25 違いがわかる日 【25-1】

25 違いがわかる日



個人情報を扱ったのは、妙な好奇心とか、そういうことではない。

私だって悩んで考えた。

ここに来るお客様には、それぞれに事情がある。

プライバシーに関わるものを、こちらが勝手に利用することなど、

あってはならないことだ。それは十分わかっていたけれど……


「私にとって鬼ちゃんは、血のつながりは無いけれど、兄のような人です。
うちに修行したいと飛び込んで来た日から、一生懸命に仕事をしてくれて、
何かがあれば、私はいつも親よりも先に話しをしていました。
迷うことがあればアドバイスを聞いたり、励ましてもらったり、
時には間違っていることを指摘してもらったり……」


そう、鬼ちゃんに言われることなら、納得が出来た。

ただ怒ったりするわけではなくて、なにがどう違うのか、きちんと教えてくれる人。


「その鬼ちゃんが、ずっと思い続けて、探し続けてきた人……
いや、人かもしれないというヒントを、この『沢田久美』さんというお客様と、
『イイヅカナナミ』さんの社員証から得た気がして、
私は、どうしても素通りが出来ませんでした」



違うのなら違うで仕方が無い。

でも、可能性があるのなら、調べてあげたかったから……



鬼ちゃんが、心から笑える日が、来て欲しいと思うから。



言いたいことは言い終えた。

後は従うだけ。



カチカチと聞こえる、壁の時計の音。

ただ、待つことしか出来ない時間。

これが『まな板の上の鯉』と言うことだろう。



「つまり、忘れ物として届けられたお客様の社員証を、
坪倉さんは忘れ物のケースから勝手に持ち出して、
『龍海旅館』の名前を出して電話をした……そういうことですか」


芹沢さんの言葉。

鬼ちゃんの抱えている事情、私の感情、確かにあれこれ言ってみても、

事実はただ、『忘れ物を勝手に持ち出した』という、その説明に尽きてしまう。


「はい」

「沢田様の届けられた住所と、『イイヅカナナミ』と書かれた社員証のスーパーが、
同じ豊田市だったから、結びつけた……と」

「……はい」

「それを持って鬼澤さんは、すでに豊田市に向かってしまったと」

「はい」


はい、そうです。鬼ちゃんはもう、『七海』にいません。

だから社員証も持ってこられません。


芹沢さん、黙ってしまった。

両手を組んで、何か考えているように見える。

呆れているのだろう、それはそうだ。

いい大人が、何をしているのかと。


「あらためて伺います。坪倉さんはわかっているわけですよね、
お客様の情報を利用することに問題があることも……」

「はい」

「そういうことをしたら、どういう対応をこちらが取るかということも……」

「はい」


芹沢さん、口を結ぶように唇が動いて……今までにあまり見たことがない表情。

怒りとか、苛立ちとか、情けなさとか、全て混じったような。

ここまで仕事をさせてきたのにと、きっと怒っているだろう。


「本当に……本当に申し訳ありません」


今、言える最大限の気持ちを込めて、謝罪をした。

頭もこれ以上下がらないくらい、一生懸命に下げた。

言ったからといって、下げたからといってどうなるものでもないが、

私に出来ることはそれしかない。


静かな時間が続く中、私は持ってきたバッグから『退職届』を取り出した。

悔しくて残念だけれど、後悔はしていない。

ずっと世話になり続けてきた鬼ちゃんの人生に、少しでも何か出来たら私は満足だ。

芹沢さんの目がこっちを見た。



『『退職届』を持参したということですね』

『はい』

『そうですか、わかりました。僕が受け取ります』


ここでため息……


『坪倉さん、あなたは一緒に頑張ってくれると思っていましたが、
規則をこんなふうに破るとは。本当にガッカリしました』

『すみません』

『もう少し、大人だと思っていましたが……』

『すみません』

『もう話もありませんから、謝らなくて結構です。どうぞお帰りください。
さぁ、すぐに出て行って』


こんなふうに言われるのかな……


言われても、仕方がないけれど。


「話はわかりました。お客様の忘れ物を勝手に持ち出し、勝手に連絡をし、
それを外部の人間に渡してしまった。この事実には驚きがありますし、
僕の立場からすると、何をするのかと強くあなたに迫りたいところですが……」



ですが?



「ふぅ……」


芹沢さんの大きなため息が、床に向かって落ちた。


「すみません」

「もういいです、謝罪は」

「でも……」

「坪倉さんに対して、どう指導的な言葉を送り出そうか、
考えているのですが、それが冷静に出来ていません」


冷静になれないと言うことは、芹沢さんの怒りは、私が思っている以上……ということ。

どうしよう、賠償問題とかに発展する?




お金……たいしてありませんが。




「そう、冷静ではないです」


そうですよね、私という人間は規則を破るし、お金もないし……


「今、僕の感情のほとんどが、強烈な嫉妬心で埋め尽くされています」

「エ……」


嫉妬? 今そう言ったよね。


「ここに座ってください」

「いえ……それは出来ません」


うわ……私、思い切り、しかもすぐに断ってしまった。

芹沢さんが怖い顔をしてこっちを見る。

だって、今更座ってどうします? 座ったら、許してくれますか。


「そうですか、わかりました」


芹沢さんが立ち上がり、私の方に近づくから、私はその分下がることになって。

一歩ずつ下がっていたら、壁が背中に当たってしまう。

これ以上は、下がれない。


「それならここで話します」


そう言った後、芹沢さんのため息が再び床に落ちた。


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