『Yellow Flower』 (前編)

『Yellow Flower』(前編)

           『Yellow Flower』 (前編)


The first part……


「いらっしゃいませ」


大きな駅にある小さな『フラワーショップ』が私の職場。

小さい頃から好きだった花を職業に出来て、幸せではあるけれど……。

ほんの3名しかいない職場で、『恋の花』を咲かせるのは難しく、ただでさえ積極的ではない私。


「はぁ……」


秋も深まり、季節は冬へ向かっていく。

駅の階段を下り、家への道を歩くと、商店街の中にある精肉店から、

美味しいコロッケの匂いが漂い始めた。

私はいつもこの匂いに誘われながら、ある場所へ向かう。


「あ、荒井さん……いらっしゃい」

「ねぇ、まだある?」

「ありますよ、あんなもの簡単に売れませんって」

「あんなものって、竹内君、ずいぶん失礼じゃないの」


商店街の中にあるリサイクル店。そこには私のお気に入りがある。

中世ヨーロッパの城から持ち帰った! と店長ご自慢のランプ。

本当にそうだとはとても思えないが、私はこのランプにすっかり魅了されている。


「そんなに見ていて飽きないんですか?」

「うん、落ち着くんだよね、これ見ていると……」


アルバイトの美術大生である竹内君は、私のそんな姿を見ながらいつも笑うけれど。


「荒井さん、買って下さいよ」

「……うーん」


そう、こんな会話をもう何回しているのだろう。

私の部屋は普通の畳の和室、でも、角に置かれている棚の上に、ちょこんと置いてみたい。


「値段が高いんだもの。もうちょっとどうにかならない?」

「いくらなら?」


竹内君が、私の方を覗き込むように見るので、少しだけ考える振りをしてこう宣言する。


「1万5千円!」


このランプの値段は2万円で、いきなり5千円の値引きをしろというのは無謀かもしれないが、

それでも、言わなければ引かれることはない。


「そんな値引き、OKされるわけないじゃないですか」

「だって、竹内君、今言ったじゃないの。こんなもの売れないって。
だったら、そうやって交渉してよ、ねぇ」

「……交渉ですか?」

「そうよ、そう!」


じゃぁ、このまま2ヶ月動かなかったら交渉してみよう……。

私はその竹内くんの言葉に納得してうなずき、ランプのそばを離れた。





「ただいま」

「あ、お帰り、ご飯出来てるよ」

「うん……」


家から学校に通い、家から職場に通う。3つ年上の姉は、去年結婚しこの家を出て行った。


「ふぅ……」


花屋の仕事は立ち仕事で、足が疲れてパンパンになる。

それを温めたり、もんでほぐしたりしながら、私はまたランプのことを考えた。


2ヶ月間、誰にも触られずにいてほしい……。そんな自分勝手な願い。





それから、2週間が過ぎ、街はどんどん冬らしさを増していく。

イルミネーションが綺麗に光る、華やかな季節が近づいてきた。


「荒井さん! 荒井さんってば!」


商店街の中を歩いていた私に、竹内君が慌てて声をかけたので、

泥棒でも入られたのかしらと考えながら、返事をする。


「どうしたの?」

「あのランプ、売れそうです!」

「エ……」


彼が言うには、3日ほど前からあのランプに興味を持った男性が

店に現れるようになったのだと言う。

最初は見ていただけだったが、昨日はランプを会計に置き、支払いのためにカードを出したのだ。


「うちは現金のみなんですって言ったら、たまたま持ち合わせがないって言われて。
きっと今日、もう一度来て買いますよ、あの人!」


私の体の中で、細胞達が慌て出したのか、鼓動が速まった。

そんなことを急に言われても、私はどうすればいいのだろう。


「どうします? 今なら……」


私は竹内君の前から離れ、ランプを大きなぬいぐるみの後ろへ隠すことにした。

いくら買う気で来ても、ランプの場所がわからなければ、諦めるかもしれない。


「あ、それ、営業妨害ですよ、荒井さん。買うなら買うで、正々堂々と……」

「だって、まだ値段交渉してないんだもの。ねぇ、隠しておいてよ。
どうせ竹内君のバイト代に関係ないんだし!」

「……そんな……あ……」


竹内君が見ている方向へ、私も自然に目を動かした。

店の入り口に置かれている食器を手に取り、眺めている男性。

私の背中をポンポンと叩く竹内君。

あの人がランプを奪おうとしている人だと言うことを知らせるために……。


私はその男性から目をそらすことなく、ランプをこっそり奧へと入れた。


「いらっしゃいませ……」


その人は、竹内君に少しだけ会釈すると、まっすぐにランプの場所へ歩いてくる。

私は、知らない振りしてその場所から少しだけ離れ、両手を握りしめる。

他の何を買ってもいいから、ランプは見つけずに諦めて! 私の心がそう叫び声をあげた。


「あのランプ、売れたの?」

「エ……いや……その……」


竹内君は私の方を軽く睨むと、ぬいぐるみの後ろからランプを取り出した。

それを受け取り、彼は嬉しそうに色々な角度から眺めている。

もうダメだ……。この人の目を見ていればわかる。きっと、ランプを買うだろう……。


納得するように一度だけ頷き、彼が私に背を向けた時。

ここしかないと思った私の頭が、勝手に声を出した。


「ちょっと、待って下さい! それ、もう少し待ったら1万5千円になるんです。
だから、今買うと損ですよ」

「……エ?」


全く交渉もしていないことを、思い切り大げさに言ってしまった。

彼の後ろで、竹内君が呆れ顔のままこっちを見ている。

とりあえず目の前の彼をどうにかしなくちゃ、竹内君とはあとでもめることにしよう。


「本当に下がるんですか? 店員さん」

「……あ、いや……その……あの……」


私は竹内君を睨み付け、発言を止めた。

いい? 余計なことを言ったら、憶えておきなさいよ!


「あなたもこれが欲しいということかな?」

「……はい……」


その男性は少しだけ考えるポーズを取ったが、すぐにランプを元の位置に戻した。

最悪の状況だけは逃れたのかもしれないと、私は大きく息を吐く。


「おもしろい……いいですよ。では、待ちましょう。値段が下がった段階で、
僕とあなたとで購入者を決める。これでどうですか?」

「……はい」


値段が下がっても確率は半分。しかし、今日彼が買ってしまったらゼロなのだ。

私は、さらに少しだけほっとする。

二人の満足そうな顔の奧で、勝手に交渉役にされたことに不満顔の竹内君がいた。





それから私たちはランプの前で、何度か会うようになった。

最初は互いにランプへの思い入れを語り……。


「ヨーロッパの城?」

「えぇ、店長がそう自慢していました。どう思いますか?」

「うーん……」


そんなものがここにあるなんて……。きっと、彼も同じことを考えているのだろう。

疑ったような眼差しでランプを見ながら、アゴの下に手を当てる。

片目を閉じ、指で何かを計るポーズを取る。


私があの和室にこれを置きたいと思うように、

彼もきっとどこかにこれを置くことをイメージしているのだろうか。

そんな顔をしたって、あなたには渡さないから……。

そんなことをふと思ってみたり……。



それからだんだんと会話が増え、私はいつの間にか、自分のことを話し始めるようになった。


「花が好きなんです。自分で育てるのも好きだし、アレンジも好きです」

「花……ですか。いいですね、僕も好きですよ」

「あ、そうですか? ちょっと嬉しい……」


そう、たとえ花であっても、共感しあえることは、やっぱり楽しい。

ライバルからほんの少しだけ近づいた気がする。


「……何色が好きですか?」

「エ?……それぞれ素敵なんですけど、私は黄色が好きです」


私が花が好きで、花の勉強をしていること。

華やかな花よりも、小さくても可憐に咲く花が好きなこと。

そして、色を大事に、花の持つ魅力を引き出すために、どうするのかなどを語るようになる。


「黄色……か。あたたかい色ですね」

「えぇ……」





薄汚れたジーンズを履き、深く帽子を被っている彼は、私の話を熱心に聞いてくれた。

人に話を聞いてもらって、頷いてもらうことが嬉しくなっていた私は、

いつのまにかランプより、彼と話しをすることの方が、ここへ来る理由になる。


「あと、20日間ですね」

「そうですね」


ここで会っては日付を確認し、笑いあって別れる日々。

初めてここで出逢ってから、そう、もう1ヶ月半ほど過ぎていた。





そして……





いつものように仕事を終え、私は、電車に揺られる。

今日もまた彼は、あの店に来るだろうか。


そう言えば、自分のことを話してばかりで、彼のことを何も聞いてはいなかった。

あんなジーンズ姿で、毎日のように店へ来ていることを考えると、

サラリーマンではなさそうで、学生にしては年令が合わなそうだし……。


お仕事は……なんですか?


そう、今日は彼に話しをしてもらおう。

そんなふうに思いながら、私は店への道を少し早足で歩く。


「こんばんは……」

「あ……」


椅子に座っていた竹内君が、申し訳なさそうな表情で私を見た。

こんな時はだいたい、良くないことが起こるものだ。


「荒井さん……」

「ん?」


私はいつもの場所へ行き、待ち合わせのランプを探す。


「あれ? ランプは? どこ?」


黙っている竹内君の態度に、少しだけ嫌な予感がして振り返ると、

申し訳なさそうな表情で私を見た。


「昨日、急に学校の用事があって、店番を店長の奥さんに変わってもらったんです。
そしたら、あのランプ……買われてしまって……」

「エ……」


当たり前のことなのに、そんなこと考えてもみなかった。

あのランプは商品で、買いたい人がいれば、買われてしまうことを……。


もちろんランプが買われたこともショックだったが、

むしろ、彼と会う口実を無くしたことの方が、私は辛かった。


「そう、そうなんだ……。仕方ないよね、商品だもん……」


私は自分自身に言い聞かせるように、何度も『仕方ない……』を繰り返す。


「どんな人が買ったの? それはわからないか……」

「……それが……」

「それが?」

「あの人です……」




私の心の中に芽生えた小さな想いは、その瞬間……歩みを止めた。





『Yellow Flower』(後編)




いつもありがとうございます。
素敵な夜をお過ごしください……

コメント

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ふふ・・・優しいお話ですね

ももんたさん、こんばんは。

このお話は初めてです。
本当にジャンルが広いですね。

ももんたさんのお話は小さな幸せがいつもどこかに見つかる。
気をつけて見ていればどんなことにも幸せに繋がる。
そんな雰囲気のお話ですね。

ランプが縁で知り合った人。
あれこれ手に入れるために苦労しながら・・・その相手のことも気になるんですね。
どんな人なのか楽しみです。

淋しい気分は恋のせい?

こんにちは!!

いい感じに二人の仲が進んでると思ってたけど甘い考えだった?

ランプのあの人はどうして協定(?)を破ったのかしら

後編が楽しみです!

       では、また・・・

幸せはどこにでも

tyatyaさん、こんばんは!

>このお話は初めてです。
 本当にジャンルが広いですね。

あ、本当ですか? もうサークルにあげたのは、2年前だと思います。
早いわぁ……月日って(笑)
ジャンル? 広いですか?
嬉しいけど、自分ではよくわからないんですよ。
書きたい時に、書きたいように書いています。

>ももんたさんのお話は
 小さな幸せがいつもどこかに見つかる。
 気をつけて見ていればどんなことにも幸せに繋がる。

あぁ、とっても嬉しいです。
いつも『小さな幸せ』を感じてもらいたいと思っているので。

後編もぜひぜひ、読んでやってくださいね。

彼の事情は?

mamanさん、こんばんは!

>いい感じに二人の仲が進んでると思ってたけど甘い考えだった?

そうそう、美晴としてはそう思っていたんですけどね。
彼には、どんな事情があったのか。
後編も、ぜひ読んでくださいね。

ランプの行方

買ってしまったのね・・・
でも、もしかしたら。彼が他の人に買われない様に先に手を打ったのかも。
それは貴方にあげたくなったから・・・・

近づいた距離を彼も感じていたんだと思うな~

買ってしまったの……

yonyonさん、こんばんは!

>近づいた距離を彼も感じていたんだと思うな~

楽しく会話をしていたわけですからね、しかし、本音はどうなのか、
それは後半で! って、もう読んじゃったかな?