24 規則を破る日 【24-3】



左右を確認し、それを持つとポケットに入れる。

席に戻り、あらためて『沢田様』の情報を開けた。

昨日も見たのだから当たり前だけれど、

『イイヅカナナミ』さんの忘れ物と同じ、『愛知県豊田市』。


「あ、坪倉さん……おはよう」

「おはようございます」


仲居の森口さん。沢田様の担当をしていた人だ。


「森口さん」

「何?」

「あの、昨日チェックアウトされた沢田様、何か話されてませんでしたか?」

「エ……話?」

「あ、えっと……」


どう言ったらいいだろう。様子はおかしくなかったですかとか、

なぜそんなことを坪倉さんが聞くのかと言われたら、説明出来ない。


「うーん……特に話はしなかったかな。最初にお部屋に入ってからも、
食事を運んだ時も、お布団を敷く時も、黙っていたし……」

「そうですか」

「エ……どうしてそんなことを気にするの?」


当然、そうなる……


「いえ、あの……」


どうしよう、何を言おうか。


「あ、えっと……あの、沢田様がため息をついているところを、数回見てしまって」


『ため息』? いやいや、何だそれ……


「ため息?」

「はい……」


まずい、森口さんの心配そうな顔。

坪倉菜生、もっと言いようがなかったか?

いくらその場しのぎのウソだとしても、これじゃ……


「森口さん、ねぇ……」

「あ、新井さん、ねぇ、『蓬』のお客様、何か様子が変だなとか思った?」


そこに現れたのは、仲居の新井さん。

森口さんは、担当は自分だったが、昨日の朝、

家の事情があり朝食準備に間に合わないので、

新井さんに代わってもらったのだと話しだした。


「なんだかね、『蓬』のお客様、あの、沢田様。
ため息ばっかりついていたみたいなの、坪倉さんが気にして……」

「エ……いや、ちょっと待って」


まずい、ウソ話がどんどん広がっていく。


「ため息? いや、私が朝食の用意をしていた時には、そうあの……『てくてく』?
あれを広げて見ていて、そうだ、あれ、坪倉さんの家の職人さんでしょう。
畳の小物をって……」



『畳の小物』



「あ、はい」

「このお店は『龍海旅館』から近いですよって話をしたら、そうですねって笑顔で。
ご存じですかって言ったら、黙って頷いていたような……」



やはり……



「思い詰めているような雰囲気には……」

「あ、いえ、それならいいです。そうですよね、もうチェックアウトされたし。
すみません、くだらないことを聞いてしまって。ため息くらい、私もつきますし」


森口さんと新井さんに頭を下げて、私は席に戻った。

2人は、昨日のドラマの話をしながら、裏から出て行く。

自分のポケットに押し込んだ『イイヅカナナミ』さんの社員証に触れる。


「ふぅ……」


沢田様は、『てくてく』を見ていた。

しかも鬼ちゃんが畳の小物を作ったというあの記事を見て、笑顔だったわけで。

しかもそれを教えられて、知っていたと頷くなんて。

無理矢理つなげたような線は、だんだんしっかりしたものになっていく気がしてしまう。



「すみません、休憩取ります」


その日の休み時間。私は一度更衣室に向かい、制服から私服に着替え、

『龍海旅館』の敷地から出た。

以前、街灯の下で芹沢さんを見かけた公園に向かい、ベンチに腰掛ける。



『イイヅカナナミ』



私は、ポケットの中にある『イイヅカナナミ』と書かれた社員証を取り出した。

今、旅館の中に落ちていたものを勝手に持ち出して、

頼まれてもいないことをしようとしている私。

そのことで相手が怒ったり、何か不都合なことが出たら、当然責任は私にある。

いや、今、これからしようとしていることだけでも、『解雇』かもしれない。



『解雇』か……



『芹沢さん、お願いがあります』

『何ですか』

『この人と連絡を取りたいのです。
もしかしたら鬼ちゃんの探している人かもしれなくて』

『鬼澤さんの探している人……』

『はい。イイヅカナナミさんですが、沢田さんという偽名で宿泊されていると、
私は思っていて……』

『思っている?』


そう、強く思っているけれど、証拠はどこにもない。


『はい、それを確認したいので、ここに連絡を取ってもいいですか』

『坪倉さん。お客様の個人情報を、勝手に利用してはダメです。
そのカードはこちらに戻してください』

『お願いします。確かめてみたいのです』

『ダメです』



芹沢さんに言えば、きっとこうなるだろう。

いや、田川さんでも木立さんでも、そう、ボン太でも絶対にこうなる。

旅館の経営には何一つ関係ない。知りたい理由も、私個人の事情。

『イイヅカナナミ』さんが、『沢田久美』として偽名宿泊をしたのだと決めつけ、

探るようなことをするなんて、フロント担当として、大問題。



だけれど……



『はい、『スーパー高浜』、豊田公園前店です』



それでも私の手は、電話番号を打ち込んでしまう。

受話器から聞こえた声に、一度大きく深呼吸をした。


【24-4】



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