8 後悔 【8-1】


【8-1】


『元気にしている? そろそろ帰れそうなので』



伊吹にとって『母』と言うのは、家にいる鮎子のことだった。

自分を産んでくれた人がこの路葉になるため、登録名も名前そのままを使っている。

路葉は10年くらい前まで、友達と一緒に『スナック』を経営していたが、

なぜか急にその店を畳み、『フランス』に拠点を移してしまった。

以前から『フランス』に出かけるのは好きで、よく旅行に行っていたが、

向こうで暮らすとは思っていなかったため、友成や鮎子も驚いていた。

今は『仲間』と呼ぶ人達と一緒に、化粧品を輸入する仕事についていると聞いている。



『伊吹……あんたは負けたらダメよ』



もののたとえをする時に、路葉はいつも勝ち負けで表現した。

伊吹は、昔から気の向いた時だけ姿を見せる路葉が好きではないため、

何を言われても、あまり真剣に聞くこともないまま、大人になっていった。

どこでどういう話を引っ張ってきたのかわからないが、

伊吹が就職活動をする年齢になると、『どこに入りたいのか』と、

路葉は急に言いだしたため、伊吹は出てきた企業を避けるようにして就職先を決定した。

企業に就職経験のない路葉自身に、伊吹の就職を斡旋する力など当然ない。

おそらく、自分の仕事で出会った男性と話が出来るからなど、

そういう理屈だろうが、伊吹にとってそれは迷惑でしかなかった。

『ストロボ』に就職を決めたことを知った路葉は、

『よくわからない』と渋い顔をしたが、

友成や鮎子は『伊吹が決めたらいい』と笑顔で賛成してくれた。

伊吹は携帯をしまうと、公園の中をゆっくり進んでいく。

幼い頃、自転車で走っていた時と同じように、

木々たちは木陰を作り、風と香りを送り続けてくれた。





その日の夜、付き合いのゴルフから戻ってきた恭一は、

以前、笙を呼び、話した内容を真由子に語った。

天羽の息子、直輝のこと、さらに天羽家自体が、風に興味を持っていることも話す。


「天羽さんというのは、あの……」

「そうだ、ニュースキャスターから政治家に転身した天羽さんだ。
まぁ、もう、政治家としての方が長いくらいだが」

「はい」

「天羽さんの奥さんが、『北黎』の教授をされているそうだ。
風が通っていた頃にもいたそうだから、それなりに知ってくれていたのだろう」

「教授を……」

「あぁ……」


恭一は一度、真由子を見る。


「まだ昴が結婚していないし、今、それほど焦らなくてもと思っているが、
神部さん……だったか」

「はい」

「彼との付き合いは辞めるように、風に話しなさい。
お前の知りあいの息子さんということもある、先がないのだから、
失礼なことにならないよう、距離は空けておいた方がいい」


恭一は、自分なりに考えた結果、

神部家よりも天羽家の方が色々な意味で都合がいいと考え、真由子にそう話をした。

真由子は『わかりました』と返事をする。


「あなた……」

「何だ」

「今伺った天羽さんも、確かにいいご縁かもしれませんが、あの、風にはまず、
お付き合いをしている畠岡君とどうしたいのか、そこを……」

「風はお前に話してきたのか、その後、畠岡という男のことを」

「具体的にはあまり。ただ……」


真由子は『風が……』と言い、黙ってしまう。

恭一は真由子に任せていると、話が先に進むことがないと思い、

『今、風はいるのか』と問いかけた。

恭一の視線に、真由子は首を振る。


「いないのか」

「朝からフラッと出かけてしまって、まだ帰ってきていません。
連絡がないので……」


壁にかかる時計は、夜の9時を回っていた。

真由子は『夕飯も食べないつもりなのかと……』と話す。


「どこにいるのか、それもわからないのか」

「はい」


真由子は『すみません』と一言だけ言うと、下を向く。

恭一は『全く……』と、真由子にも風にもため息をつく。


「それなら、あいつが帰ってきたら、お前が聞いておけ。
畠岡という男とこれからも付き合って、結婚をするつもりがあるのなら、
きちんと私たちに話すように……と。向こうも先輩だと言うのだから、
年齢的には考えてもおかしくないだろう。グタグタと先延ばしにするような相手なら、
続けない方がいい」

「あ……はい」


恭一はそういうと、ソファーから立ち上がり、リビングを出て行ってしまう。

真由子は、自分が風に話しても、また強く言われるだけだと思い、

今帰ってきてくれたら、恭一と話が出来るのにと思いながら、恨めしそうに時計を見た。





夜10時、風は悠真とベッドに寝転びながら、『ニャンゴ』で撮った写真を見ていた。

『マーブル』は少し遠くなってしまったが、

『ぽんすけ』は視線までバッチリなのがおかしくなってしまう。


「あ、ほら、ほら、ねぇ……笑えるでしょう、この動き」


風は『うまく撮れているよね』と悠真を見る。


「風……」

「何?」

「お前、ネコが飼いたいのなら、一人暮らしすればいいだろう。
今時そういうマンションはたくさんあるし」


風が楽しそうにネコのことを話すので、悠真はそう言った。


【8-2】



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