26 行き先を知る日 【26-2】



待ちに待った木曜日。

今日だけは、お客様から何かを言われても、無理な対応はせず、

『勤務時間内で絶対に処理をする』、

『出来なさそうなことは、お願いする』と決め、朝から張りきって仕事をする。



『芹沢椋』



ホワイトボードに貼られた芹沢さんの名前、

この『龍海旅館』の中、どこにいるのかわからないけれど、仕事をしているはず。

宴会の準備とかをしていたら、廊下でスッとすれ違うかもしれない。

そう、すれ違いざまに腕をつかまれて……



『今日は大丈夫』

『大丈夫です。ダメですよ、こんなところで……お客様が見ています』

『そうだね、わかっているけれど、楽しみにしていたから……』

『私も……』



なんて会話が……


「坪倉さん!」

「エ……」

「何ボーッとしているの? 具合でも悪い?」


目の前には田川さんの顔。


「いえ、大丈夫です」


私は妄想回路を切り捨て、バインダーを握ると、両肩をグルグルと回した。





私の意地と念じる力が勝り、その日は特に面倒なことも起きないまま、仕事が終了した。

芹沢さんと食事をする場所は『三田島』。

そう、仕事探しでもなく、クレーンゲームをするわけでもない三田島行き。

こんなことは人生初かもしれない。



『先に『ドリームコイン』にいてもらえますか。
協会に書類を提出してから行きますので』



芹沢さんのLINE。

食事に行くことが決まった日、いや、芹沢さんが鬼ちゃんに嫉妬した日、

そう、その時に交換した。

今までは『芹沢さん』と『坪倉さん』に、表面的な関係を感じてきたが、

今や同じ響きでも、『その裏には……』と奥行きを考えてしまう。



『ドリームコイン』



この場所を待ち合わせにするあたり、さすが芹沢さんはわかっている。

坪倉菜生、ここなら数十分相手が遅れても、機嫌よく待てる自信ありですから。


「いらっしゃいませ」


はい、いらっしゃいました。

今日は気持ちに余裕があるので、店内に何があるのか、

グルッと1周、回っておきましょうか。

以前『あざらしまくら』だった場所は、人気キャラクターのフィギュアに変わっていた。

『フィギュア』か……広く言えばこれも『ぬいぐるみ』かもしれないけれど、

私好みではないよね。手触りのよさを感じないし。

この中で、一番狙いたいと思う景品は、あの箱に入ったものだろう。

アームの大きさからいって、すぐに取れるとは思わないな。

まず最初はあの箱を動かして、出来たら横向きにした方がいいと思う。

箱の前側がビニールになっているから、紙との境目にちょっとした段差が出来る。

アームの部分の厚みなら、そこに差し込んで持ち上げるというより、

斜めに動かすイメージで……



あ……



「……気づきました?」


ケースの向こう側に立つ、芹沢さんの姿が見えた。

本当にハッキリわかるものなんだな。


「これ、やろうとしてましたか?」

「いえ、獲るとしたら……と、考えていただけです」


そう、考えていただけ。


「前に、芹沢さん、すずちゃんと『ネコポーチ』を取っていた時、
私が映っていたって、言ってましたよね」

「あぁ、はい。後ろに立って、じっと見ている人がいるなと思ったら、菜生さんでした」

「これは……確かに目立ちますね」


あの時のことを思い出すと、自分でもおかしくなるけれど。


「行きましょうか」

「はい」


私たちは『ドリームコイン』を出て、駅から少しずつ離れていく。


「そうだ、『ドリームコイン』がもう1店舗出したこと、ご存じですか?」

「いえ、知りません。どこにですか?」

「同じ『三田島』です。駅の反対側になりますね」

「反対側……となると北口」

「そうです。新幹線ホームに近いので、広さはここの半分くらいですが、
結構入ってますよ」


駅の反対側。

そう言われて見ると、反対側にはあまり行ったことがない。

バスロータリーや役所も、全部この南口にある。


「そうですか、今まではこちら側に降りることばかりで」

「ですよね。向こう側は開発も遅れていましたし……」


芹沢さんはこちらの『ドリームコイン』にドラとマーレを置いてもらった後、

今はその反対側に出来た店舗に、機械があると教えてくれる。


「あ、そういえばこの前、田川さんが……」

「はい。契約書を持っていってもらいました」


そうか、同じ『ドリームコイン』が2つになったんだ。

『ドラ』と『マーレ』、今はそちらに出張中。


「向こうの方が、旅行客の目に付きやすいですし。うちも駅の前に、
広告を昔から出してますから」


私は話を聞きながら何度も頷いた。ビジネスチャンスは、どんどん作っていく。

『ドラ』と『マーレ』。

最初は、ぬいぐるみにどれくらいの価値があるのかと不思議に思ったけれど、

フロント業務をしていると、よくわかる。

チェックアウトの時、ぬいぐるみを持って帰るお客様の数は、結構多い。


「ぬい撮り用のセットも、新しく作ろうかとも思ってまして……」

「あぁ、はい」


今度は『ぬい撮り』か。

芹沢さんの頭の中は、どれくらいの思考回路があるのだろう。

私のように、一つが動き出すと、そこを優先して全てが止まってしまうような、

そんな単純なものではないはずで。


「あ、ここです」


芹沢さんが選んでくれたお店は、気楽に話が出来そうな『カフェレストラン』だった。


【26-3】



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