9 現実 【9-4】


【9-4】


『よしの』

直輝は店に到着すると、そのまま暖簾をくぐり中に入った。

店の女将は、直輝を見てすぐにわかり、宮田と天羽がいる部屋へ案内する。


「直輝さんがいらっしゃいました」


その声に『入りなさい』と指示が出て、直輝はふすまを開けて中に入る。

父の前に座っている男は、生島の話通り、確かに宮田だった。

直輝は『お話中、申し訳ありません』と言い、父のそばに向かう。


「書類は……」


父の声に、直輝は封筒を出すと、そのまま下がろうとする。


「直輝、待ちなさい」


天羽の指示に、直輝は少し下がった位置に止まり、そこで正座をした。

宮田は天羽から封筒を受け取ると、『ありがとう』と言い、直輝を見る。


「直輝はいくつになった」

「今年30になりました」

「そうか……」


直輝も、宮田が数年前に跡取り息子を亡くしたことは知っていたため、

自分に向けられた、どこか寂しげな視線の意味はすぐに理解出来た。

宮田は、直輝に『頑張りなさい……』と声をかけると立ち上がる。


「先生、貴重なお時間を、ありがとうございました」


天羽はそういうと宮田に深々と礼をする。

父の動きに合わせて直輝も頭を下げ、その前を宮田が通り過ぎていく。

店の女将が迎えの車が店の前についたことを告げ、

入り口まで見送りに出た天羽と直輝は、あらためて宮田に礼をする。

宮田を乗せた車は、『よしの』を出発し、しばらくすると見えなくなった。


「直輝……」


天羽は直輝に、今いた場所に戻るように話し、二人はまた部屋の中に入る。

宮田と天羽のために並べられた品は、素早く片付けられ、数分で静かな部屋へ戻された。


「今、宮田先生と話をして、党が行う『未来を作る会』を、
これから私が仕切ることにした」


天羽は、『先生も覚悟を決めてくれたのだろう』と笑みを浮かべそう話す。

直輝は満足そうな父の顔を見た後、少し顔をそらし、軽くあくびをした。





『森嶋さんの妹さんは、まだ結婚していないそうですが……』



仕事を終え、電車の中で伊吹は手すりに寄りかかりながら、

窓に反射して映る自分の顔を見ていた。

風と別れてから、もう、8年の月日が経っている。

何か風を連想させる出来事や言葉を聞くたびに、つい考えてしまうのは、

自分が当時したことが、あまりにも未熟で冷たい行動だったからで、

風はその反動から、きっと前向きに歩いていると自分に言い聞かせていく。

『ブレスガーデン』のガラス越しに少しだけ見た姿も、

学生だった頃の幼さは消え、

社会人としてしっかり過ごしていることがわかるものだったし、

もし、風が不幸なら、兄である昴は、話題に出すこともしないだろうと、

できる限り想像し、結論づけようとする。



しかし……

それはどこまでいっても、仮説にしかならない。



宗佑に話をした通り、過去を背負って生きていくことも当たり前だし、

『カリポリ』を借りることにして、新しいことをすることで気持ちを変えることも、

必要だとわかっている。

それでも、また別の感情が心の奥から、顔を覗かせる。

伊吹は、深く考え込まないように、しばらく車窓から景色を見続けた。





恭一に真由、そして兄の昴。

その夜、森嶋家の食卓は、久しぶりに家族が揃うものだった。

営業部の中で事務的な仕事をする風は、それほど残業も多くないが、

企画を任される昴や、社長として人と会うことの多い父は、

家で食事をするのは半分くらいのため、誰かがいても誰かがいない、

それが森嶋家の普通だった。


『お父さんが風と話をしようと……』


そんな言葉が母、真由子から出てきた月曜日。

風はそれ以来の父との再会に、どこかで声がかかるかもと思っていた。


「『ストロボ』?」

「はい。冷凍分野に踏み出して3年が経過したので、
これからさらにと頭をひねっていましたが、集まってくるものだけだと、
どうしても決定が……」


しかし、恭一が声をかけたのはやはり兄の昴だった。

昴は、企画をしっかり成立させ、恭一達の承諾をもらうために、

新しいことをし始めたと話し出す。

昴が仕事の話をする姿を、恭一は嬉しそうに見つめ興味を持ち、

さらに内容を聞き出そうとする。

風は、また今日も自分の方に時間が回ってくることはないだろうと考えながら、

食事を進めていく。


「つながりもあるしと思って、菊野のおじさんに連絡をしたら、
こういう会社があると紹介してもらいました」

「あら、菊野さん?」


母の真由子にとっても懐かしい名前が登場し、

『しばらくお会いしていないわね』と恭一を見た。


「菊野さんか……、そうだな、次男の結婚式からお会いしていないから、
もう3年くらいになるのか」

「はい」


恭一の言葉に、真由子は『以前、お子さんが生まれた写真をいただきましたよね』と、

さらに菊野家の近況を付け加える。

風は、3人の会話を聞きながら、幼い頃、兄の昴とよく庭の垣根の間を通り、

遊びに行かせてもらったことを思い出す。

菊野は体格がいいため、『いらっしゃい』と笑って言われてもどこか怖さがあったが、

奥さんはとても優しく、よく手作りのケーキをごちそうしてくれた。


「『雪平食品』が、以前、話題になる企画を出した時に、
『ストロボ』というマーケティングの会社が関わっていたそうです」


昴は『こういう企画がどう出来たのか、興味があったので……』と、

菊野に会いに言った理由を、簡潔に述べた。


【9-5】



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