11 再出発 【11-4】


【11-4】


風は、『ニャンゴ』の帰り道にも、悠真にラインを送ったが、

その返事はなかなか戻らなかった。

何度も携帯を開けて、印を発見できたのは、ほぼ寝る直前のことになる。

『どこかで会おうよ、いつなら時間が取れる?』という軽めの誘いを入れ、

悠真の反応を見るつもりだったが、『今は忙しいから、また』という

そっけない返事しか、もらうことが出来ないでいた。


「忙しい……か」


風は携帯を横に置き、軽めのストレッチをする。

こういった対応は、初めてではない。

悠真が所属しているのは『TONY』の法人関係で、

トラブルがあると急に呼びだされたり、予定を変えられることも少なくなかった。

ただ、そういうときにはいつも何かしらの『フォロー』があった。

たとえばこんなふうに腹が立ったとか、

次にトラブルに巻き込まれたら仕事は辞めてやるとか、

あくまでも冗談の中でではあるが、

風はいつも『そうは言っても辞めないでしょう』と送り返し、

それがまた悠真とのコミュニケーションになっていた。

しかし、ここ数日はそっけない返事が来ただけで、その後が何もない。

風は動きを止めて、また机の引き出しを開く。

昨日、腹を立て、たたき付けるようにゴミ箱に入れた

レタス畑の写真とネクタイピンだったが、今朝、目覚めて目に入った時、

無意識にまたここへ戻していた。

風は、伊吹が手紙として寄こした写真の傷を、手で伸ばしながら、

今日も伊吹が、仕事で丁寧に説明をしていた姿を思い出す。


「沼田……伊吹……か」


風は写真とネクタイピンを入れ、引き出しを閉じる。

もう一度開け、そばにあったいただきもののメモ帳や小さなタオルを前に置く。

すぐに視線に入らない場所まで押し込むと、引き出しを閉じ、ベッドに潜り込んだ。





「こんにちは」

「あ……こんにちは」


水曜日、この日は『ストロボ』社員ではなく、『沼田クリーニング』の中にいる伊吹は、

梶木原に配達をした帰り道、『カリポリ』に顔を出した。

自分の場所になった『アスパラガス』の前に立つ。

道佳が契約の時にくれた『小松菜』の芽が、いくつか出ていた。

本来なら先週、美緒と一緒にじゃがいもやにんじんの種を植えるつもりだったが、

大雨で出来なかったため、伊吹は空間だらけの『アスパラガス』を見る。

道佳は日よけ付きの帽子のツバを少し上げ、伊吹の顔を見た。


「沼田さん」


どこか寂しげに見えた伊吹に、道佳は明るい声を出した。

気付いた伊吹も、顔をあげて会釈する。


「先週は雨で残念でしたが、今度の日曜は晴れ予想ですから、
じゃがいもとニンジンを植えに来るつもりです」

「あぁ、そうですね、この間の日曜日は、
そういう気分にならないくらいの雨でしたから」

「はい」


伊吹は腰を下ろし、土の状態を手で確かめる。

道佳は首にかけていたタオルで、軽くおでこの汗を拭いた。


「沼田さん、この間の後悔のお話から、少しは気持ち、前向きになりました?」


道佳はそういうと伊吹を見る。


「後悔……あ……そうでした、そんな話をしましたね」


伊吹は、8年前に自分のしたことに対しての後悔を思い出しながら、道佳と話したこと、

そして、風と突然の再会をした月曜日のことを思い出す。


「前向き……いや、どうかな。後悔は消えないものだということを、
ここのところより一層、強く感じているかもしれません」

「エ……あらあら……」


道佳は余計なことを言ってしまったかもしれないと、口を結ぶ。

伊吹は、道佳が気まずそうな顔をしたことがわかり、

適当にごまかしておけばよかったと、逆に申し訳なくなる。


「すみません、また変なことを言ってしまって。でも、悪いのは自分ですから」


伊吹の脳裏に、8年前の風の顔と、この間本社前で偶然会ってしまったときの、

驚く顔が思い出された。昨日は会議に一緒に参加していたが、

食事の誘いには、応じることなく出て行ってしまった。

それは当然だとわかっているが、伊吹の心は、風のふとした仕草や言葉を気にしていて、

そこから何かを得ようと考えてしまう。


少しでも自分が楽になれたら……

しかし、またそういう思いを抱く自分に、腹も立てていた。


「自分が苦しいのは当然なのですが、それ以上に相手が苦しかったこととか、
傷が癒えていないことが、垣間見えたというか……」

「相手の傷……ですか」

「はい」


道佳は、伊吹の後悔は『昴との仕事』だと思い込んでいるため、

昴の状況を考え、『そこまで思わなくても……』とフォローに回ろうとする。


「真面目で優しい、沼田さんらしいですね」


道佳はそういうと、被っていた帽子の角度を少し動かす。


「この間も言いましたが、『後悔』は誰にでもあるものですよ。
私たちは完璧ではないですから。相手の気持ちに寄り添えず、
深く考えない間に断ってしまったり、嫌がったりすることはよくあります。
私だって、お客様のためにと思ってしたことが、
実際には迷惑だと思い切り言われたこともありましたし……」

「迷惑?」

「はい。少し雑草が出ていたので、仕事の合間に抜いておいたら、
頼んでいないことはしないで欲しいと……」


道佳は『お父さんが学校の理科の先生で……』と話す。


「理科の先生……が、どうして」

「子供さんに、色々と教えながら畑仕事をと思われていたようです。
雑草を知ることも、抜くことも経験だから奪わないで欲しいって」

「あぁ……」


伊吹は『難しいですね』と、好意からでた行動が、

そうならなかったことがわかり、言葉にする。


「でもそれはそれでいいんですよ。そうか、そうなのかと発見できたので。
失敗も成功につながれば、意味を持ちます」


道佳は『失敗は成功の母ですから』と笑う。


「意味……か」


伊吹は、いつかあの時のことを、

穏やかな気持ちで振り返るときが来るだろうかと、小松菜の芽を見ながら考えた。


【11-5】



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