26 行き先を知る日 【26-4】



「僕に連絡をしてきたのは、耕太です」

「あ、そうなのですか」


食後のコーヒーが運ばれてくる頃には、話題が『龍海旅館』のことに変わっていく。

ボン太が大学を卒業し、いざ仕事をしようと思った頃には、

社長の体調があまりよくなくて、その代わりに月島さんが力を持ち始めていた。


「田舎の旅館ですし、チェーン展開をしているわけではないですから、
経営的な意見を言える人間がまず少ない。耕太もずっと旅館を見てきたとはいえ、
まだ年齢も経験も追いつかない。業者にしてみたら、当然、月島さんを頼るわけで」

「はい」


確かにそれはそうなるだろう。

融資をしている銀行から、見張りのように来ている月島さん。

お金のことに関して、相談するとなれば……


「外国のお客様をメインにしたことが、失敗だったわけではないのですが、
何も特徴がない状態にしかならなくて。他にもっと安い金額を出す場所が出たら、
あっという間に数が減ってしまう」


『七海』は海も綺麗だし、山もあるけれど、

確かに目立った観光場所があるわけではないから、

外国のお客様が『リピート』するには、弱いかもしれない。

芹沢さんの話を聞きながら、私も数回頷いた。


「『Building Blocks』にいて、大平のことがあって、
正直、気持ちが落ち込んでいた時だったので、悩みましたけど、
明日香さんに怒られて……」

「明日香さん」

「あぁ、あの大平の奥さんです。娘は南波ちゃんって言います」


洋平から聞いた娘さんのことだ。

あの『ビッグサンサン』を、誕生日にもらうには大きすぎると断った。


「あぁ……」

「映人が、椋ほどこういう仕事に向いているヤツはいないと言っていたと、
そう言われました。『Building Blocks』でも、『龍海旅館』でもどっちでもいいけれど、
お客様のことを考えて仕事をして欲しいと」


芹沢さんは、もう一度気持ちを前向きにしてくれたと、そう話す。


「『椋は、映人が亡くなったことで責任を感じて、
仕事よりも私たちのフォローばかりしているけれど、
そんなこと、誰も望んでいないからね』って、ガンガン言われました」

「そうですか」


生きていく中で、後悔が一度もない人など、きっといない。

成功していれば、選ばなかった選択肢のことなど忘れてしまうかもしれないが、

失敗したと思った時には、『選ばなかったこと』への後悔が、押し寄せてくるわけで。


「覚悟を決めて必死に走り続けて、なんとかここまで、たどり着きました」


芹沢さんの言葉を聞きながら、私もその通りだと思い頷いた。

新婚旅行と言えば『七海』と言われ、賑やかだった頃から、

どう展開したらいいのか迷い苦しんだ時期をなんとか乗り越え、

『龍海旅館』は今、もう一度この街の中心に立ち、存在感を出すようになっている。


「大平さんの奥さんは、何か言われました? 芹沢さんが『龍海旅館』を選んで、
色々と改革をしてきたことについて……」


芹沢さんが旅館に関わってきた3年の日々。


「南波にプレゼントを贈ると、いつも電話で話しますが、
あまり具体的には聞いてこないので、
僕もあえて中身については、言ってないかもしれません」

「そうですか」

「ただ……この間は、違ってましたね」

「違う?」

「はい。明日香さん、来年の3月で東京から離れるそうです。
実家は長崎なので、そっちに戻ると。
その前にもう一度、南波の顔を見に来てねと言われて。
『椋も私も、そろそろ映人に褒めてもらえるよ』って」


亡くなった大平さんに、褒めてもらえる。


「自分たちで勝手に決めた満足感かもしれませんが、何か区切りが大事だと、
明日香さんも思ったようです。1年くらい前から、再婚を意識している人がいると、
聞いてはいたので……きっと、前に進む気になったのでしょう」


芹沢さんが大平さんの仕事の悩みに気づかず、救えなかったと考えたこと。

そして、奥さんの明日香さんもまた、大平さんを救えなかったと思っていて。


「そういう理由で旅立つのなら、明るく送ってあげないといけませんね」

「はい。一度『龍海旅館』に泊まりに来るように話してますので、
僕も、菜生さんのようにどこかで予約を入れないと」

「はい。ぜひぜひ、スタッフ一同、精一杯対応させていただきますので」


私はそう言いながら、自然と笑顔になれた。

『人の心を癒やせる場所』

それが私の勤めている場所なのだ。


「あ、それで……部屋にあった、あのぬいぐるみ」

「はい。『ビッグサンサン』……」

「『ビッグサンサン』って言うのですか、あれ」

「あ、いえ……」


いえ、私だけがそう呼んでいるのです。

どうしてなのか、そこで説明。


「あはは……3300円を」

「はい。『クレーンゲーム』を戦略的に取り組む芹沢さんからすると、
考えられない出費でしょうが、私にとっては、失敗も全て楽しみというか」

「失敗も……ですか」

「ガッカリしてみたり、ハラハラしてみたり、それも楽しいですよ。
そう、さっきのように、どうやって獲ろうかなとただ想像するだけでも楽しめます。
いや、その先にたまには成功があって、ですけどね、もちろん」


失敗だけで終われば、さすがに悲しみの方が強くなるけれど。


「で、すみません、ぬいぐるみが何か……」

「あぁ、はい……」


芹沢さんから聞いた、『ビッグサンサン』の行方に、

そこが食事の場所だと言うことをすっかり忘れ、

結構大きめな声を出してしまったことを、私は大いに反省した。





「つまり、菜生が欲しかったぬいぐるみを、椋さんは田川さん……だっけ?
その人にあげてしまった……と」

「うん……」


そう、『ビッグサンサン』は、私と同じようにクレーンゲームが趣味だと言う、

田川さんのところに行ってしまった。

私の驚きに、芹沢さんは『菜生さんも、欲しかったのか』と、

少し申し訳なさそうな顔をしてしまったため、

私は『いえいえ』と慌ててごまかして。


「そう考えてみたら、納得出来るのよね。
私があの企画室で、『ビッグサンサン』に触れてみようと思っていたら、
田川さんが戻ってきて、何をしているのか少し強く聞き返されてさ」

「うん」


本日も、私の愚痴を聞き、軽く受け流しながら仕事に取り組むのは鬼ちゃん。

かといって流しっぱなしではないため、きちんと相づちは入れてくれる。


「田川さんも狙っていたのよ。あのぬいぐるみの価値を知っていて、
いや、私と同じように、『サンサン』の肌触りの良さを知っていて。
だからさ、芹沢さんが私に仕事を振ってくれた時も、自分の仕事を押しつけて、
あえて手伝いに行ったわけ。もう、なんとか気に入られようとしていたのよね、
あの『ビッグサンサン』のために」

「ビッグって……ただのぬいぐるみだろう」

「……ただのって……まぁ、ぬいぐるみですけど」


ぬいぐるみですよ、ぬいぐるみですが。

日本に、そう、この日本に30体しかない貴重なぬいぐるみなのです。


【26-5】



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