30 お鍋が美味しい日 【30-3】



一緒に買い物をしようということになり、近くのスーパーに向かう。

野菜売り場の前を通りながら、こういう寒い日にはお鍋がいいよねと、

理子と意見もバッチリあった。


「なら、洋平も呼んでいい?」

「エ……洋平を?」

「うん。だって、お鍋でしょう。人が多い方が楽しいし」


理子はそういうと、すぐに携帯を出す。


「もちろんいいけどさ、最初からそうするつもりだった……という企みの空気が
プンプンするけど」

「企みではないよ」


それならば洋平に、『高級な美味しいお酒を持ってきて』と頼むように理子に話し、

二人で『坪倉家』に戻る。

白菜やネギを切っていると、本当にお酒を持った洋平が遅れて到着した。

『七海東保育園』からの同級生が3人、ここに集合する。


「豚のバラ肉ね」

「そう、これ迫田さんから作り方を聞いたの。うちは何度かやってみた。
本当に美味しいよ」

「うん、いい匂いがする」


『関口内科産婦人科』に入った、事務の迫田さんは、現在も活躍中。

その分、理子は『伊東商店』との両立が可能なわけで。


「菜生、おじさんたち何泊?」

「エ……1泊だと慌ただしいから2泊だって。ほら、世界遺産にもなった、えっと……」

「あぁ、『富岡製糸場』」

「そうそう、そっちも回るって」


いざ行くことが決まると、母の方が積極的に動いていたな。

ただ何もしないでのんびりと言っていたのに、考えたらおかしくなる。


「そうか……2泊か。この家に、おじさんたちがいないっていうのが、想像出来ないな」

「そうよね。鬼澤さんもいないなんて」


洋平のつぶやきに、理子は鍋の味を整えながらそう返す。

私は3人分の取り皿やお箸を準備して、テーブルに運んだ。

そこで、洋平が持ってきてくれたお酒の瓶を手に取ってみる。


「蔵錦……うわ……なんとなく高そう」

「高いよ。お前が高級でうまい酒を持ってこいと言っただろうが」

「まぁ、そうだね、そう言ったかも」


私は『洋平のおごりだよね』と素早く確認する。


「いいよ、これくらい」

「うわぁ……さすが『伊東商店』の跡取り、太っ腹だね」


私はそう言って笑うと、『すみません』と頭を下げる。


「いえいえ」


洋平も同じように笑うと、『腹減った』と声を出す。


「今、持って行くよ。熱いの行くから、みんな動かないで」

「あ……理子。俺、運ぼうか」

「そう?」


土鍋が熱いからという理由で、洋平が立ち上がり、理子のところに向かう。


「気をつけてね、洋平」

「うん」

「洋平、理子を甘やかしすぎだよ」

「ん?」


私の忠告など全く気にもとめず、洋平はお鍋をコンロの上に置いた。

そこから3人の『鍋パーティー』がスタートする。

当然、提供してもらった『蔵錦』も登場し、心を許せるメンバーだということもあり、

それぞれが話し始める。


「産婦人科を?」

「うん。あと2、3年くらいでと、お母さん決めたみたい」

「そうなんだ」


理子から出てきた話題は、

『関口内科産婦人科』が『産婦人科』の看板を下ろすというものだった。

そこで取り上げてもらい、産声を上げた私と洋平にとっては、少し寂しくもなる。


「大きい病院が出来たし、産婦人科は急な動きが多いでしょう。
お産って計画的にはならないし。母もいつも構えているのは、やっぱり大変みたい」

「まぁ、そうだよね」


出産する女性も、高齢化していて、その分トラブルなどもあると、

結局、大きな病院に頼ることになるため、このあたりでと決断したらしい。


「個人での頑張りには、限界があるからな」


そんな洋平からも、

『伊東商店』としてこれからどう頑張って行こうか悩みがあると、声があがった。


「『伊東商店』は安泰でしょう。取引先も多いし……」

「いや、まぁ、確かに『龍海旅館』をはじめとした法人契約はあるけどさ、
もう少し小さな宿とか店だと、後継者問題を含めて、
これからどうするか考えているところもあって……5年後、いや3年後は、
減る可能性があるなと」


『小さな宿』と聞き、『おととや』のことを思い出す。

椋さんに頼んで、新しくしたということは、後継者問題はなさそうだけれど。


「ねぇ、『船宿谷村』、『おととや』って店になったの、知っていた?」

「あ……うん、知っているよ。それ芹沢さんだろ」

「うん」


やはり洋平はそつがない。

椋さんから動きは聞いていて、今まで同様、

『おととや』との契約も済ませていると教えてくれる。


「何よ、『伊東商店』は安泰じゃないの」

「ん?」

「谷村さん、『おととや』ってお店になったの?」


鍋の具材をプラスしながら、理子がそう聞いてくる。


「うん。釣り客を専門にしていたから、ここのところ客足が減っていたらしい。
釣り自体はブームだけど、古めの民宿に泊まるって考えは、昔みたいにないようでさ。
でもほら、『龍海旅館』だと、海から離れるし、すぐに船を出してとはならないだろう。
女性客を増やそうと思って、色々と改革をしたと……」

「へぇ……」


理子は、『こっち側を食べてね』と言いながら、洋平の話を聞く。


「そのお店を芹沢さんが?」

「そう、協会の集まりで声をかけられたんだって。元々『BB』にいたし、
『龍海旅館』がこれだけ盛り返したのは、芹沢さんの力が大きいことを、
みんな知っているしね。なんだっけな、食事を完全にメインにして、
レストランに泊まるとかいうコンセプトで、アドバイスしたみたいなんだ、谷村さんに」

「『オーベルジュ』でしょう」

「あ、そうそう、それ。あ、そうか、お前も聞いたのか」

「そう、聞いた。まさかさ、
『龍海旅館』以外にも頼りにされているとは思わなかったから、正直驚いた」


そう、驚きと同時に、どこか寂しくて。


「組合で、こうして集まるのだから、
互いにアイデアを出しましょうと提案したのも芹沢さんだからね。
『龍海旅館』だけであれこれやろうとしても、地域全体が盛り上がらないと、
観光はよくならないだろう」

「うん……それも聞いた」


椋さんが言うことは、全て理解出来る。

それは当然だと思うのだけれど……


「ほぉ……菜生は結構色々と聞いているんだな。なら、ボン太の見合いも聞いた?」



ん?



見合い?



「エ……何? 何それ、聞いていないけど」


温かいお鍋を前にして、なんと盛り上がりそうな『キーワード』。


「あれ?」


ボン太のプライベートに特に興味はないけれど、

『お見合い』という出来事には、超高速に反応した。


【30-4】



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