックを担当し、洋平と一緒に台車を押していく。


「ねぇ、洋平」

「何?」

「洋平が押している台車の方が軽そうに見えるけど……」

「お、来たな、くだらない攻撃が。いいぞ、代わってやろうか」

「いえ、結構です。見えるけれど、そうではないだろうなと内心思っているので」

「は?」

「理子の友達、いや大親友の私に、
洋平が重たいものを渡すなんて、意地悪をするわけないもの」


そんなおふざけを言った後、お土産コーナーの前を通ると、今朝見かけた沢田様がいた。

土産物を選んでいるというより、何かを探しているような気がするのは私だけかな。


「毎度、毎度、よくくだらないことを言えるな」


洋平の、あきれかえるという台詞。


「冗談でしょう、冗談。仕事は楽しくしないと」


沢田様、しゃがみ込んで下を見ているけど……


「菜生……」

「何?」

「倉庫の鍵、お前持っているのか?」

「うん……」


沢田様、やはり何かを探している気がする。


「洋平、ごめんちょっと待って」

「おい……」


私は洋平に台車を頼むと、沢田様のところに向かった。


【23-4】



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