9 現実 【9-3】


【9-3】


『風の今』


伊吹と風の年齢は、1つしか違わない。

学生を終えたら数年後と言われていた結婚のタイミングが、

まだ来ていないことを、青柳の話から知ってしまう。

そのタイミングで空に雷の音が響き渡り、驚きの声や反応で、まわりがざわつき出す。


「それでですね……」


青柳は伊吹の驚きなど気づくことなく、昴と交わした雑談の内容を語り続けた。

『Breath』のこと、『ストロボ』のこと、青柳にとっても、刺激的なことが多いのか、

楽しそうに話しが続く。

しかし、伊吹の頭の中には、予想外の事実だけが残されていく。



『風はまだ、結婚していない』



それが本当だとすると、あの話にどういう意味があったのか……



今から8年前、大学4年になったばかりの伊吹を呼びだす男がいた。

出された名刺には名前が書いてあり、風とは親戚であるとも聞かされる。


『川端笙』


笙は風の父、恭一の従兄弟であり、現在は『Breah』の社員だと名乗った。

不動産業者から『Breath』に入社して、今回の本社計画についても、

大きな地位を持ち動いていることを聞かされた。

名刺に書かれた肩書きは、確かに『開発部』となっていて、話とのズレはない。


『沼田君の家の近くに、本社移動の計画があってね……』


公営住宅がなくなり、更地になった場所は、

『Breath』が本社を建てようと狙っていること、

風は社長の娘であり、近いうちにそれなりの男性と結婚する予定があること、

それは企業同士の結びつきを意味していることなど、

何も知らない伊吹は、一方的に話をぶつけられた。

確かに、風を好きになり、互いに会うことを楽しみにしている生活が続いていたが、

環境は大学生だったため、いきなり将来を明らかにされたことで、

伊吹の中に、戸惑いだけが大きくなる。


『うちにはきちんとした跡取りもいる。君がいくら風と縁を持って、
そこから何かを得ようとしていても、それは無理だ』

『僕はそんな……』


何も考えていないという無責任さではなく、

まだ考えきれないという若さがそこにあった。

伊吹は、そんな計画を持って風に近づいたと思われていたことに腹を立てながらも、

初めて、風がどういう生活をしている人なのか、会わない時間のことを考える。


『沼田伊吹君、君のことは調べさせてもらったよ。プライバシーの侵害だの、
今はうるさいところもあるだろうが、まぁ、相手が相手だ、
無条件に許すわけにはいかない』


笙は、伊吹が私生児であること、

商店街にあるクリーニングの店がそれほど好調ではないこと、

さらに、2週間前に父親が倒れ、家族がこれからを思い悩んでいること、

その全てが知られていて、大きな渦のように全てを巻き込んでいった。



『この場所に、『Breath』が来ることで、
『柴橋』にはどれくらいの経済効果があるのか……』

『君は商店街の今後まで、背負うつもりか……』



そのとき、就職先もまだ未定の伊吹が、自分の欲だけで、

風との関係を続けようとするならば、『Breath』には別の候補地もあるので、

そちらに移転を計画しても構わないこと、そうなると社員たちがここへ来なくなり、

変わることに期待をかけている商店街の売り上げも、上がらなくなることを話された。

さらに、倒れた翌日からなんとか起き上がろうとし、

自分は絶対に、もう一度店に立つと話す父、友成の願いを知っていただけに、

伊吹はその願いを潰すことなど出来ないと考える。


風には、それなりの経済力がある男性が、結婚相手として決まっているのだと言われ、

クリスマスのために1ヶ月、レタス農家に住み込みで働き、

お金を溜めてきた自分の現実が、気持ちにのしかかった。



風が今持っているものを、自分の力で維持させることは難しい。



それは、懸命に働き、お金を得た自分だからこそ、痛烈に感じた現実だった。

学生ではなくなることが目の前に迫っているからこそ、伊吹は覚悟を決める。



自分が諦め、全て抱え込み、風の前から去って行く。

風にも迷惑をかけることにはなるが、家族も傷つかず、

自分を諦めさせるにはそれしかないと……




たった一人で決めた。




「沼田さん……雨、やみましたよ」

「エ……あ、うん」

「行きましょう、今がチャンスですよ、また降るかもしれないし」

「そうだな」


青柳と一緒にビルから出ると、伊吹は『ストロボ』に向かって走る。

水たまりをよけながら走って行くと、

今度は自分の出番になったことを主張する太陽が、強く地面を照らし出した。


【9-4】



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