24 規則を破る日 【24-4】



「すみません、実は……」


私は『イイヅカナナミ』さんの社員証にある情報を使い、お店に連絡をした。

社員証を忘れ物として拾ったため、お店に送らせて欲しいとお願いする。

パートさんは店長に代わりますと言った後、受話器は保留状態に。


「はぁ……」


かけてしまった、言ってしまった。もう戻れない……

心臓がドキドキする。


『はい、店長の大橋です』


出てくれた店長さんは、誰の社員証なのかと聞いてきた。


「『イイヅカナナミ』さんという方のものです。イイヅカさんはそちらにお勤めですか」

『あ、はい、おります……』


いた……『イイヅカナナミ』さん。


『ただ……』


ただ……


『今週は有給を取ってまして』


『イイヅカナナミ』さんは有給を取っているため、店内にはいないとそう言われた。

しかし、確かに存在することは確認できる。


「それなら、お店宛に送らせていただきます。おそらく、うちで落とされたことに、
気づかれていないのかと……」


店長さんは、『申し訳ないですからいいですよ』と言ってくれたが、

私はお名前がわかり、送るところもわかるのならそうさせて欲しいと話す。



『愛知県豊田市……』



このお店に向かえば、『イイヅカナナミ』さんがいる。

それがわかったので、丁寧に挨拶をしたあと、電話を切った。





「あれ? どこに行っていたの? 坪倉さん」

「あ……すみません、ちょっと」


公園から旅館に戻ると、更衣室で田川さんと会った。

今日はこれから三田島に向かうと話し始める。


「三田島……ですか」

「うん。『ドリームコイン』ってゲームセンターがあるのよ。
そこに『ドラ』と『マーレ』のぬいぐるみを、景品として置かせてもらっているの」

「あぁ……」


『ドリームコイン』か、芹沢さんと会ったな。

『ドラ』と『マーレ』のことも、確か聞いた気がする。

あれ? 1ヶ月くらいって、言わなかったかな、期間。

好評で、伸びたと言うこと?


「私、『クレーンゲーム』が好きで、あの店に行くとテンション上がるのよね」


田川さんは嬉しそうにそう言うと、髪の毛を手で整え始める。

そうか、田川さんも好きなんだ、『クレーンゲーム』。

最初は愛想のない冷たい人だと思っていたけれど、仕事をするうちに話すことも増えて、

さらに同じ趣味を持つ人だと思うと親近感が沸いてくる。



もう……一緒に働けなくなるかもしれないけれど。



「行ってきます」

「いってらっしゃい」


田川さんを送り出し、あらためて制服に着替えて持ち場に戻る。

せめて他の仕事で失敗しないようにと考えながら、勤務終了まで頑張った。





「菜生……」

「これ、『イイヅカナナミ』さんの社員証。店長さんは大橋さんと言う人で、
もしそういう方がいるのなら送らせて欲しいって頼んだの。
そこまでいいですよって言われたけれど、でも、『イイヅカナナミ』さんという人が
働いているのは間違いない」


仕事が終わった後、工場にいる鬼ちゃんに、あらためて事情を説明した。

『沢田久美』というお客様が宿泊して、次の日、うちの周りを歩いていたこと、

『イイヅカナナミ』という社員証がお土産コーナーに落ちていて、

その後、沢田様が何か探しているような雰囲気で、お土産コーナーにいたこと、

聞いてみたけれど、逃げるようにチェックアウトしてしまったこと。

担当していた仲居さんから、

沢田様が鬼ちゃんの記事が載っている『てくてく』を見ていたと聞いたこと。

こういった出来事から、『沢田久美』イコール『イイヅカナナミ』だと

私が考えていること。

鬼ちゃんは真剣な顔で、聞いてくれる。


「偶然なのかもしれない、名前が同じだけで。でも、ひっかかることがあるなら、
調べた方がいいと思ったの。違うのならハッキリ違うとわかった方がいいし。
イイヅカさん、今週は有給で来週の月曜にはお店に来るって」

「月曜……」


鬼ちゃんの目が、カレンダーに向かう。

今日は金曜日、週末があけたら事実がわかるはず。


「鬼ちゃんならさ、お店に見に行って、『イイヅカナナミ』さんが七海さんなのかどうか、
顔を見たらわかるでしょう。だから行っておいで」


鬼ちゃんの目で、確かめてきて。


「菜生……」

「何」

「これ、持ち出したらまずくないのか」


鬼ちゃんは私が持ったままの社員証を見る。


「まずい……かもしれない」


私はあえて明るい口調で話し、笑ってみせた。

問題があるかもしれないけれど、そんなことわかっていたけれど、

だからと言って、素通り出来なかった。

鬼ちゃんが、長い間苦しんできた過去から、一歩前に進める可能性があるなら、

私は手助けしたい。



たとえそれで、『龍海旅館』を辞めることになっても……



私が一緒に頑張ると言ったことを、嬉しいと話した芹沢さんを、

裏切ることになってしまっても……



でも、素通り出来なかった。



「いいの。自分で考えて決めて、行動した。
素通りして後から後悔する方がもっと嫌なことだからさ」

「菜生……」

「大丈夫だよ、私なりにちゃんと考えているから」


何をと聞かれたら、全然答えられないけれど。

この元気な体さえあれば、働くところはまた見つけられるはず。


「ほら、鬼ちゃん。今更引けない」


あらためて社員証を前に出し、鬼ちゃんに渡す。


「わかった、確かめてくる」

「うん」

「違うのなら違うで納得出来るし。もし……」


もし……


「七海なら……」


七海さんなら……


「『今』を互いに話せるだろうから」


鬼ちゃんは『ありがとう』と言うと、社員証をポケットに入れた。


【24-5】



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