27 冬に春が来る日 【27-2】



「うわぁ……海が見えますね」

「前回は山側のお部屋でしたよね」

「はい。海側は空いていなくて。空いている日を聞いたら、都合がつかなくて」

「あぁ……」


確かに、海側の部屋の方が、先に埋まる確率が高い。

実際、私も予約をした時は山側しか空いていなかったが、そこは社員。

キャンセルが出たことがわかり、すぐに変えてもらった。



木立さん、ご協力ありがとうございました。



「アレルギーなど、お食事で気をつけた方がいいものなど、ございますか?」

「いえ、何も……好き嫌いはないです」

「かしこまりました。それではごゆっくり……」

「はい、ありがとうございます」


私は部屋を出ると、静かに扉を閉めた。

洋平が事故に遭った時、理子と私がここで話をしたように、

今日、ここは鬼ちゃんと七海さんの10年間を埋めてくれる部屋になる。

また、ここから、二人が新しい時を刻めるように、海の音や朝日の光りが、

いいアシストをしてくれるはず。


「ふぅ……」

「あ、坪倉さん」

「はい」


振りかえると、何やら書類を持った田川さんが私を手招きする。


「どうしました?」


なんだろう、珍しいな田川さんが慌てているなんて。


「あのね、もうすぐ出発する『磐田金属』さんのおみやげ20人分。
ビニール袋に入れてもらってあるから、『海ひびき』の駐車場に持っていってもらえる?」

「あ、はい」


田川さんが指を差した場所には、確かに段ボールがあった。


「お客様に、家の鍵が見つからないって言われて。
もうお部屋の掃除は終わっているから、担当の仲居さんに聞いてきます」

「はい」


旅館では、お客様がかわるごとに、部屋の中も全て掃除が入る。

布団カバーの交換はもちろんのこと、座布団カバー、浴衣、タオル、

それからスリッパなどなど。

そういった時に忘れ物が見つかることもあり、

仲居さんが気づけばフロントに預けられるが、

小さい物だと中に紛れ込んで、洗濯として出されてしまうこともある。


「すみません、『磐田金属』さんのお土産は、これでいいですか」

「あ、はい。20袋入っています。中身の確認は、田川さんがさっき……」

「了解です」


私はゆっくりとワゴンを押し、『海ひびき』の方へ。

段差に気をつけて運ばないと……


「僕が押しますよ」

「エ……」



その声は……



「これ、『磐田金属』さんですね」

「はい」



芹沢さん……。



「すみません」


少し段差があって、斜めになる場所。

まあ、それほど重くもないから大丈夫だけれど、ここは素直にお願いした。



『東京に……』



五代さんから聞いた話が、頭の中に浮かんできて、心がざわざわし始める。


「あの……」

「はい」

「七海さんに手紙を、ありがとうございました」


未熟者の私のフォロー、そのお礼をきちんとしないと。

つい少し前に七海さんが来てくれて、話をしたのだと報告する。


「そうですか、鬼沢さんは」

「鬼ちゃんは、いつも通り仕事をしてから来るそうです。
今日くらい駅に迎えに行ってあげたらいいのにって言いましたけど、
照れなのかなんなのか、頑固なもので」

「あぁ……確かに頑固そうだ」


芹沢さんはそういうと、ワゴンをさらに押してくれる。


「10年……ですよね」

「はい」


そうです、生まれた子供が小学校5年生くらいにまで成長します。


「同じ人を思い続け、過ごしてきた月日ですから。
ここでの時間が二人にとって、素敵なものになってくれたらいいですが」

「大丈夫です。そこには自信がありますから」


私は胸を張って、そう言った。

『竜宮城』なんていって、からかっていた頃とは全然違う。

『龍海旅館』なら、ここのスタッフなら、きっと満足してもらえる。


「『龍海旅館』は、いい旅館です」


そう、従業員がそう言うのだから、間違いない。

『磐田金属』さんがチャーターした観光バスが見えてきたので、

そこにお土産のセットを運び、芹沢さんと一緒に、荷物入れの場所に納めていく。


「はい、確かに」

「よろしくお願いします」


結局、途中からずっとワゴンを押してもらった私。

今なら、聞けるかもしれない。



『芹沢さん、東京に戻るのですか』

『どうしてそれを……』

『洋平も、五代さんもそう話していました』

『そうでしたか』



その後、なんて言うだろう。

『東京に戻ります』なのか、『東京には戻りません』なのか。

いや、私は芹沢さんにとって……


「坪倉さん」

「はい」

「話、聞いてますか」

「エ……あ……すみません」


またボケッとして。


「忘れ物のことについて、何か聞いていますか」

「あ、えっと、フロントの田川が、確認に向かっています。出発まであと……」


バスの運転手さんは、出発まであと20分だと教えてくれる。


「おそらく……」


すると、『すみません』というお客様の声がして、顔をあげる。


「ごめんなさい」


お客様の手には、無くなったと言っていた鍵が握られていた。


【27-3】



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