8 後悔 【8-3】


【8-3】


7月の終わり、最終水曜日。

伊吹は『梶木原』に向かうため、近藤さんや瀬尾さんから預かった布団やカーペットを、

ひとつずつ間違いのないように、伝票を見ながら軽自動車に詰めた。

同じ団地のものは一緒に出せるよう左側に寄せ、別棟の家のものはその奥に入れる。

それから商店街を歩き、『軽部酒店』の扉を開けた。


「こんにちは」

「おぉ、伊吹」

「近藤さんの注文、あるって言ってたよね。これから行くから」


軽部酒店の跡取り息子『軽部宗佑』は、伊吹と同じ小、中学校に通った幼なじみになる。

宗佑は『悪いな、いつも』と言いながら、焼酎のパックを3つ出した。


「お金はどうする? うちが行くのは今月最後になるから、もらってこようか」

「あぁ、そうだな」


宗佑は伝票を切ると、伊吹に渡す。


「伊吹……」

「何?」

「お前、『梶木原団地』にはいつまでいくつもりだ」


宗佑の言葉に、伊吹は『うん……』と具体的な返事を避ける。


「こうして頼んでいるくせに、うちが言うのもあれだけどさ。
そろそろって、おじさんも言わないのか?」


宗佑は『うちはもうルートから外したからさ』と、タオルで汗を拭きながら、

申し訳なさそうに言う。


「わかっているよ。どう考えても、ここから運ぶのは効率が悪いだろ。
軽部家にしたら、山岡さんとの付き合いがあったから、今まで届けてきたわけだし……」


山岡さんというのは、今、梶木原の団地に移った近藤と一緒に、

『Breath』本社が建った場所にあった、公営住宅に住んでいた男性のことになる。

お酒がとにかく好きで、毎日のように軽部酒店に通い、

買い物をしていた一人暮らしの老人は、離れてからもいつも注文をし、

その当時は宗佑も配達に向かっていた。


しかし、いつも配達に行くはずのある日、

その日は急な雨で起きた雨漏りが、軽部家の予定を変えてしまう。

自分にために来てくれていることを知っていた山岡は、

当然『来られるときに』と宗佑を責めなかったが、

それから3日後、山岡は部屋で倒れたまま、息を引き取った状態で見つかった。


「山岡さんのことはさ、俺もずっと心に抱えていたし、
これからも消えることはないと思う」

「うん」


山岡の亡くなった原因は、心臓発作のため、もちろん宗佑に非はない。

しかし、予定通りの配達をしていたら、 何か兆候に気づけたのではないかと、

宗佑はしばらく落ち込んでいたことを、伊吹も知っていた。


「年々、縁があった人達は減っていくし、注文も当然少なくなって。
どこかで割り切らないとならないことも、あると思うんだ」


宗佑はそういうと、伊吹を見る。


「ずっとお前に言おうとしていたからさ、俺」


宗佑は同級生であり、幼なじみであるからこそ、伊吹の苦悩を知っていた。

伊吹の学校での成績は、中学生の頃いつもトップクラスだった。

優秀な国立大学を出て、どこにでも就職できると思えるような同級生は、

宗佑から見ると、どこか環境の犠牲になり続けている。


「犠牲?」

「あぁ……お前は犠牲になっている。勉強嫌いの俺とは違うだろう」


宗佑は『見たことがあるからさ……』と言うと、柱に寄りかかる。

伊吹は宗佑が何を見たのかと、次の言葉を少し緊張しながら待った。


「もう7、8年前だと思う。俺は『柴橋中央公園』を歩いていて、
家に戻ろうとしていた時、ベンチに座っているお前を見つけて……。
ほら、自分が酔っぱらって帰ってきてたし、お前の後ろに回って、
驚かせてやろうなんて考えていてさ」


宗佑は両手で『ワッ……』と驚かせるポーズを取る。


「でも、出来なかった」


伊吹は黙ったまま宗佑から視線を外し、受け取った伝票を見る。


「お前……泣いてたから」


宗佑が見た伊吹の姿は、8年前、あまりにも突然に、そしてあまりにも非情に、

風に対して別れを告げた自分に対しての怒りと、逃げようのない環境の中で、

人には見せられない涙を流している姿だった。

宗佑は高校を卒業してすぐに店を継いでいたため、

風と伊吹の付き合いを知っているわけではない。

しかし、幼い頃から一緒にいたので、伊吹がどういう環境の中に育ってきたのかは、

誰よりもわかっていた。


「そうか……あの時か……」


伊吹は『泣いていた』ことが重く取られないように、あえて明るく返事をした。

それでも宗佑の表情は変わらない。


「お前があんなふうに泣くなんて、幼い頃から見たことがなかったからさ、
自分の酔いが吹っ飛んだくらい驚いて、何も言えないまま家に戻った。
何度もどうしたと聞こうとしたけれど、それからも、淡々と過ごしているお前に、
こんなことがあっただろうなんて俺、気安く言えなくて」


宗佑は『もう、そろそろ自由になれよ』と伊吹に話す。


「自由……って」

「おじさんも、伊吹に店を継げとは言わないだろう。
今の状態を続けていく、それだけなら、梶木原にまで行かなくても、
この近所だけで商売出来るはずだ。おじさんの体のことだってある。
近藤さんたちも理解するよ。売り上げは多くなくてもお前も紗菜も成人したし」


宗佑はそういうと、黙っている伊吹を見る。

その様子がどこか困っているように思え、

宗佑は、『言い過ぎてるな、俺』と言い謝った。

伊吹は『それは違う』という意味で、すぐに首を振る。


「いや、お前だから言ってくれるんだよ。本当にありがたい」


伊吹はそういうと、配達予定のお酒が入ったビニールを持つ。


「どこかで割り切る……それは俺もわかっているんだ」


伊吹は頭の中に、風との別れのシーンを思い出しながらそう言った。

宗佑は黙ったまま、棚の酒瓶を拭いていく。


「過去に戻ることは出来ないのだから、忘れていくことも必要だって、
そう何度も思っているけれど。ちょっとしたきっかけで、また思い出されて……」


伊吹の言葉に、宗佑は山岡が好きだったお酒の瓶を見る。

宗佑自身も、そんな思いは確かにあった。


「忘れなくてもいい、抱えたまま生きていくと、本当に自分の覚悟が出来た時、
初めて忘れていけるものなのかな」


伊吹の言葉に、宗佑は何も言わないまま酒の瓶を拭き続けた。


【8-4】



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