29 香りが蘇る日 【29-5】



『Building Blocks あらたな挑戦を開始』



「はい、菜生、これお土産です」

「うん、ありがとう」


年末年始、伊東家のお店番をし、

その後、洋平と二人で東京観光に出かけた理子が戻ってきて、

私たちはまた『プロペラ』で向かい合う。


「『Building Blocks』、今度は北九州にホテル建てるんだ」


そう、東海林さんの顔を見たのは、理子が持って帰ってきたちらし。


「そうらしい。この間泊まりに行ったでしょう。
そのとき、部屋に割引になるQRコード付きのちらしがあったから」

「QRコード?」

「うん。こんなふうにお土産を買うと、その袋にあらかじめ入っているのよ、
力を入れているみたいだよ」

「力か……まぁ、そうだろうね。いくら『BB』と言っても、
宣伝しないと来てくれないだろうし」


そう、東京にあるあの『BB』が出来る時も、駅の構内とか、ものすごい宣伝だった。


「これって、鉄?」

「元々、大きな鉄工所の跡地みたいよ。飛行機から見えるのはこちら側で、
電車から見えるのはこちら側だとか……」

「へぇ……」


鉄工所と和のコラボとでも言うのだろうか。

斬新なのか、なんなのか。



『集客アドバイザーの東海林氏を迎え……』



この人、前に田川さんが話していた人だな。

やはりうちにはただの旅行でしょう。これだけの仕事があるのだから。

規模が小さすぎるもの。


「で、『BB』どうだった?」

「うん。すごく素敵なお部屋だった。積み木を積み上げてあるような造りだけれど、
外から見るのと、中に入ってみるのとではイメージが全然違うの。
レストランもたくさんあった。全部美味しそうで迷っちゃって」


2泊3日の旅行。

理子は色々な時間のことを、楽しそうに語ってくれた。

洋平がパレードのダンサーに投げキッスされたこと、

カメラのシャッターを押して欲しいとお願いしたら、

その男性が、いいフォトスポットはこっちだと案内してくれて、

最初は驚いたけれど、出来たものを見たら、本当に綺麗だったことなど、

これだけ私が口を挟めないくらい話が続くのは、本当に珍しい。


「そうか、理子が楽しかったのがよくわかるよ」

「うん……楽しかった」


過去の思いに気持ちを閉ざしていた時間が、ウソのような明るい顔。


「私も、お願いしてみようかな……『Building Blocks』」

「芹沢さんに?」

「うん」


そういって胸を張ると、理子はそれがいいよと頷いてくれた。





そして季節は2月に入る。

半年をかけ、七海さんと新しい生活を築いていくと決めた鬼ちゃんだったが、

以前、空きが出ると聞いた『プロペラ』の隣のマンションを押さえた。

そして、少し早いけれど、長くお世話になったアパートを離れ、

一人で先に新しい生活を開始することになる。


「鬼澤さん、これ奥の部屋に入れていいですか」

「あ……ありがとう、悪い」

「いえいえ」


元々、食事は全て坪倉家だったので、アパートには寝るために戻っていた鬼ちゃん。

こういった生活がいつか来ることを、

心の中では信じていたのではないかと思えるくらい荷物が少なく、

『坪倉畳店』の軽トラックが出場し、

私や理子や洋平、さらに七海さんが参加するくらいで、引っ越しが完了してしまう。


「今更だけど、本当に何もないね、鬼ちゃん。
そう、まさかさ、冷蔵庫がないとは思わなかったよ」


そう、冷蔵庫はテレビ同様、どこの家にもあるものだと考えていた私。


「これで生活出来たからな。食事は全て坪倉家だったし。
休みの日は、コンビニか外食だろ。だとすると入れる物ないし、
冷蔵庫を買おうと思わなかった」

「いや、それでも普通はあるって」


アイスクリームとか、ヨーグルトとかそういう『小腹対策』が置けないでしょう。


「普通ってなんだよ。俺にはいらなかったんだ。
布団があって、洋服を入れておく場所があって、で、タオルとか適当にあれば。
むしろ、物がない場所がたくさんあった方がいい」

「あぁ、わかります」


唯一の男性、洋平が認めてくれたので、『だよな』と鬼ちゃんはすぐに主張する。

確かに、そうかもしれないけれど。


「七海さん、家具持ってきますか?」


鬼ちゃんは男だからそれでいいけれど、七海さんは女性。


「最初はそう思ったのだけれど、運ぶのも大変だし、それほどいいものでもないから、
こっちで新しく買おうと思って」

「あ、それがいいと思いますよ」


床を七海さんと一緒に拭いていた理子が、

『家具を見るのは楽しいですよね』と、七海さんに声をかけた。


「そう、楽しい」

「私も、一人暮らしをしようとした時、家具を見ているのが一番楽しくて」

「わかる、わかる。こっちに置こうか、あっちがいいか……ってね」

「そうです」


理子も洋平も、七海さんとは初対面なのに、私と鬼ちゃんという共通点があるからなのか、

それとも、この『七海』という、観光客もみな仲間という意識を持つ場所に、

生まれ育ったからなのか、全然違和感がない。


「まだ、本当にこれからなの」

「あ、それなら、七海から少し行ったところにある小山のショッピングセンター、
あそこにお店がありますよ」

「小山……」

「はい」


そう、理子の友達、小原一花さんの事件があったあの場所に対しても、

抵抗感はだいぶなくなっている。


「理子……あっち拭いた?」

「うん、もう拭いた」


洋平の事故の後、一花さんが結婚したことを知り、気持ちが落ち着いた理子。

そして、さらに子供が生まれたことも、風の噂で聞いたらしい。


「よし、これくらい整ったら十分だ」


鬼ちゃんは、私たちが手伝ったのでそのお礼として、

『寿司幸』でも取ろうかと言ってくれる。


「いいよ、鬼ちゃん。そんなこと」

「いや、お前はいいけど、洋平君と理子ちゃんはさ」


鬼ちゃんの言葉に、洋平と理子は『必要ないですよ』と手を振り断ろうとする。


「そんなこと言わないで。私なんてあまり知りあいがいないでしょう。
菜生さんのおかげで、こうしてすぐに話が出来る人が増えて、本当に安心するし」


七海さんは、『これからも色々と教えてください』と私たちに頭を下げてくれる。


「いえいえ、そんな、そんな。鬼ちゃんの大事な人は、坪倉家の家族同然ですから」

「そうそう。鬼澤さんには、うちも理子のところも本当に世話になっているし」


洋平の言葉に、理子はしっかり頷く。


「ありがとう」


結局、ご厚意に甘えた私たちは、段ボールと、空間だらけの部屋で

美味しいお寿司をごちそうしてもらうことになった。


【30-1】



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