10 反対側 【10-1】


【10-1】


風は昴の前に立つと、持ってきた資料を置く。


「これ、戸倉部長に」

「うん……」


昴が風に持ってきてもらった資料は、本来なら青柳と見るためのものだった。

昴は、昨日、家族の会話で『ストロボ』の話をしたことを思い出す。


「風、杉田部長は?」

「部長は今日お休みだけど……」

「そうか」


風は『何か用事?』と昴に尋ねた。


「ほら、昨日話していた『ストロボ』が今日来るからさ。
杉田部長にも出てもらって、営業部の協力体制を作ってもらえるか考えてもらおうかと」

「データの?」

「そう……でも、担当者が変わったからな。とりあえず今日は待つか」


昴は、伊吹とはそういう話しになっていないため、

勝手に人を増やしているのはどうかと思い、『またにするよ』と風に声をかける。


「担当者変わったの?」

「うん、担当していた人が、交通事故に遭って入院したって」

「エ……それで? 大丈夫なの?」


風は予想外の話しに、思わず声を上げてしまう。


「命には別状ないらしい。でも、足と肩の骨折だからさ、無理は出来ないだろう」


昴は自分の肩と足に軽く触れながら、骨折が複数であることを説明する。


「そう」

「でも、スタッフはみなさん優秀だから……」


昴は、風から受け取った書類をめくり始める。


「そんなにすごいの? その『ストロボ』……だっけ?」

「すごい……まぁ、すごいのかもな。とにかく話に引き込まれる。
お前も興味があるのなら出て見るか?」


部長の杉田だと構えてしまうが、妹の風ならどうだろうかと昴は考える。

話の内容を営業部に持ち帰ってもらうには、ちょうどいい。


「暇なら来る」

「なんだよそれ」


風は『失礼します』と他の社員に頭をさげ、企画部を出て行ってしまう。

昴は資料をめくりながら、時計を確認した。





『Breath』


午後3時10分前、伊吹はあらためて本社の入り口に立った。

以前、風を見たのはこの場所になる。

『青柳を助けたい』ということと『風の今を知りたい』ということが重なり、

引き受けますと言ったものの、いざとなると足がすくむ気がした。



もし、風と会うようなことがあったら……



8年前、自分に一方的な冷たい言葉をかけた男を見て、

風はどういう顔をするだろうかと、ここまで膨らませてきたはずのやる気が、

急に小さくなっていく。


「すみません、『ストロボ』の沼田と申します」


それでも立ち止まっているわけにはいかず、受付で名前を言うと、

すぐに内線電話をかけてくれたようで、そのまま3階まで上がって欲しいと言われた。

伊吹は『ありがとうございます』と頭を下げる。

エレベーターが止まり、誰もいないものに乗り込むと、『3』のボタンを押した。



「このたびは、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


伊吹は『販売促進部』のメンバーの前で一度頭を下げる。


「いえ、青柳さんの状態はいかがですか」

「はい、骨折はありますが、意識もしっかりしているし、
頭の方も検査をしていますが、おそらく問題ないと……」

「それならよかったです」


昴は伊吹を迎え、あらためて担当社員とパーテーションの中に入った。

青柳と数回打ち合わせた流れを、伊吹に語っていく。

伊吹は資料を出し、話を受けながら、

ボールペンで気づいたところをどんどんメモに取った。

昴はその様子を見る。

ある程度、流れは聞いてきていることはわかっていたが、

担当が伊吹なら、時間的なロスはないと思えてくる。

一度軽い休憩を入れ、その後はすぐに仕事が前に動くことになる。


「青柳からは、すでにブライダルの資料が提出されていると思いますが……」

「はい」

「それに加えまして、今日は……」


伊吹の話すこと、要求すること、それは昴にとっては何もかもが新しく、

そして学べると思えるものだった。自分たちが触れてみたい場所に、

まずは軽く触れさせてくれるような状況を作り出すうまさに、

青柳のことも頭から離れ、目の前の時間に集中していく。

菊野が話していた心地よさというのは、こういう部分なのかと、

昴は喫茶店で話した時とは違い、より一層、前へ向かう思いが強くなっていった。


【10-2】



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