41 好きになった日 【41-1】

41 好きになった日



新人達がそれぞれの成長を遂げた『龍海旅館』の春は過ぎ、

カレンダーは6月に突入した。

梅雨になる前に、山側の客室、数室の畳替えをする。

その打ち合わせに来た父に、いいタイミングだと思ったのか、

『菜生さんとおつきあいをしています』と椋が話したらしく、

帰りの車の中で、父の顔が硬直していたと鬼ちゃんから報告を受けた。


『あら、私はそうだと思ってましたよ』


家に戻った父が、母に椋の挨拶を報告すると、こう答えてくれたらしく、

父は『そうだよな、俺もそう思っていたよ』と、母に従ったらしい。

それならなぜ、硬直したのか聞きたいところだが。



「やっぱりお母さんだわ」


それから数日後のこと、私は休暇日のため、工場で鬼ちゃんと雑談タイム。

鬼ちゃんから、あらためて細かな報告を聞き、また笑ってしまう。


「椋がね、タイミングがいいかと思って挨拶をしたって、仕事終わりに言うから、
私は、あ、そうなんだと軽く受け止めていたわけ。『俺も思っていた』だなんて、
全然ウソだよね」

「まぁ、社長にしてみたら、奥さんにはそう言いたかったんだよ。
自分は気付いていませんでしたというのは、どこか寂しいし……」

「寂しいかな」


そんなことで張り合わなくてもと思うが、チャンネル争い、言った言わない、

父と母の小さなケンカの種は、いつもその辺に落ちている。


「社長もさ、別に認めていないとか、嫌がっているわけではなかったよ。
『あぁ……そうですか』なんて返していたし。
ただ、椋さんがあまりにもしっかり挨拶をするから、
このまま、すぐに持って行くつもりかと、驚いたのかも」

「うん」


そう、椋もお父さんの顔が硬直していたと気にしていて。

帰り際、不安そうな顔をしていた。

私は『大丈夫だよ』とフォローをして……


「あぁ、でも、これで少し気持ちが楽になった。休みも堂々と出て行ける。
お母さんとにかく嬉しそうなの。芹沢さんは一人でしょう、ご飯を食べようとか、
家に呼べ、呼べって」

「あぁ、わかる、わかる。奥さんはそういうタイプだ」


鬼ちゃんは『小次郎が励ましているよ』と、

今、父と散歩中の小次郎の空の小屋を指す。


「うん……」


『交際宣言』にあたふたしているなんて、

いざ『結婚宣言』になったら、どうするつもりだろうか。



とはいえ、まだ『プロポーズ』はされてないけれど、

いざとなったら自分でする気持ちは、満々な私である。



「で、冗談はともかく、具体的には結婚の話にならないのか」

「うん、私たちはもう少し先だと思う。今年の冬か、来年の春あたりに、
ボン太が結婚になりそうだからね」


そう、『ドラゴンビール』のお嬢さんにひと目ぼれをされたボン太。

お見合いからおつきあいがスタートし、ウソのように順調なのだ。

お相手の桐山かすみさんとは、椋さんが『龍海旅館』で一度お会いして、

大きな会社のお嬢さんだけれど、明るくてよく笑っていたそうで、

つまり、イメージはよかったらしい。


「そういえば、『龍海旅館』は旅館なのに、女将さんという形は取らないな」

「うん、昔からそうらしいよ。ボン太のお母さんも、おばあちゃんも、
旅館の経営には参加していない。確かに珍しいよね」

「旅館……っていうとな、なんとなく」

「そうなの、でも、女将さんという総まとめではなくて、
担当者が担当部門をきちんと守るというのが、『龍海旅館』の考え方らしい」

「へぇ……」

「名前は旅館だけれど、実際、ホテルのようなところもあるからね」

「そうか」


鬼ちゃんが仕事をしている横で、ホウキを動かす私。

お父さんが椋の宣言に驚いたからというわけではないが、

お母さんがぜひにということで、我が家の店の前にある軽トラックを動かして、

ここで『バーベキュー』をすることになった。

洋平や理子、そして七海さんも招待することになっている。

そう、その洋平と理子は……


「半同棲?」

「そう。洋平、一人暮らしをするぞと意気込んで、
ほら、おばさんたちの提案を拒絶したでしょ」

「あぁ、実家のリフォーム話?」

「うん。自分だけの力で生活するなんて言って、出たはいいけれど、
炊事も洗濯も今までしたことがなくて、結局、何も出来ないから、
理子があれこれやっているうちに、泊まることになってしまって」


関口家では、戻ってきた基さんご夫婦に、赤ちゃんが出来たこともあり、

理子としては、さらに注目度が下がったタイミングを、

利用したところもあるだろうが。


「あはは……半同棲か、やるなぁ、理子ちゃん」

「うん。洋平の方が気にして、今更あたふたしているらしいよ。
結婚前なのにとか、なんとか……」

「へぇ……」

「理子は、責任は取ってもらうからって、言っているみたいだけど」


去年の今頃はまだ、二人はすれ違ったままだったのに、1年経つとこれだけ違う。

あの事故の日、洋平が涙ぐむ理子の指を『大丈夫だ』と握っていたが、

今は理子が洋平を引っ張っている。

でも、雑草が生えていた『七海』の駅は、ベンチがさらに傷みを増しただけで、

変わっていない。

そして、いねむりばかりしている宗助さんの『からくり博物館』も、

訪れる人はほとんどいないが、まだ閉館されていない。

変わるところもあれば、変わらないところもあって。


「こんにちは」

「あ……七海さん」


そう、鬼ちゃんの奥さん、七海さんも当然招待した。

なんせ、『プロペラ』の店長さんが、お知り合いの肉屋を紹介してくれたおかげで、

今日の会はたくさんのお肉が用意できる。


「待ってましたよ、お肉」

「うん」


私は七海さんの自転車から、お肉の入った発泡スチロールを取る。


「鬼ちゃん、ほら、会場設定するから、仕事は終了、終了」

「あぁ、わかった、わかった。これだけ……」

「なんだろうね、社長がさっさと仕事から抜けているのに、従業員が必死って……」


私は『七海』さんに『そう思いませんか』という視線を向ける。

七海さんは、笑顔を返してくれて。


「さっき、スーパーの横で洋平君に会ってね、
あと30分くらいしたら、ノンアルビールと一緒に登場しますって」

「了解です」


お酒担当は、当然洋平。とは言っても昼間のため、今日はノンアルコールに統一。

理子は、多恵子ママご自慢の手作りスイーツを持ってきてくれる予定。


「菜生、ほら、材料切って」

「わかった、わかった、今行く」

「私も手伝います」


そういうわけで、野菜や食器、場所の提供は『坪倉畳店』が引き受け、

七海さんも加わって準備をする。

鬼ちゃんが仕事を中断、そして洋平が登場し、すぐに理子が到着した。


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