30 お鍋が美味しい日 【30-4】



「やだ、菜生。そんなに嬉しそうに……」

「いや、だって、『お見合い』でしょう。ねぇ、ボン太とどこの誰?
どこの人と見合いなの?」

「えっと……」


洋平はまずいことを言ったなという顔をしながらも、

こうなったら逃げられないこともわかっているため、『誰にも言うなよ』と一言。


「言いません、誓います」


そう、左手をしっかり上にあげる。

そもそも、誰に言うというのだ。うちの両親や鬼ちゃんに語ったところで、

それほど興味はないだろうし。


「その組合の集まりに関連して、
『ドラゴンビール』を作ってくれた会社の社長の娘さんが来て、
で、ひと目ぼれしたからって……」

「ひと目ぼれ? あ、ボン太が?」

「いや、お嬢さんの方が……」

「エーッ!」


『ボン太に一目惚れをした人がいる』

この事実に、思わず大きな声を出してしまう。


「でかいなぁ、菜生の声は……」

「ねぇ、それ、本当の話?」

「ウソついてどうする。失礼だな、反応が」

「いや、だって……」


だって、ボン太だよ。

ちょっと強そうな子供達に囲まれたら、どうすることも出来なくなるような、

あのボン太だよ。


「ボン太、あまり話はうまくないけれど、仕事は本当に出来るんだ。
俺たちは子供の頃から知っているだろう。イメージが強く残りすぎているのだと思う」

「そうよね。前にお父さんの縁で、学会の会合と研修をお願いしたことがあるけれど、
その時も、すごく評判がよかったよ、ボン太」


理子はそういうと、私のグラスにお酒を足してくれる。


「口は確かに下手だから、月島さんがいた時には『未熟者扱い』されていたけれど、
でも、『龍海旅館』の跡取りとしては、なかなか……」

「そうなんだ」


『蔵錦』を飲み、鼻に抜ける香りを感じる。


「それならボン太って呼び方、辞めた方がいいかもしれないね」


椋さんも言っていた。誰よりも頑張っているって。


「別にいいじゃない、私たちはそれでも」


理子は、『七海』で育った仲間として、親しみを込めて呼んでいるのだからと言い、

『ねっ……』と少し赤くなった顔で洋平を見る。


「……うん」


酔った理子もかわいいと思う洋平の、にやけた顔と、

どこまでも果てしなく優しい返事。


「これ、美味しい」


理子は自分のグラスを両手で持ち、嬉しそうに笑う。


「理子、あんまり飲み過ぎるなよ」


理子は『そうだよね、帰れなくなるし』と言いながら、右手で自分の頬を押さえた。


「まぁ……いざとなったら送るけどさ」

「大丈夫だよ、洋平」


理子は『それほど酔ってないから』と言うと、グラスを見ていた顔をあげる。


「酔ってるって、理子。その顔」

「そうかな」


理子ってかわいい……私でもそう思うのだから、洋平がにやけるのも当然。

普段はものすごくしっかりしているのに、完璧にならず、

こんなふうに大丈夫だろうか、

着いていてあげないと大変だ……と思わせるところもあって。


「あ……こんばんは」


誰もいない外に向かって、理子が手を振り出した。

洋平は一度同じ方向を見て、『何もない』ことを確認し、

『理子……大丈夫か』と心配する。


「大丈夫だよ。ほら、芹沢さんがいる」


理子が椋さんの名前を出したので、私と洋平が窓の方を見るが、

そこにあるのは、分厚いカーテン。

このカーテンの向こうに人がいるとわかるとしたら、『透視能力』ということで。


「理子……もう辞めな」


これはまずい。理子が理子でいられなくなっている。

かわいいとかかわいくないとか、そういう問題ではない。


「そうだよ理子、もう飲むのは辞めておけ」

「エ……どうして?」

「いや、どうしてって……」


理子が首を少し傾げて、洋平を見ながらそう言った。


「えっと……」


理子が何かを言う度、自分を見る度、『かわいい』という感情に支配され、

言葉の意味もわからなくなるくらい、全く切れ味がなくなる洋平。


「理子、だってほら、カーテンが……」

「こっち、こっちにいたの」


理子の指は、工場に出る窓の方を差す。

そういえば、買い物から戻ってきて、雨が降るかもしれないからと、

工場を開けて理子と私の自転車を入れたことを思い出した。

お店は休みだけれど、シャッターを開けたままだ。

すぐに立ち上がり、扉を開けて、サンダルを履く。


「……椋さん!」


『坪倉畳店』から少し進んだ場所を歩いていたのは、確かに椋さんだった。





「すみません、急にお邪魔して」

「いえいえ、鍋はこういう時に便利です」


仕事を終えた椋さんは、家に戻る前、ここに立ち寄ってくれた。

理子や洋平の声が聞こえたため、そのまま帰ろうとしていたらしい。


「遠慮なんてしないで、入ってくれたらよかったのに」


洋平は新しいグラスを椋さんの前に置く。


「これ、『蔵錦』です」

「あぁ……『蔵錦』ですか、『プラチナ賞』の」

「そうです、さすがにご存じですか」

「はい」


洋平は『どうぞ』と言いながら、椋さんのグラスにお酒を注ぐ。


「いただきます」


椋さんは一口飲むと『美味しい』という意味だろう、軽く頷いた。





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