13 休息地 【13-7】


【13-7】


「そう、そうなのよ。自分の未熟な部分が、
あまりにも見えすぎて落ち込んでいるのかも」

「未熟?」

「うん……」


風は『自分だけが止まっているみたい』と苦笑いをする。


「ほぉ……」

「そう。私だけがずっと同じ場所に立っていて、成長しないで。
周りはみんな、どんどん歩いて、進んで……」


風は、会議に参加しながら、話の中心に昴がいて、

みんながそれを囲むようにしている、その様子を思い出す。


「お兄ちゃんはすごいよ、一緒に仕事をしてあらためてそう思った。
しっかり仕事をして、きちんと意見も言えて。周りの人にも信頼されている。
お父さんがお兄ちゃんをかわいがるはず。私には……何もない」


笙は風の表情を見る。


「何もないのか? 風には」

「ないよ、笙君やお兄ちゃんのように、
お父さんを喜ばせるような仕事も出来ないし……」


風は苦笑いをしながら、またコーヒーを飲んだ。

コーヒーの表面に、ライトの明るさを使った風の姿がぼんやりと映る。


「なんだか……疲れちゃった」


風のつぶやきに、笙は『なぁ……』と声をかける。

風の視線が笙に向かう。


「前にも話をしたけど、お前、開発部に異動しないか」


笙は、営業事務と違い、外を回れるため気持ちに変化も生まれるし、

人と出会うことも多いと、風に話す。


「正直、俺は動くのは好きだけれど、事務的なことは面倒だと思っていて。
でも、書類とかデータとか、まとめないとならないだろう。
そういうことが出来る人を、配置しないといけないなとは思っていたんだ」


笙は『PC作業だな』と風に話す。

風の脳裏に、一瞬、PCを置き、昴たちと仕事をする伊吹の顔が浮かぶ。

開発部に異動すれば、勤務先も以前から利用していた都心のビルになるし、

伊吹と会うこともない。

かおりたちと飲み会をするにしても、遅れることはないと考えたが、

そのメンバーの一人、悠真は風の手を払うようにして帰っていった。

3人で飲むことは、この先ない。


「異動よりさ、こうなったら、結婚相手を探してもらおうかな」


風のつぶやきに、笙は視線だけを向ける。


「営業部だの開発部だの、どうせ私はどこにいっても中途半端だよ。
毎日数字を追って、それを右から左に流しているだけのような気がするし、
そう、お父さんには、適当に嫁に行けって思われているもの。うん、きっと、そう。
付き合っている男とどうなんだ、お母さんの知りあいの神部さんとはどうなんだ、
そういえばお父さんが気にしているとか、お母さんに言われたけれど、
具体的に色々話すのは面倒だし。結局、また話し合いしないまま流れているし。
『結婚すること』それが唯一、お父さんが私に望むことなら、
私のこの先の人生、それでいいかな……って」


笙は風のつぶやきを聞きながら、その哀しそうな顔を見続けた。

『結婚』という、本来なら人生で一番のイベントになる出来事を、

どこか諦めに近い状態で、受け入れようとしていることを感じてしまう。


「こんなのでもいいですよって人……いるかな」

「ほら、風、支度しろ」

「エ……ゆっくり飲んでもいいって言ったよね」

「気が変わった。パンケーキのうまい店に連れて行ってやるから、ほら」

「いいよ、そんなの……」

「そういう暗い顔を見ているのは嫌なんだ」


笙は風のそばまで来ると、コツンと頭を叩く。


「痛い……」

「自分をダメみたいに言うな」


笙は風がどんな形であれ、『結婚』に気持ちを向けてくれたら、

自分が進めたい方に話が流れることもわかっていたが、

哀しそうな表情に耐えきれず席を立った。

風のこういった感情を生み出した原因は、自分にもあるからだ。

風はコーヒーを飲み干すと、『本当に女性の影がない家だね』と笙に言う。

笙は『余計なお世話だ』とキッチンから言うと、『あと5分』と左手で5を示した。





「いらっしゃい……あら、路葉さん。フランスから戻ったの?」

「そうなの、ただいま戻りました。お久しぶり、義姉さん」


その日の夕方、仕事を終えて戻ってきた友成の妹、そして伊吹の生みの親である路葉は、

お土産とスーツケースを持ち、『沼田クリーニング』にやってきた。

店番をしていた鮎子は、居間にいる友成に声をかける。


「あなた、路葉さん」


友成は腰を上げ、ふすまを開く。

路葉は『どうも……』と挨拶をし、友成も黙って頷いた。


「伊吹は、当然仕事よね」

「えぇ……」

「何時頃戻る?」


路葉は渡したい物があると言い、店の時計を見る。


「今日は一日『Breath』で仕事だと言っていたから、
おそらくそれほど遅くならないと思うけれど」


鮎子は、『Breath』の本社がすぐそこに出来たのだと指で示す。


「あ、そう」


路葉は、自分たちの会社と提携している化粧品をいくつか出し、

『紗菜と一緒に使って』と鮎子に渡す。


「ありがとう」

「いえいえ」


鮎子は『中に入って』と居間の方を示したが、路葉は荷物だけ置かせてと言い、

スーツケースをカウンターの横に置くと、外に出て行こうとする。


「路葉さん、中でお茶でも……」

「いいの、いいの、また後から来るから」


路葉は『気にしないで』と手を軽く振り、歩いて行ってしまった。

鮎子は、路葉が置いたスーツケースをさらに奥へ入れていく。

友成は『相変わらずだな』と怪訝そうな顔をする。


「路葉さんなりに気を遣っているのでしょう。お土産とか、色々と……」

「気まぐれで、自分の思ったタイミングでしか行動しない。何が気を遣っているだ、
伊吹の方が、俺たちにどれほど気を遣っているか……あいつは……」


友成はふすまを閉め、言葉を途中で止めてしまう。

鮎子も内心、友成が何を言いたいのかがわかっていたため、黙って作業を開始した。


【14-1】



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