41 好きになった日 【41-2】



「社長と小次郎、遅いな」

「そうだね、そういえば」


鬼ちゃんと雑談を始める少し前に、父は小次郎と散歩に出発した。

かれこれ1時間以上経っている。

まさかとは思うが、ギリギリになってへそを曲げて、椋が参加するから出ないとか、

そういう大人げないことをしようとしていないだろうか……


「この間も、こんなことあったよね、鬼ちゃん」

「あ、そういえばありましたね」

「エ……いつ?」


母と鬼ちゃんの話によると、小次郎と散歩に行った父は、海の近くに向かい、

そこで観光に来た女性客と、話し込んできたことがあると言う。


「20代の女性が数名で旅行に来て、
小次郎を見つけて『かわいいですね』って声をかけてくれたらしくて」

「へぇ……」


『七海』は観光地のため、町を歩けば観光客に当たるのは日常茶飯事。


「それからちょくちょく行くみたい」

「行く? どこに」

「だから海の方よ。若い女性と話が出来たのが嬉しかったのでしょう。
小次郎が引っ張るんだとかなんとか言って、
実際にはお父さんが話しかけられるのを待っているのよね」

「待っているのかどうかは……」


鬼ちゃんは、息子同然とはいえ、そこにはさすがにまだ遠慮があるのだろう。

一応、父の威厳を保とうとしてくれる。


「いや、それ、完全に待ち伏せだね」


娘の私は、遠慮も忖度もなく断言出来る。

父は今日もまた、『偶然の楽しみ』を得ようとしているのだろう。

迷惑なのは小次郎だ。


「そういえば、椋さんはまだなの?」

「ちゃんと来ますよ。ただ、午前中に『ロケハン』との打ち合わせが入ってしまって、
それを終わらせてから来るって言っていたから……」


そう、『チャリデカ』のロケを引き受けた『龍海旅館』。

以前から、広報活動の一環として、ロケには協力してきたが、

今回は旅館そのものがテーマになっている。


「エ……また『チャリデカ』やるの?」


何かを期待する、乙女心全開の母の顔。


「『チャリデカ』はないです」

「あら……」


母、若い男性にときめいて、目をキラキラさせているあたり、

あなたも父とそれほど変わらない。


「菜生、おじさんと小次郎が帰ってきた」


理子の声に振り返ると、確かに父と小次郎がこっちに向かってきていた。

体は小さな小次郎だけれど、最後の坂道は、いつも父をグングン引っ張っている。

散歩をしているのか、させられているのか……


「お帰り」

「おぉ……」


私と母の視線が瞬間的にぶつかった。

父の声のトーン。これは『失敗パターン』だ。

若い女性の観光客には、ぶつからなかったらしい。


「ずいぶん遅かったね、お父さん」

「ん?」

「みんな心配したよ。犬を連れて1時間も戻ってこないなんてさ、
今日、バーベキューやるって話してあるのに」


濡れた布巾を置きながら、私がそう言うと、

父は『そんなに経っていたかな』と小次郎のリードを取りながらつぶやいた。

坪倉家のキッチンから出てきた七海さんを見つけ、

小次郎はすぐに父のところから離れ、七海さんに飛びついていく。


「小次郎……お散歩してもらってよかったね」


七海さんは『いつもありがとうございます』と父に礼を言ってくれる。


「七海さん、お礼を言うのはこっちの方よ。小次郎がいることで、
お父さんが散歩して、健康のためにはいいことだもの」


そう、散歩はいいこと。

母の言葉に、七海さんも小さく頷いて。

父のどうしようもない寄り道など、知り尽くしているはずの小次郎は、

今日もそれを伝えることなく、ご満足な表情で軽く耳をかいた。



「小次郎は、ひとなつっこいよな」

「うん」


普段、あまり小次郎と接しない洋平と理子にも、吠えることがない小次郎。

指を出されると、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草。


「七海さんと鬼ちゃんが、本当にかわいがるからよ」


材料を運んできた、母の台詞。

そう、海に置き去りにされていた小次郎を、救ったのはこの2人。


「『坪倉畳店』に通勤するのがわかると、俺のところに来ますけど、
家ではまぁ、確かに七海にべったりです」


鬼ちゃんはそういうと、七海さんが持ってきた発砲スチロールなどを、

お店の隅に重ねてくれる。


「あ……来た、椋!」


準備が整った頃、自転車に乗ってきた椋が到着し、本日参加組は全て揃うことになる。

バーベキューは若者がやればいいわよと言っていたうちの両親も、

いつの間にか楽しそうに参加していて……


「このお肉、美味しい」

「うん、スーパーの肉とはちょっと違うかも」

「違う、違う。なんだろう……コク?」

「コクっていうの? 肉に……」


そして、先月発売された『ノンアルのドラゴンビール』を持ってきた洋平に、

なかなか喉ごしがいいとか言い合っている男性陣。


「軽いな……これは」

「そうなんですよ、なので結構量が飲めるみたいで。
まだ売り出して間もないのに、結構出てますから」


お酒のレベルも味も、研究している洋平は、『本当によく売れます』と、

ビール缶を指で弾く。

普段はハイボールなどを好む鬼ちゃんも、『焼肉にはビールが合う』と笑っている。


「芹沢さん」

「はい」

「娘を……菜生をよろしくお願いします」


笑いが飛び交い、楽しんでいる空間に、放たれた父の一言。

賑やかだった場所に、突然の緊張感が訪れた。


【41-3】



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