28 サプライズの日 【28-4】



隣に立つスタッフさんの用紙には『餅つき』のことが書いてある、

そうそう、28日の朝、鏡餅を作って、

夕方に飾るイベントをやることになっていた。

だからきっと、そのスタッフとして動けと言うことでしょう。

思い切り前向きに返事をした私の顔を、優しい表情で見ている椋さん。


「やれるの? 坪倉さん」


前にいた仲居の小島さんが振り返り、心配そうにそう言ったことで、

もしかしたらまずかったのかと、一気に不安の雲が広がっていく。


「大丈夫……だと……」

「それなら、よろしくお願いします」


ボン太の挨拶が終わり、集まっていたスタッフが散らばっていく。

その後、椋さんから名前を呼ばれた数人は前に出ることになる。


「お客様にも参加していただく予定なので……」


餅つきイベントで、『杵で餅をつく人』、私もその中の一人になっていた。





「坪倉さん、餅つき担当になって本当に大丈夫?」

「なんとかなりますよ」


その後、説明を聞き、やっと事実がわかった。

普段、あまりお客様と交流のないスタッフも参加し、

旅館の仕事が色々な人で成り立っていることをアピールする。

それがこの『餅つきイベント』の一つの目的だった。

清掃担当や、厨房担当、当然フロント担当も代表者が選ばれる。

しかし、立候補するのは男性ばかりだったので、

ボン太が女性からも出て欲しいと、朝礼で意見を言ったのだ。

その『杵でつく担当、出来ますか? 坪倉さん』というボン太の台詞を

半ボケ状態で聞いていた私は、すぐに引き受けてしまう。


「お客様もやるくらいですから、なんとかなりますよ」

「まぁ、うん」


田川さんも『そうだよね』と納得してくれる。

そう、なんとかなるはず。ならなかったら……



ならなかったら……



『杵、重たいでしょう、僕が一緒に握ります』

『椋さん』

『ほら、ここではそう呼ばない』

『はい、ごめんなさい。では一緒に……』



そう、『ケーキ入刀』の練習だと思えば……って、

まぁ、そうはならないだろうけれど。


「坪倉さん、大丈夫よ、お客様の子供さんも、毎年参加してくれるから、
いざとなったら子供用の杵でつけば」

「そうですね」


仲居さんたちの声に、少し強引に笑っていたのだが。



「よいしょ!」


心配ご無用というくらい、制服の腕まくりをした私は杵を持ち、

しっかりとお餅をついていく。こんなことをするのは、何年ぶりだろう。

昔は地域のお祭りも派手で、神社を絡めて子供達の神輿とか、

そう、人がごちゃっと集まることが結構あった。

そういえば、こうして、お餅をついた思い出も蘇ってくる。


「もう一回!」

「よいしょ」


今ではお餅もパックされていて、一年中買うことも出来るけれど、

こんなふうに協力して作り上げていくことで、チーム感が生まれてくる。


「行きますよ」


12月も残り数日、『よいしょ』のかけ声が、『龍海旅館』のロビーに響き渡った。





「次の日、少し筋肉痛になりました」


そう、久しぶりに動いた筋肉だったのか、動き方に驚いたのか、

二の腕あたりが重い気がする。


「そうでしたか、楽しそうでよかったと思ったのに」

「楽しかったは楽しかったですけどね」


年末12月30日、企画室。

椋さんと向かい合いながら、少しだけおしゃべりタイム。

私の仕事は終了していて、椋さんは本日、本来なら休暇の日。

しかし、ボン太に頼まれたものを持ってきたタイミングで、私に会い、

『企画室に』と呼び止められた。

交わす言葉は、仕事のような、仕事ではないような。


「耕太が言ったんです、食事の時に。男性の参加がどうしても多いから、
女性も出したいって。そのときに、菜生さんならやってくれるはずだと」

「はず?」

「そう、耕太の中にある菜生さんのイメージは、『元気な女の子』ですから」


ボン太のイメージか。まぁ、そうかもしれないけれど。

そういえば今、『食事の時』って椋さん言ったよね、聞いてみようかな。


「あの……」

「何?」

「今、食事の時にって言いましたよね」

「うん」

「椋さんって、熊井家にいるのですか?」


話の流れの中で、今なら聞ける気がして口に出してみた。

ここ『企画室』は椋さんの場所だけれど、ここに住んでいるとは思えないし。


「知りたいですか?」

「あ……いや……」


知りたいというより……いや……違う。


「知りたいです」


そう、知りたい。あなたのことを色々と。


「それなら、このまま行きましょう」

「どこに?」

「食事です、ここで話すのはどうも落ち着かない」


『企画室』はあくまでも仕事場。

せっかく話をするのなら、気兼ねなく話せた方がいい。


「突然だと、迷惑かな」

「いえ、大丈夫です。それなら……」

「『プロペラ』はダメですか?」

「エ……『プロペラ』?」

「何度かお店には入りましたが、実は、『ナウミタン』をまだ食べたことがなくて」


椋さんのリクエストにより、私たちは『プロペラ』へ行くことにした。

あまりにもお近くだけれど、年末だけに予約もなく入れないところもあるし、

営業しているかもわからないところでオロオロするよりは、

よくわかる場所だしいいはず。


いや、地元はどうだと気にしていた私も、もう覚悟を決めた。

いや、違う。見るなら見てもいいよ……くらいの余裕が出来た。

だってそうなんだもん……


「これ、僕も購入しました」

「あ……いいな、最新式だ」


駐輪場で待っていて欲しいと言われた理由は、椋さんが『電動自転車』を購入し、

それを見せてくれる意味があってだった。

母のお古を使う私の自転車と違い、いかにもよく走りそう。


「行きましょう」

「はい」


『龍海旅館』からの坂道を、二人で下っていく。

椋さんの後ろを私、カーブにさしかかると、一瞬だけ並ぶような時があって。

また動き始めると、後ろにピッタリ着くように。

『プロペラ』はまだ営業中で、私たちは並んで自転車を止めると中に入った。


【28-5】



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