13 休息地 【13-5】


【13-5】


宗佑は『仕事の帰りか』と言いながら、伊吹を見る。


「あぁ……」


伊吹は350ミリサイズのビール缶を取ると、千円札を台の上に置く。


「いいよ、金は」

「ダメだよ、商売だろう」


伊吹はそういうと、その場でプルを空けた。

いつも会計場所のそばにある簡易椅子を取り出し、そこに座る。


「ごめん、ここで飲んでいく」

「あ、そうか、親父さん、飲めないもんな」

「うん」


宗佑は『それなら俺も』と言いながら、伊吹と同じビールの缶を取った。

ビールケースを逆さにして、その上に座る。


「どうした……」


宗佑は、レジにお金を入れてお釣りを出すと伊吹の前に置く。

伊吹がいつもしないようなことをするので、宗佑は何か悩みがあるのだろうと思い、

『仕事で失敗したか』と聞いてしまう。

伊吹は『まぁ、うん』と言っただけで、また缶に口をつける。

宗佑は、何も語らず、ただ黙って飲みたいのならそれでいいと思い、

しばらく付き合うことにする。

時計の針は進み続け、小さなビールの缶を持ったまま、30分くらいが過ぎた。


「前に、お前に言われただろう」


伊吹の言葉に、下を向いていた宗佑の顔が上がる。


「前? 何か言ったか、俺」


伊吹は『俺が泣いているのを見たって話』と宗佑を見る。


「あぁ……うん。そうそう、脅かしてやろうと思って静かに近づいたのに、
お前が泣いていて、俺、何も言えなかったってあれか」

「うん」


宗佑は『俺、酔っていたからな……』と言うと、また一口飲む。


「俺さ……」

「うん」

「好きな人がいた」

「うん」

「本当にその人が好きで……なんだろう、一緒にいるだけで、また会えると思うだけで、
他のことはどうでもいいくらい、気にならなくて……」


伊吹は、話しながらビールの缶を見る。


「明日が来ることも、何も疑わなくて……」


宗佑は黙って頷いた。

伊吹とは小さい頃からよく遊び、その性格は一番わかっていると思っていた。

頑張り屋で、感情的になることはなく、常に周りを気にしていた。

その伊吹が『一人で泣いている』ということが、どれほど辛いことを受け入れたのかと、

当時も考えたため、気楽に声をかけられなかったのだ。

宗佑自身、その姿を見たと言うまでで、8年が経過していた。


「でも、その人は、好きになったらいけない人だった。
生きている場所も、用意されている未来も自分とは別だった。
無責任に大人の振りをしている、学生時代ならごまかせても、
生きていくことに正面から立ち向かわないとならない社会人では、月日の重さが違う。
迫ってくる現実と、自分の気持ちの整理整頓が間に合わなくて、
当時、一番ダメな方法しか、選択できなかった」



『好きな人が出来た』

『私に悪いところがあるのなら……』



「結果だけを欲しがったために、一番大切にしなければならなかったものを、
ただ傷付けて……その愚かさに一人で涙を流したのに、今もまた……」



『私には何もない』



「心の隙間に入ってきた感情を無視出来ずに、また……。
出来事から、何も学んでいない。自分の感情しか見えていないなって……」


自分が青柳の変わりを引き受け、『Breath』に出入りしなければ、

風を見かけたことで、『今を知りたい』などと思わなければと伊吹は後悔する。

『何もない』と寂しそうに言った風の名前を呼んだものの、

かける言葉は、具体的に用意されていなかったし、

『呼ばないで欲しい』と拒絶された。

伊吹の言葉を宗佑は黙って聞きながら、以前、近くに住んでいた山岡のことを思い出す。

『柴橋』の古い住宅にいた時から、それほど人付き合いもなく、

越していっても、親しい人を作ることは難しいとわかっていた。

宗佑は、いつものように、自分が引っ越し先に顔を見せていたら、

山岡の体調の異変に気づけたのではないかと、長い間、ずっと、

心の奥に後悔がくすぶっている。


「伊吹……好きになったらいけない人って既婚者なのか」

「いや、違う。そういうことではないんだ」


伊吹はそう言ったものの、具体的にどういう相手なのかと言うことなく、

またビールの缶に口をつける。


「違うのか」


宗佑は立ち上がり、店内の灯りを半分くらいにした。

外から、営業の終了したことがわかるようにする。


「そうか……」

「うん」


宗佑は残っていたビールを飲み干すと、缶をその場で潰す。


「相手を傷付けたのなら、その傷を一生、背負うしかないよ……伊吹」


宗佑はそういうと伊吹を見る。


「一生……か」

「あぁ、傷をつけてしまった、その出来事をやり直すわけにはいかない。
でも、それを引きずって悔やんでも、やらなければならないことは毎日必ず積み重なる。
だからこそ、辛いことがあっても、俺たちは大人として背負って踏ん張ってさ、
それも含めた人生を歩いていかないとならない」

「……うん」

「バカだな、ダメだなって、ここでこんなふうに愚痴を言って、
解決しない問題にため息ついて。小さな酒飲んでさ、
でも、また明日も頑張ろうって、励まし合うしかないよ」


宗佑はそういうと、『よし、何かつまみでも食べるか』と伊吹の肩を叩く。

伊吹は『いいよ、そこまで』と言うと、残りのビールを飲み干した。


【13-6】



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