「やだ、菜生。そんなに嬉しそうに……」
「いや、だって、『お見合い』でしょう。ねぇ、ボン太とどこの誰?
どこの人と見合いなの?」
「えっと……」
洋平はまずいことを言ったなという顔をしながらも、
こうなったら逃げられないこともわかっているため、『誰にも言うなよ』と一言。
「言いません、誓います」
そう、左手をしっかり上にあげる。
そもそも、誰に言うというのだ。うちの両親や鬼ちゃんに語ったところで、
それほど興味はないだろうし。
「その組合の集まりに関連して、
『ドラゴンビール』を作ってくれた会社の社長の娘さんが来て、
で、ひと目ぼれしたからって……」
「ひと目ぼれ? あ、ボン太が?」
「いや、お嬢さんの方が……」
「エーッ!」
『ボン太に一目惚れをした人がいる』
この事実に、思わず大きな声を出してしまう。
「でかいなぁ、菜生の声は……」
「ねぇ、それ、本当の話?」
「ウソついてどうする。失礼だな、反応が」
「いや、だって……」
だって、ボン太だよ。
ちょっと強そうな子供達に囲まれたら、どうすることも出来なくなるような、
あのボン太だよ。
「ボン太、あまり話はうまくないけれど、仕事は本当に出来るんだ。
俺たちは子供の頃から知っているだろう。イメージが強く残りすぎているのだと思う」
「そうよね。前にお父さんの縁で、学会の会合と研修をお願いしたことがあるけれど、
その時も、すごく評判がよかったよ、ボン太」
理子はそういうと、私のグラスにお酒を足してくれる。
「口は確かに下手だから、月島さんがいた時には『未熟者扱い』されていたけれど、
でも、『龍海旅館』の跡取りとしては、なかなか……」
「そうなんだ」
『蔵錦』を飲み、鼻に抜ける香りを感じる。
「それならボン太って呼び方、辞めた方がいいかもしれないね」
椋さんも言っていた。誰よりも頑張っているって。
「別にいいじゃない、私たちはそれでも」
理子は、『七海』で育った仲間として、親しみを込めて呼んでいるのだからと言い、
『ねっ……』と少し赤くなった顔で洋平を見る。
「……うん」
酔った理子もかわいいと思う洋平の、にやけた顔と、
どこまでも果てしなく優しい返事。
「これ、美味しい」
理子は自分のグラスを両手で持ち、嬉しそうに笑う。
「理子、あんまり飲み過ぎるなよ」
理子は『そうだよね、帰れなくなるし』と言いながら、右手で自分の頬を押さえた。
「まぁ……いざとなったら送るけどさ」
「大丈夫だよ、洋平」
理子は『それほど酔ってないから』と言うと、グラスを見ていた顔をあげる。
「酔ってるって、理子。その顔」
「そうかな」
理子ってかわいい……私でもそう思うのだから、洋平がにやけるのも当然。
普段はものすごくしっかりしているのに、完璧にならず、
こんなふうに大丈夫だろうか、
着いていてあげないと大変だ……と思わせるところもあって。
「あ……こんばんは」
誰もいない外に向かって、理子が手を振り出した。
洋平は一度同じ方向を見て、『何もない』ことを確認し、
『理子……大丈夫か』と心配する。
「大丈夫だよ。ほら、芹沢さんがいる」
理子が椋さんの名前を出したので、私と洋平が窓の方を見るが、
そこにあるのは、分厚いカーテン。
このカーテンの向こうに人がいるとわかるとしたら、『透視能力』ということで。
「理子……もう辞めな」
これはまずい。理子が理子でいられなくなっている。
かわいいとかかわいくないとか、そういう問題ではない。
「そうだよ理子、もう飲むのは辞めておけ」
「エ……どうして?」
「いや、どうしてって……」
理子が首を少し傾げて、洋平を見ながらそう言った。
「えっと……」
理子が何かを言う度、自分を見る度、『かわいい』という感情に支配され、
言葉の意味もわからなくなるくらい、全く切れ味がなくなる洋平。
「理子、だってほら、カーテンが……」
「こっち、こっちにいたの」
理子の指は、工場に出る窓の方を差す。
そういえば、買い物から戻ってきて、雨が降るかもしれないからと、
工場を開けて理子と私の自転車を入れたことを思い出した。
お店は休みだけれど、シャッターを開けたままだ。
すぐに立ち上がり、扉を開けて、サンダルを履く。
「……椋さん!」
『坪倉畳店』から少し進んだ場所を歩いていたのは、確かに椋さんだった。
「すみません、急にお邪魔して」
「いえいえ、鍋はこういう時に便利です」
仕事を終えた椋さんは、家に戻る前、ここに立ち寄ってくれた。
理子や洋平の声が聞こえたため、そのまま帰ろうとしていたらしい。
「遠慮なんてしないで、入ってくれたらよかったのに」
洋平は新しいグラスを椋さんの前に置く。
「これ、『蔵錦』です」
「あぁ……『蔵錦』ですか、『プラチナ賞』の」
「そうです、さすがにご存じですか」
「はい」
洋平は『どうぞ』と言いながら、椋さんのグラスにお酒を注ぐ。
「いただきます」
椋さんは一口飲むと『美味しい』という意味だろう、軽く頷いた。
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