27 冬に春が来る日 【27-1】

27 冬に春が来る日



『東京』



「そろそろって……芹沢さんの『東京』行きは決まっているのですか?」

「決まっているのかどうか知らないけれど、でも、よく話していたわよ。
3年か4年したらって……」


洋平が言っていたことと重なる。

その時、ポケットに入れてあった携帯のアラームが鳴り出した。

清掃を手伝える時間が終わるという合図。


「あら、ごめんなさい。本当にギリギリまで手伝ってもらって」

「いえ……大丈夫です」


そう、今日は七海さんが来る日。

鬼ちゃんにとっての大事な日。


「すみません、ならここまでで戻りますけど」

「大丈夫、本当に助かったから」

「はい」


私は掃除道具を元の場所に戻し、五代さん以外のスタッフにも挨拶をする。

フロントの上着を羽織りながら、階段を昇った。





「飯塚七海です」

「いらっしゃいませ、飯塚様」


チェックインの始まる3時、七海さんが到着した。

私は木立さんにフロントをお願いし、七海さんと一緒にロビーの椅子で向かい合う。


「まずは、本当にすみませんでした」


座る前に言わないとと思い、とにかく頭を下げた。

そう、結果オーライとはいえ、私のしたことは『龍海旅館』の社員として、

絶対にしてはいけないこと。


「そんなふうに謝らないでください。お土産コーナーで買い物をしているときに、
あの社員証を落としたのは私です。しかも、偽名で宿泊するようなこと……」

「いえいえ、そんな」


本来いいことではないが、事情を明かしたくないために、偽名で宿泊する人はいる。

ということで、ここは100%、いや1000%私が悪い。

あらためて顔を合わせた七海さんは、ナチュラルなメイクがとても似合う、

細身の美人さんだった。鬼ちゃんが豊田市に飛んでいった後、

七海さんのところに、『龍海旅館』から謝罪の手紙が届いたことも教えてもらう。


「手紙……ですか」

「はい。宿泊名簿や落とし物の情報を利用したことについて、
申し訳ありませんでしたと、きちんと直筆で……」


手紙を出したのは、もちろん芹沢さん。

社長やボン太、新しく信用金庫から来た金村さんも、七海さんの事情は知らない。



知られたら、当然、坪倉菜生はお叱りを受けるわけで。



「どうしても救いたいという思いが、少し強引に動いてしまった結果なので、
許していただけませんかって、そういう内容でした。芹沢さんも巧のことを、
仕事で世話になっていると、色々書いてくれて。その手紙を読みながら私、
巧がこの10年、この場所できちんと仕事をして、
みなさんに認められてきたことがよくわかりました」


七海さんの言葉に、私は自然と頷く。


『鬼ちゃんの七海での10年』


そう、鬼ちゃんは本当に頑張った。

畳のことなど何も知らないゼロのところから、基礎をこなし本物の職人になった。

さらにそこで満足せず、新しいことにもチャレンジし、

『坪倉畳店』の可能性をさらに広げてくれている。


「七海さんが言ったそうですね、鬼ちゃんに。職人の方が向いている気がするって」

「あ……そう、そうでした。一緒にいた頃は、無理してサラリーマンをして、
なんだか背伸びをしているように見えていたから」

「背伸び」

「サラリーマンのスーツ姿が社会人として一人前。そんな錯覚を起こしていて、
私のために、無理にそうしているように見えてしまうことが、どこか苦しくなって」


確かに、スーツを着ることは、大人を感じられることだろう。

周りからの評価も、あがるだろうし。

そう、鬼ちゃんの5つ年上のお兄さんは、役所勤めだったと聞いた。

『スーツ』イコールしっかりとした社会人という構図が出来ていたのかも。


「七海さんを幸せにするって気持ちばかりが出て、でも、心が追いついていない。
そんな話を、鬼ちゃんもしてくれたことがあります」

「そうですか」


『巧が真面目だからこそ、どんどんプレッシャーになってきて』と、

七海さんは、病気が見つかった時のことを振り返ってくれた。


「上を見続けている巧に、今の自分はふさわしくないと思うようになって。
私、自分には全然自信がなかったし。さらに病気がわかったでしょう。
話をすれば巧は『大丈夫』だって笑って、当たり前のように支える選択肢を
取ってくれたと思うけれど、でも、どこかできっと、
そのハンデが自分にのしかかってくると感じて」

「はい」


七海さんがどれほど辛かったのかを、鬼ちゃんは姿が無くなって、初めて理解した。

格好ばかりつけて、気持ちが追いついていなかったことにも、気づかされたことだろう。


「それでも、またこうして巡り会えてます。鬼ちゃんのお兄さんのニュースを、
七海さんが読んだことも、鬼ちゃんが『七海』の名前からここを選び、
本当の職人になれたこと、それに……七海さんが『てくてく』を見て、
『龍海旅館』に来てくれたことも」


偶然であっても、それがつながっていったのなら、

それはみんなが『その先』を描きたいから、つながっていったはず。


「私が……社員証を落としたことも」

「あ、はい」


七海さんは、この前の宿泊の時には見せてくれなかった

柔らかい笑顔を見せてくれる。

七海さん、年齢は私と鬼ちゃんの間くらいなのかな。

本当にかわいらしい人だ。


「ここに来るのに、今日はゆっくり歩いてきました」

「駅から坂を上がって?」

「はい。でも、景色が素敵だから、全然辛くなくて」


海を見たり、山を見たりと七海さんは言ってくれる。


「そうですか」

「あらためて素敵な場所ですね『七海』」


私は『はい』と自信を持って返事をする。

そう、今は本当にこの街が好きになっているから。


「鬼ちゃんに、今日くらいは仕事を休めばいいって、
私や母は言ってみましたけど、普段通りでいいって言うものですから、
すみません……」


駅まで迎えに行ってあげるとか、ここまで一緒に来るとか、

演出方法はいくらでもあったはずなのに。


「それでいいです。巧のいつもの時間の中に、今日のことがあればそれで」


いつもの時間か。

まぁ、そうかもね。何気なく互いの時間が交わった方が、

ごく自然に向かいあえるのかも。


「七海さん。明日はぜひ、うちにも立ち寄ってくださいね。父も母もそう言ってます」

「はい、ご挨拶をさせてもらいます」


私は立ち上がり、あらためて七海さんをフロントに案内し、

今日のお部屋、『青海原』に入ってもらうことにした。


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