23 忘れ物が語る日 【23-5】



私は自転車を『伊東酒店』に向ける。

そう、銀行名を聞いて、思い出したことがあった。

洋平が、事故に遭った日、芹沢さんに渡してくれと頼んできた封筒の中身、

それは『三田島信用金庫』の封筒で。


「こんばんは、洋平います?」

「あら、菜生ちゃん」


お店に顔を出すと、はたきを持っていたおばさんがいて、

洋平は配達をしているけれど、すぐに戻るだろうと教えてもらった。



「ごめんね、忙しいのに」

「いや、いいよ」


それから10分後、配達から戻ってきた洋平は、店で話すのもと言い、

母屋に入れてくれた。出してもらったお茶を一口飲む。


「そう、前に菜生に頼んだのが、『三田島信用金庫』の封筒だ。
高校の先輩のお父さんが、支店長をしているので芹沢さんに紹介した」

「うん」


洋平から聞いたのは、芹沢さんが『龍海旅館』に入り、経営状態を見ていく中で、

やはり月島さんと企業との癒着に気付き、

その解消のために動いていたということだった。


「前に菜生が言っていただろ。『龍海旅館』の消耗品が、同一メーカーだってこと」

「うん、シャンプーとかね。割安になるだろうとは思うけれど、
あまりにも統一されていて、少し違和感あったし……」

「そうそう。だからそれを芹沢さんには話をしたんだ。
あいつもうっすら気づいていますって。そうしたらそうですかって言いながら、
笑っていた」

「ということは……」

「そう、ということだ」


企業を統一して経費を抑えるというのは、一見、『龍海旅館』側に立っていることだが、

その取り組みを特定の会社にだけ与えた月島さんは、当然何かしらお礼をされていて。

結果として、『公平性』はないまま、形だけが整えられていたということになる。

芹沢さんは、社長が倒れ、跡取りになるボン太のそばに月島さんがつく状態を利用し、

一人だけ反対側に立つようなそぶりを見せ、企業との関係性を探ってきた。


「俺は、どういういきさつで芹沢さんが『龍海旅館』に入ったのかは知らないけれど、
ボン太は事情をわかったうえで、あえて月島さんを頼りにしていると見せるために、
いつも行動を共にしていた。まぁ、その方が月島さんの行動もチェック出来るしね。
社長はもう少し早く復帰するところを、少し遅らせて、証拠が固まるのを待っていたって」

「証拠……そうなんだ」


ボン太がいつも月島さんを連れていて、芹沢さんが一人でいるような状態に、

そう、市尾さんの問題の時にも、何も意見を言わないボン太に対して、

私、どっちなんだみたいに、迫ったことがあったな。

あのとき、芹沢さんがボン太を逃がしたように思っていたけれど……。

どっちなんてものじゃなく、二人はしっかり理解し合っていた。


「芹沢さん、この計画が失敗したら、全ての責任は自分にかかるようにしてきたから。
ボン太や社長が『TATUUMIグループ』に残れないようなことになると
困ると思っていたんだろうな。厨房や仲居さんの人員整理とか、
リフォームの業者との話し合いとか、ほとんど一人でやっていたし」

「うん」

「勝負は3、4年って、来た時から言っていたからね」

「勝負?」

「あぁ……一気にかき回して形を作って身を引くつもりだって……」



身を引く?

それは、芹沢さんが『七海』からいなくなると言うこと?

やはりそうなんだ。


「でも、菜生が『あなたの考えに着いていく仲間はたくさんいる』って励ましたこと、
本当に嬉しかったみたいだぞ。見舞いに来てくれた日、言っていたし」


洋平は、『成功してよかったけどね』と笑う。

いや、そう、それはよかったけれど……


「芹沢さん、東京で『Building Blocks』にいた時、友達の話を聞いてやれなかったこと、
今でも後悔しているんだって。だから、熊井家のために、どうしても頑張りたいって」

「うん……」


この間の帰り道、芹沢さんから聞いた話。

わかっていて、逃げるようなことをするとまた後悔が重なってしまうから。

月島さんの暴走を止めて、ボン太親子が経営に戻ったとなると、

芹沢さんの計画は、洋平が言うように完了したことになる。



そうしたら……



もう、『七海』にいる必要がないということ?


「……ん? なんだ、菜生、泣いているのか」

「エ……泣いているわけないでしょう。神妙な顔くらいはしているでしょうけど」


いや、ギリギリかもしれない。

ちょっと油断すると、涙がにじみそうになる。

月島さんから『龍海旅館』を守るため、

いや、ボン太や社長と一緒に、本当にお客様のことを思う旅館を作るため、

そのために芹沢さんは、『孤独になる覚悟』を持ったのだ。

友よりも自分の事情を優先してしまい、大事な人を救えなかった過去。

そこにまた背を向けないために。

非難の矢は全て自分に向かうように……



あまりにも潔すぎて、あまりにも見事だけれど……



「お前って、面白いな……菜生」

「面白い? 失礼だな、そういう話ではないでしょう」


だめだ、思えば思うほど考えれば考えるほど、切なくなってくる。

『目の保養』とか言って、隠れて写真を撮った時とは違う。

その考え方も、生き方も……



『好き』という自分の心が、キリキリと音を立てる気がする。



「笑っているわけではないよ。
お前は、自分にすごい力があるとか思っていないだろうけれど、
お前と関わると、自然と話がスムーズに流れていく。それが面白いと言っているわけ」

「スムーズ?」

「そう。理子のこともそうだし。市尾さんもそうだったな。
菜生は『やってやる』なんて気持ちないだろうけどさ」


洋平は、『あ、そうだ』と何かを思い出したのか声に出した。


「頑張るお前に、一つ情報を教えてやる。芹沢さんに彼女は今いないぞ」

「ん?」

「この間理子から聞いた。でっかいぬいぐるみがどうのこうのって話」



ん?



「誕生日のプレゼントがって聞いて、お前彼女のことだと思ったのだろう。
それ、大平さんの娘さんのことだから」



大平さん?



「何……それ」

「あれ? なんだかでかいぬいぐるみに似ているとか、女心がとか話されて、
菜生は振られたってショックを受けたって、理子が……」

「……ん? 理子が?」

「あぁ……」

「エ……理子が?」

「そうだよ、この間、出かけた時にお前の話になった」



理子……どうして洋平に話してしまったの?

あなただけは100%、私の味方だと思っていたのに。



いや、しかし……そんなことより。



「娘さんって言ったよね」

「そう、娘さん。俺も企画室に行った時、
でかいぬいぐるみがあったの見たことがあるんだ。なんですかって聞いたら、
ほら、東京で亡くなった大平さんの遺した娘さんがぬいぐるみ好きだから、
誕生日にあげようとしたら、大きすぎると怒られたって」

「エ……」

「いい情報だろう」


目の前で、得意げな顔をした洋平に礼を言うのは嫌なので、

そこからは『あ、そうなんだ』と一言だけ送りだし、店側に戻った。


【24-1】



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