13 休息地 【13-3】


【13-3】


『8年前の別れ』



過去の傷の大きさが、自分と伊吹に思っていた以上の差があったことが悔しく、

さらに悠真との傷が重なったことも、そこにぶつけてしまった。

販売促進部の社員が来て、話はそこまでになってしまったが、

何度か『風……』と呼ばれた声も、思い出していく。



『風……』



その声の方に、走って行った日々。

他には何もいらないと思えた、眩しいくらい輝いた時間。


「人に傷付けられたからこそ、その傷は人でしか癒やせない。
いい出会いがあれば、自分が必要とされていると思えます。
そうしたら前向きになれると……兄がそう言ってくれたので、
私も、頑張ろうと思います」

「必要とされる……」

「はい」


風は小さく何度も頷いていく。


「いいお兄さんですね、店長さんの悩みに、そんなふうに答えてくれて」


妹の疑問に真剣に答え、伊吹が選んだ言葉が今、風の心に刺さってくる。


「……はい。いい兄です。人より苦労しているのに、人より人に優しいという、
天然記念物のような人で」


紗菜は伊吹とは血のつながりがないことも知っていたため、

『苦労』という言葉を前につけた。

それでも、伊吹と自分の間に、妙な隔たりなど感じたことは一度もない。


「天然記念物」

「はい」


紅茶はまだ半分程度残っていたが、気持ちも落ち着いたため、

風はそろそろ出ようと思い、財布を取り出した。

お札の入る方を開けた時、『AREAのチケット』が目に入る。

かおりと出かけるために、悠真に頼んで取ってもらったチケット。

コンサートは週明けに迫ってきていた。

風に話しかけた紗菜は、先に立った別の客の会計に向かう。


『風……』


お酒を飲みながら笑う顔、風が文句を言うと、『まぁまぁ』と慰めてくれた顔、

そして、自分の手を振り切って、去って行った時の悠真の顔が、順番に蘇ってくる。

風はそのチケット自体が悠真との時間に思え、取り出すと半分に折る。

さらにそれを半分にしたあと、紅茶のソーサーの下に入れ席を立った。

紅茶を飲み終えた風は、伝票を持つとレジの前に向かう。

そばでテーブルを拭いていた紗菜に会計を頼み、そのまま店を出た。


「ありがとうございました。またお待ちしております」


紗菜は風を送り出すと、さらに並んでくれたもう一人の会計を済ませていく。

時間が、閉店時間の午後8時に迫ってきていた。


「うわ……」


その時、晋平が大きな声を出し、何かを持って慌てて飛び出していった。


あまりの慌てぶりに、会計をしていた女性も財布を開けたままの状態で、

晋平を目で追ってしまう。

紗菜は、大きな声を出したことを『すみません』と謝り、

女性客は『どうしたのかしらね』と、笑って返してくれた。


「ありがとうございました。またお待ちしております」


紗菜は女性を送り出すと、風が座っていた場所を見た。

テーブルには風が飲んだ紅茶カップが残っている。

晋平は、あのカップを片付けようとしていたはずで、

紗菜はテーブルの上に置いたお盆を持つと、何か忘れ物でもあったのかと思いながら、

カップを片付ける。

それから数分後、息を切らせた晋平が戻ってきた。

紗菜の顔を見て、首を大きく左右に振る。


「どうしたの、晋平。急に飛び出して。しかも大きな声を出したでしょう。
お客様もネコたちもビックリするよ」

「いや、だって、これはさすがに俺でも飛び出しますよ、これですよ、これ」


晋平が持っていた紙を開き、紗菜の前に出す。


「これ……」


それは『AREA』のチケットだった。

紗菜は『どういうこと?』と晋平を見る。


「あの人ですよ、ほら、ここにいた」


晋平は、風が会計を終えて出て行ったので、カップを片付けようとテーブルに行き、

ソーサーを持ち上げた時、紙がテーブルとソーサーの間に

挟まっていたことに気付いたと説明する。


「それがこれで、俺開けてビックリしてすぐに飛び出したんです。
どこに行ったのかわからなかったけど、きっと北口方面だろうと思って、
で、ダッシュして……でも……わからなくて……」

「うん」

「あの人が出て行ってから、1、2分くらいですよね、
それしか経っていないと思うのに……」


晋平は『忍者か?』と言うと、チケットを奥に持って行く。


「いや、でも、わざとかな……」


晋平は『忘れ物ならそんなところに置きませんよね』と紗菜を見た。

紗菜は晋平からチケットを受け取り、日付や印刷された紙を見た。

コンサートの場所、日付、そのチケットがいたずらではなく、本物であることがわかる。


『AREAの日本公演』


自分が必死に取ろうとしていたチケットを、あの人は持っていた。

さらに、『忘れた』とは言いがたい状況で、店に残していることがわかり、

紗菜はまたチケットを見てしまう。


「いい席だな……これ」


紗菜はそういうと、風のきている服や、持っているものを思い出した。


【13-4】



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