11 再出発 【11-5】


【11-5】


「沼田さんも、気持ちが変わったのなら、
正直に『変わりました、前はすみません』って思い切って出て行くのも潔いかと……。
まぁ、それも、勇気がいることですけどね」


道佳は、昴が伊吹の気持ちさえ変われば、断ったことなどすぐに流してしまうはずだと、

そう思いながら会話をしていた。

伊吹は『正直に……』と、つぶやいていく。


「そうです。悪いことをした、失敗したと思うなら、『すみません』と心から謝る。
人って、相手が素直に出てくると、それを受け入れないとと思えるものですし」


道佳は昴は大丈夫だという意味で、そう話す。


「そうですね、戻せるものなら時間を戻して、
色々と取り繕いたい気持ちはあるけれど……」


道佳は『時間を戻すというのは、断る前と言うことですか?』と言った後、伊吹を見る。


「まぁ、そうですね」


伊吹は、道佳の予想とは違い、驚き、哀しそうな顔をした風の過去と、

そして突然訪れた再会の日を思い出し、会話をしていた。

8年前は、まだ自分が大学生だったこと、

父が倒れてしまい、家と店の未来に暗雲が立ちこめたこと、

相手の後ろ盾があまりにも大きく、自分の無力さを強烈に味わったこと、

それが全て一気に重なり、余裕のない時間が生まれてしまった。

今、あらためて頭を整理し、出来事を全て風に語ることで、

彼女自身が楽になるだろうかと考える。

道佳は、どこかを見ている伊吹を見ながら、もう一度タオルで汗を拭く。


「沼田さん。時間を取り戻すのは無理でも、新しい行動で、
ここからまた新しい関係を築くことは可能ですよ」

「エ……」

「もう一度……」


道佳は右手の人差し指を立てて、『もう一度です』と繰り返す。

伊吹は、いつも明るく前向きな道佳なら、確かにそう考えるだろうと思いながら、

『はい』と返事をした。





笙は雑居ビルのエレベーターを呼ぶと、3階のボタンを押した。

ゆっくりと扉が閉まり、そのまま上へ向かって動き出す。

2階にはカラオケボックスがあるのか、エレベーターの中にも

賑やかな広告とサービス券の入った箱が置いてあった。

3階に到着し扉が開くと、笙はそのまま前に進み、正面のドアを見る。



『川端商事』



ここに来るのは数年ぶりのことで、笙は横にあるインターフォンを押す。

するとすぐに女性の声がした。

笙は『川端笙ですが、社長はいらっしゃいますか』と聞き、

女性は『すぐに開けます』と返事をする。

扉の横には出前を取ったのだろうか、空いた容器がいくつかあり、

視線を少し先に向けると、いつから置かれていたのかわからない、

変形している段ボールがあった。

笙が幼い頃、母と一緒に訪れた父の会社の名前も『川端商事』だったが、ここではない。

もっと廊下は広く、余計なものはなかったし、ビル全体に統一感があった。

エレベーターの中にも、意味のない落書きなど存在していなかったし、

古い油が使われているような、そんな匂いも嗅いだことがない。

扉が開かれたので、笙は『失礼します』と言いながら、中に入る。


「おぉ、笙……どうした急に」


一番奥に座っていた『川端雄太』は、明るい表情でそう言った。

尋ねてきたのは社長の知りあいだと思ったのか、

横で携帯をいじっていた社員が笙に頭を下げる。

笙もあわせて会釈をした。


「急? 用事があるから来た、それだけだ」


笙は雄太のところに進むと、右手を出す。


「何だ、その手」

「何だではないな、あの名刺は、頼み事のために渡ししただけで、
兄さんがプライベートなことに、利用するものではないはずだ」


笙は『不正の名刺を出してくれ』と右手を出し、雄太に迫る。


「不正って……お前」


雄太はこちら側で話そうという意味なのか、立ち上がるとパーテーションの奥に動く。

『別に仕事で使っているわけではないだろうが』と言いながら笙を見た。

笙は表情を変えないまま、雄太の後に続く。


「まだ持っていたとは思わなかった。あの後、処分してくれとそう言っただろう」

「……言ったか?」


雄太はわざととぼけてみせるが、笙の表情を見て、

『はいはい』と、渋々認める態度を取った。


「そう、そう、そうです。その通りだよ、名刺は処分しろと確かに言われた。
お前が立てた作戦通りに、頼まれたことをしてやった……その後にな」

「してやったなんて言われる筋合いはないな。
元々は、兄さんの頼み事から発生した話だし、それなりの報酬は受け取ったはずだ」

「こっちだって渡しただろう。お前が家に住み続けていられるのは誰のおかげだ」


雄太は、『本来長男は自分だ』と胸を張る。


「話がおかしい。父親が残した財産を分けるときに、
現金や会社が欲しいと言ったのは兄さん達だ。僕と母はあの家を代わりにもらった。
その後、商売を失敗したのも兄さんで……」

「あぁ、もう、ほら……」


雄太は両手を前に出し、『わかった』というポーズを取る。

ここで言い合いをしても自分に有利にはならないと思った雄太は、

席に戻り引き出しを開けると、中から2枚の名刺を出した。

笙はそれを取り上げると兄を睨む。


「こんな名刺の遊びくらい……」


雄太は『飲み屋くらいしか見せていないぞ』と笑い出す。


「どこで使ったかが問題ではない」


笙は2枚の名刺を半分に破り、それをさらに半分に折った。

雄太の横にあったゴミ箱に捨てる。


「『Breath』という企業名はいいな……とにかく女性には大人気だ。
『あの『Breath』ですか……』って、何度も……」

「兄さんがこの名刺を使った場所にいた人から、連絡があった。
『Breath』の本社は移転したはずですが、川端さんの名刺はまだ古いのですか……と」

「ん? あ……」


雄太は『そうか、しまった』と自分のおでこを叩く。


「あはは……俺としたことが、失敗した」


雄太はそういうと、笙を見る。


「わかっていたよ、こんなことをしたらきっとお前の耳に入るだろうと思って、
まぁ、俺もね」


雄太は『名刺の利用』は計画してのことだと言い、斜めにしていた体を正面に向けた。


【11-6】



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