13 休息地 【13-4】


【13-4】


明らかに『三国川』でも北口を利用する人だろうと思っていたし、

口では『コネ』という言葉も使い、そういうこともあるとわかっているはずだった。

しかし、現実が目の前に現れると、その差のようなものがのしかかり、

気持ちは自然と重くなる。


「取れる人は、やっぱり取れるんだね、こういうの」


紗菜はチケットをビニール袋に入れ、忘れ物のケースに入れるためメモを出した。

今日の日付、誰の忘れ物なのか、お客様のメニューと伝票番号を控えていく。


「コンサートの日付は来週の月曜だから、まだ時間があるし、
きっと思い出して来てくれるよ。そうしたらお返ししよう」


紗菜は晋平に向かってそういうと、ケースにチケットを入れ、蓋を閉めた。





晋平にとって、風があっという間に消えて見えたのは、

偶然目の前でお客様をおろしたタクシーを捕まえて、乗り込んだからだった。

行き先を聞かれた風は、とある場所を指定する。

運転手はすぐに出発したため、晋平は風の姿を見つけることが出来なかった。



「ありがとうございました」


風がタクシーを降りたのは、笙の母、百合子が眠る墓地の前だった。

風は、玉砂利の上を、一歩ずつゆっくりと進む。

季節は真夏だとはいえ、すでに日が暮れた時間だったが、

入り口に近い場所には街灯の明かりが届くので、前に進むことが出来た。

伊吹に別れを切り出された後も、風が向かったのは百合子のところだったが、

8年後、また複雑になっている心を落ち着かせようと来たのも、

百合子のいる場所になる。

砂利の音をさせながら歩き、頭が覚えている場所に進んでいく。



『どうしたの風ちゃん、そんなに辛い顔をして……』

『あ……風ちゃん、今日はいいことあった?』



風が笑っていても、少し寂しそうな顔をしていても、百合子はいつも笑顔で迎え、

優しい言葉をかけてくれた。

風は学校の授業が終わった後、

よく甘い物を買って、百合子のところに行ったことを思い出す。

墓地を歩いていた風の足が止まる。

手入れが行き届いた状態の『川端家』の墓は、風を静かに迎えてくれた。


「百合子おばちゃん……風です」


風はいつも家に向かった時のように、そう話してみるが、

冷たい石の下に眠る百合子からは、以前のようにもう声を聴くことは出来ない。

元々、ここに来ようとしていたわけではないので、供える花も持っていない風は、

その場にしゃがみ、手を合わせるとしばらく目を閉じる。

野良ネコの声がどこかから聞こえてきて、風は目を開けた。


「おばちゃん……私、恋愛には向いていないみたい。またふられちゃった。
ダメだね……」


弱気な言葉は冷たい墓石に向かうものの、当然返事は何もない。

『そんなことはないからね』と声をかけて欲しい人は、もういないのだ。


「今度はね、何も言わないって怒られた。だって、怖かったから……。
また伊吹の時のようにって。そう思うとさ、怖くていつも隠していて……」


風は『そう、その伊吹に……また会った』というと、大きくため息をつく。


「おばちゃん、伊吹の名前、覚えている? 私がたくさん話したことも
忘れていないよね」


風は、返事が戻らないことをわかっていても、そう問いかけてしまう。


「お兄ちゃんがね、伊吹と仕事を一緒にすることになったの。
そんなこと思ってもいなかったから驚いて。でも、今度は、
あの時みたいに泣いたりしないで、もう吹っ切れたって顔を……」


風の言葉が止まる。

今日ほど、百合子に会いたいと思う日はないと、風は浮かぶ涙をハンカチで拭いていく。


「そう思っていたのに、全然出来ないの。向こうにとっては終わったことでも、
私にはまだ、消化できていなくて」


風の中に、8年前の別れの日、振り返ることなく去って行った伊吹の姿が浮かぶ。


「今日もイライラして、どうしようもないことを言って……」


風は、今日、自分の言葉を受け入れながら、黙っていた伊吹のことを思い出す。


「好きな人が出来たら、他のことなんて気にならなくなるくらい幸せになれるって、
おばちゃん、そう言ったでしょう。だから、今度こそって頑張ったの。
前みたいにならないように、冷静でいようと思って……」



『好きな人が出来た……』

『後悔はしていない』



「でもダメ。どうしようとダメなものはダメだ」


風はそういうと、ため息をつく。


「おばちゃん、もう夜だよ、暗いの。こんなところにいたらダメでしょう。
だから風が悪いんだよでもいいし、しっかりしなさいでもいいから……、
ねぇ、何か言ってよ」


風はそう言った後、墓石を見つめたまま、しばらくその場に座り続けた。





『軽部酒店』

宗佑は、閉店時間になったので、看板を片付けるためにコンセントを抜いた。

移動する時ひっかからないようにと、看板にコンセントを巻き付けていると、

一人の客が滑り込むように店内に入ったため、客かと思いすぐに中を見る。


「おぉ、なんだ伊吹か」

「ごめん、もう終わりだろう、店」

「あぁ、そのつもりだったけど、何か買うのか」


宗佑は看板を押して、店の中に入れる。

伊吹は、ビールやサワーの缶が並ぶ場所の前に立った。


【13-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (*´∇`)ノ ヨロシクネ~♪

コメント

非公開コメント