『Yellow Flower』 (後編)

『Yellow Flower』(後編)

          『Yellow Flower』(後編)


The latter part……


「買ったのは、あの人です」


1万5千円になったら、二人で購入者を決めようと約束していた彼が、

私に黙って買ってしまったという事実だけが、そこで明らかになった。


「うそ……」


私の頭の中で、小さく動き始めた想いが止まった瞬間。

もう、ここからは単調な言葉しか、出てこない。


「これ、置いていったそうです。あの人『sera』だったんですね。ビックリしました」

「『sera』って誰?」


竹内君は手に持っていた封筒から、小さなカードを取り出した。

私はそれを受け取り、確認する。


「今、注目されている若手の画家ですよ。2年くらい前に賞を油絵で取ったはずです。
それだけじゃなくて、今じゃグラフィックの世界にも入ってきていて、
個展なんて開くと、すぐに全部完売だそうです……」

「ふーん……」


『みはるさん』と書かれた封筒に入っていた『sera』ギャラリーへの招待状。

私はその封筒を竹内君に手渡した。


「竹内君行っておいで。あなた美術大の学生だし、こういうの興味あるでしょ? 
私、絵なんてわからないし、興味ないから……」

「でも、これは荒井さんの……」


私は首を横に振り、そのまま店を出た。名前なんてどうだっていいし、誰の物でも構わない。

これ以上竹内君の前にいると、そこで口を開いて言葉を出すと、

私が、涙声になっているのがバレてしまう……。





コロッケの匂いの中、下を向いた私が歩いていく。




よかったんだ……




よかったんだよ……




今で……。

そう、まだ好きになってはいなかったから……。




楽しんでいてくれたのだと思っていた。

あのランプを好きになって、その前で笑いながら話している時間を、

私が大切に思い始めていたように、彼も……。







……やっぱり好きになっていた……。







あの見せてくれた笑顔が、私に向けてくれたものなのだと勘違いしていた……。

私はなんて恋が下手くそなのだろう。愛想笑いと、微笑みの区別さえつかないなんて。





クリスマスまで、あと10日。




私はあれから、あの店に寄ることを辞めた。

思い出したくない彼の笑顔を、早く吹っ切りたかった。



『若手実力画家、seraの世界』



朝起きて、なにげなく見た新聞に、書かれている広告。

竹内君が言っていたように、彼はそういう人だった。

そう思えば、薄汚れたジーンズも、毎日のように店へ通うことも納得がいく。

あのランプを見ながら、手で何かを計っていたのは、そういう意味だったんだ……。


私は新聞を閉じ、仕事への準備を始め、少し早めに家を出た。





「赤ちゃんを産んだ方への花なの……どう?」

「でしたらあたたかい色の方がいいですよね。例えばオレンジや黄色……」



『黄色……か。あたたかい色ですね』



自分のことを得意気に話す私を、有名人である彼は、さぞかし滑稽に思っただろう。

恋に慣れていない女だってことも、すぐに気付いたに違いない。


あの向けてくれた笑顔を……。好意だと勝手に勘違いしていた私。


商店街は、落ち込みっぱなしの私の気持ちなど気付くことなく、

今日もコロッケの匂いが漂っている。私はあの店の前を、少し早足で歩く。


「荒井さん!」


竹内君の声だということはすぐにわかった。でも、聞こえないふりして通りすぎる。


「待ってください! ちょっと!」


竹内君が私の腕をつかみ、仕方なく顔を合わせると、その表情は嬉しそうに笑っていた。

なんだか無性に腹立たしい。


「行ってきましたよ、『sera』。よかったです……本当に。
いやぁ、お忙しかったようで、逢えなかったんですけど……」

「そう……」


本当に興奮して、嬉しそうな竹内君。美術を専攻している学生にしたら、

賞を取り個展を開くあの人は、神のように見えるのだろう。


「荒井さん、行った方がいいですよ……」

「行かないわよ。興味ないって言ったでしょ」


興味がないのではなく、彼の顔を見たくない。

くだらない約束だったとはいえ、破られたショックは大きいのだから。


「行った方がいいですって。金曜日までですよ。クリスマスまで!」


竹内君が私の手に握らせた紙は、『sera』の個展へ向かう地図だった。

招待状と一緒に入っていたものだろう。


「金曜日までです……」

「だって、招待状ないもの。そんなにすごい人なら、入れないでしょ」

「いえ、荒井さんは名前を言えば入れます、きっと……」

「……エ?」

「入れますよ」


私は仕方なく、何度か頷きその地図を握りしめたまま店を後にした。





今日はクリスマス。プレゼントだと予約された花束を、朝から作り続けた。

1年のうちのたった1日なのに、今日は街中が華やかで浮かれている。


この季節は足だけでなく、手もかじかんで辛くなるので、

少し荒れた自分の手に、隙間を見つけては何度もクリームを塗った。


この花束をもらって、微笑むのは一体どんな人なのだろう……。

そんなことを思いながら……。


「あ……」


気持ちが揺れていたのか、私は少し力を入れすぎて、使おうとした花を折ってしまった。

短くなった花を持ち、少しだけ考える。



『花……ですか。いいですね……僕も好きですよ』



もう、あんなふうに会うこともないだろう……。

それでも、彼がどうして約束を破ったのか、聞いてみたい……。

私は折れた花の茎を見ながら、なぜかそう思った。



『クリスマスまでです……』



今日まで、彼の個展が開かれている。

もしかして作品に使うためにランプを買ったのかもしれないし、

その絵が飾ってあるのかもしれない。


失敗して折ってしまった花を使い、私は小さな花束を作り出す。

もし、あまりにも人が多ければ、素知らぬ顔して戻ってこよう。





降りたこともない駅で降り、洒落た街を歩く。

こんな普通の格好で見に行ってもいいところなのかどうかもわからないのに、

ここまで来てしまった。



『荒井さんなら名前を言えば……』



竹内君の言葉を信じてはいるものの、本当に入ることが出来るのだろうか。

不安を抱えたまま、その場所へ着く。

最終日というだけあって、入り口は何人もの人が溢れていた。


「あの、招待状はございますか?」


受付に座っている女性が、私に気付き声をかけた。

私は小さく会釈し、ドキドキしながら、自分の名前を告げる。


「あの……荒井美晴と申します……」

「あ……はい。荒井美晴様ですね。どうぞ、中でお待ち下さい。今、先生をお呼びします」


先生……。そうか、あの人は先生だったんだ。

私はもう一人の女性に案内され、中へと進んだ。

左右に貼られている作品には、ほとんど売約済みという紙がついている。

値段を見ると高価なものもあり、自分の住む世界とは全く別なところに来てしまったと、

その時に気付いたが、とても引き返せる雰囲気ではない。


正面に飾られている絵には、しっかりとライトがあてられていて、

数人の客の頭があるから、全体を見ることは出来ないが、油絵のように見えた。


やがて一人、二人……と囲んでいた客がいなくなり、その絵が私の前に現れる。





「あ……」





その絵は、黄色い花に囲まれ、微笑む女性の横顔だった。題名は……





『MIHARU』





私を迎えてくれたのは、私だった……。



「もう来てもらえないかと思ってました」


後ろを振り向くと、そこにはきちんと正装をした彼が立っていた。

私はポケットからハンカチをとりだし、少し目に溜まり始める涙を拭く。


「約束を破ってすみませんでした。あなたに謝ろうと思っていたんですけど、
電話番号も住所も、何も知らなくて。知っていたのは……」

「……」

「あなたが美晴さんという名前で、黄色い花が好きだと言っていたことだけでした……」

「謝るだなんて……」


謝ってもらおうなんて思ってはいなかった。

ここへ来たのは、やっぱりもう一度会いたかったから……。


「この間、ランプを見に行った時、別の男が興味深そうに眺めているのを見て、
我慢できずに買っていました。あなたとの約束の日を待っている間に、
他の人に買われてしまったら……そう思ったんです。5千円じゃ、取り戻せない……」


私が少し顔をあげると、優しい目をした彼がこっちを向いている。


「あのランプがなくなったら、あなたとの時間も消えてしまうから……」


そう言うと彼は、私を右の方へ導いてくれた。

最初の角を曲がったところに、あのランプが置かれている。


「このランプはどうしても僕が手に入れたかったんです。
あなたとの時間が、この先も続くように……。ダメですか?」

「いえ……」


同じ事を考えてくれていた……。それだけで十分だった。

あの時間を少しでも楽しいものだと思ってくれていたのなら……それで。


「その花束は、もしかするといただけるのかな?」

「エ……」


彼は私が持っている、小さな花束を見つめ、遠慮がちに指で差し示す。


「こんなもので……すみません……」


花束を両手で大事そうに受け取り、彼は嬉しそうな笑みを浮かべ、花びらに触れる。


「いえ……素敵なプレゼントです」


私はもう一度『MIHARU』という作品を見た。

私って、あんなに嬉しそうにこの人と話しをしていたんだ。

あたたかく、優しい顔をした自分の姿に、心がいっぱいになった。


「あの作品は、差し上げます……」

「エ……でも……」

「あなたのために描いたんです。結構自信ありますよ」


私のくだらない話しを、いつも聞いてくれた彼の笑顔がそこにあった。


「この後、お時間はありますか?」

「あ、あの……」

「このお花を長持ちさせるコツを聞かないといけないので。よかったら一緒にお食事を……」

「クリスマス、クリスマスですよ……今日。それにこんな格好で……」


クリスマスと言っても、仕事帰りのジーンズ姿、私は思わず自分を見る。


「いいじゃないですか。僕もジーンズに着替えます。
美晴さんとは、そんなふうに出会ったんですから……。
これから連絡が取れるように、電話番号くらいは聞いておかないと……」

「クスッ……」


クリスマスの日に、私のもとにやってきた恋。

予想もしていなかった展開に、さらに鼓動が早くなる。


「あ……ずうずうしいかな」

「いえ、私もお名前くらい聞かせてもらわないと」

「あ、そうでしたね」


そう今、私は、あの絵のように、あたたかい笑顔を浮かべているに違いない……。





あなたを本当に好きになったから……。

                                  Yellow Flower end







いつもありがとうございます。
素敵な夜をお過ごしください……

コメント

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Xmasの魔法

こんにちは!!

ホエーッ・・・

クーッ、お話も彼も素敵です!カッコいいーなぁ!(^^)!
美晴さんも意を決して行ってよかったね

自分が書かれた絵を見た時の
驚きとうれしさったらなかったでしょうね

クリスマスの魔法にかかって(Xmasは過ぎちゃったけど)
美晴さんと一緒に夢のような気分をあじあわせてもらいました

     では、またe-463

名前も知らなかった

ほーらね、やっぱり彼は美晴との時間を大事にしたいたかったのよ。

でも絵をプレゼントなんて、流石画家!

黄色の花に囲まれた笑顔はきっと輝いている。

そうだ!まず名前を知らなければ!!

いいな!!!

美晴チャン、名前でフリーパスなんだ。

やっぱり彼は待っていたんだね。
自分が描かれた絵が出迎えてくれたって!!!
いいなぁ。

>いいじゃないですか。僕もジーンズに着替えます。
う~ん、こういう飾らない所がいいんだよね。

クリスマスはいつもステキな出来事を運んでくれる。

幸せの黄色い…♥

やっぱり短編の醍醐味は、出逢いの様子と好きになってく過程だよね~(〃▽〃)

切ない時間の後に…、こんな素敵なサプライズ…最高だね~♪♪

ランプの精が、二人を結びつけてくれたのよね~☆
いずれこのランプが…ベッドの横に…^m^

大切な物

二人の大切な物を守る為に
約束破っちゃったんだね。

黄色い花に囲まれ、微笑む女性の横顔・・・

こんな嬉しいサプライズ!本当に素敵だわ~♪

ジーンズで出かける気取らないクリスマスも良いよね^^v


何かと慌しい今日この頃・・・(今日の我が家は大掃除でした^^;)
素敵なお話にとっても癒されたヨン。
ももちゃん、温かく幸せな一時をありがとう~(^^♪


プレゼント

mamanさん、こんばんは!

>自分が書かれた絵を見た時の
 驚きとうれしさったらなかったでしょうね

ねぇ……。自分で書いておきながら、この絵を見つけた時のことを想像すると、
なぜか泣けちゃう私です。

いいよねぇ、こんなふうにされたら、すぐにポッ……です。

2年前に作ったものですが、こうしてまた楽しんでもらえたら、嬉しいです。

なかなかだよ

yonyonさん、こんばんは!

>ほーらね、やっぱり彼は美晴との時間を
 大事にしたいたかったのよ。
 でも絵をプレゼントなんて、流石画家!

でしょ、しかも一番目立つ位置に展示しちゃうところなんかは、
なかなかなヤツですよ(笑)

また、短編も挑戦したいです。
休み中は無理だけどね……

彼の気持ち

tyatyaさん、こんばんは!

>やっぱり彼は待っていたんだね。
 自分が描かれた絵が出迎えてくれたって!!!
 いいなぁ。

いいでしょ。
自分を見てくれていた優しさがあふれた、
きっと素敵な絵だと思うもの。

2年前の作品ですが、またみなさんに読んでいただけて嬉しいです。

いずれはね

eikoちゃん、こんばんは!

>やっぱり短編の醍醐味は、
 出逢いの様子と好きになってく過程だよね~(〃▽〃)

だよね……
と言いながら、醍醐味を味わえるようなものになっているかどうか、
ちょっと心配ですけど。

>いずれこのランプが…ベッドの横に…^m^

こらこら……(笑)
でも、そうなんだろうな…… (〃∇〃)

怒れないよね

パウワウちゃん、こんばんは!

>二人の大切な物を守る為に  
 約束破っちゃったんだね。

そう、この約束破りは、怒れないよね。
しかも、絵が迎えてくれちゃ……

パウワウちゃんやyonyonさんは、おそらく前にも
読んでくれていたはずなのに、
あらためてレスしてもらって、本当に嬉しいです。

いつも、いつもありがとう。
こちらこそ、感謝です。

ほっこり出来ました?

yokanさん、こんばんは!

>このお話、今回初めて読みました^^

そうそう、yokanさんがいたところとは
別のところでUPしていたものだからね。

心があったかくなってもらえたら、こちらも嬉しいです!
いつもありがとう!