10 反対側 【10-2】


【10-2】


「今日は、ありがとうございました」


伊吹の初日は、1時間くらいの滞在時間で仕事が終了した。


「いえ、こちらこそすみません、急に担当が変わることになって。
その分、データや提案が重複することもあるかもしれませんが、
できるだけ簡潔にと思っていますので」


伊吹は昴たちに頭を下げた。

これから企画立案していく段階になるため、

しばらくは、午前中か午後、時間を決めて、毎日に近い状態で顔を出すことになる。


「沼田さん、実は僕の方から、一つお願いがありまして」

「はい」

「青柳さんにも話そうとしていたことなのですが、
この会議に、うちの営業部からも参加をさせたいと思っているのです」

「営業部ですか」

「はい」


昴は、『Breath』の仕事の仕方を伊吹に語り、データを効率よく見たり、

またチャレンジして欲しいことをすぐに伝えるために、

本社で全国のデータを持っている『営業部員』がいる方が、

より、現場を早く動かせると思うことを話す。

伊吹は、昴から組織図を受け取り、『Breath』の営業形態がどうなっているのかを見た。

確かに、販売促進部だけで話を進めているより、

実際に業者と掛け合う営業部の参加は、作業の効率化を考えても、

あり得る提案だとそう思う。


「わかりました」

「ありがとうございます。それではこちらから営業部長の方に話を通します」

「はい」


伊吹は、自分の持ってきた資料をバッグにしまい始める。


「青柳さんの代わりに、沼田さんが来てくれるとは、思っていませんでした」


昴はそう言いながら伊吹を見た。

伊吹は『そうですよね……』と少しバツの悪そうな顔をする。


「いえ、そんな申し訳なさそうな顔をしないでください。
僕は、沼田さんが『柴橋商店街』にお住まいなのを聞いて、うちの仕事を断った話も、
水曜の事情より、もしかしたらそういうことかと思っていたところもあったので」


昴は、近所なだけに、嫌なところがあったのではないかと思い、伊吹に話をした。


「すみません……色々と気をつかってもらって」


伊吹は『そういうことではない』と思いながらも、理由を話すわけにはいかず、

具体的に内容を語らないまま、頭を下げる。


「いえ、もう本当に……そんなことは」


昴は、何かを言えば伊吹が反応してしまうと考える。


「もう、辞めましょう、すでにそこは過去ですから。
こうなったらしっかり仕事をすることです。青柳さんにも安心してもらえると思うので」

「はい……」


伊吹は、自分で持ってきたPCを片付け終え、カバンのチャックを閉める。

昴の言う通り、ここまで来たら、しっかりと結果を出そうと考えた。


「森嶋さん、営業部の山井さんからです」

「山井さん?」


昴は伊吹を見る。

山井から、今返事があれば、それを伊吹に伝えることが出来ると考えた。


「沼田さん、ちょっとだけ待ってもらっていいですか」

「はい」


伊吹はカバンを持ったまま、その場に立つ。


「もしもし、はい、森嶋です。すみませんそちらも忙しいとは思っていますが、
はい……そうなんです。風から聞きましたか……」



『風……』



伊吹の耳に、風の名前が聞こえてきた。


風の姿がそこにあるわけではないが、

名前を聞くだけで、存在を身近に感じてしまう。

昴の電話で、伊吹は間接的に、風が『営業部』に関わっていることもわかる。


「そうです、『ストロボ』さんです」


昴が何を話しているのか、内容はわからないが、

伊吹は少し前に出た、『営業部が会議に参加する』話を思い出し、

もしかしたらここに風が来ることもあるのかと考え、落ち着かなくなる。


「はい。またお願いします」


昴はすぐに電話を切ると、『すみません』と伊吹に謝った。

伊吹は『いいえ』と返事をする。


「営業部長が今日、留守をしているので正式な返答ではないですが、
こちらの考えは理解してくれているようで、営業部でも担当を入れてくれることに、
前向きになっているみたいです。とにかく参加してみて考えようとも……」


伊吹の複雑な感情などわからない昴は、『営業部にもプラスになりますし』と話す。


「それでは、明日……」

「はい」


伊吹は『失礼します』と言うと、販売促進部を出た。

伊吹は廊下を歩きながら、窓の外を見る。

『柴橋中央公園』の緑が、その目に飛び込んできた。


『沼田さん……』


事故に巻き込まれた青柳を安心させたいということと、

先日見かけた風の今がわかればと考え、伊吹は仕事を引き受けた。

しかし、そう考えているのは自分だけで、風にしてみたら、

この場所で姿を見たくはないだろうと、名前が出されただけで一気にそう思えてくる。



『この会議に、うちの営業部からも参加をさせたいと思っているのです』

『営業部の山井さんからです』

『風から聞きましたか……』

『前向きになってくれているみたいです』



ごちゃついている頭の中を整理しようと、あまり刺激のない外の景色を見続けるが、

正しい答えがわからないため、『これが正解』という対応が、ひとつも浮かばない。

しかし、今日、ここで聞いた話の内容からしても、

昴たちが企画していることは、大きな仕事になることは間違いない。

それならば、そこに社長の娘になる風が来ることはないだろうと、伊吹は考えた。

今、揃っていたメンバーを見ても、全てが男性で、

そこに一人女性が来るのは、バランスも悪い。



だが……



昴と兄妹になる風が、大きな仕事に関わらないという保証もない。



販売促進部の人達が出てくるのがわかり、伊吹はまた歩き出した。


【10-3】



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