【14-1】
「いらっしゃい……あ、おばちゃん」
「久しぶり、紗菜」
時間を潰すつもりの路葉は、『三国川』の駅前で、
紗菜が店長になった店があることを思いだし、電車に乗り様子を見に来た。
紗菜は空いている席に路葉を通すと、『アイスコーヒーでいい?』と聞く。
「うん、お願いします。もう日本の夏は異常よ、喉が渇いた」
「はい、お待ちください」
紗菜はそういうと、すぐに準備に取りかかった。
路葉は『保護ネコカフェ』というものが、どういうものなのか知らなかったので、
ネコたちが自由に動く様子を見ながら、『あらまぁ……』と声に出す。
友成にとってはやっかいな妹でも、紗菜にとっては、『自由で楽しいおばさん』だった。
兄の伊吹が、本当は路葉の息子であることもわかっていて、
真四角のような性格の兄が、この人から生まれたのは、
ウソではなく本当のことだろうかと、紗菜は考える。
それでも、仕事で外国に行ったり、色々な人と話すことが上手な路葉のことを、
紗菜は単純に好きだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ねぇ、紗菜。これはすごい環境だね」
路葉は少し上を向き、さらに左右を見る。
「エ……そう?」
「そうだよ。ネコがあんな細い柱をつたって、あっちこっちに動いているもの」
路葉の指が右に左に動く。
「それはそうだよ、ネコだもの。
ネコってあぁいうところ……高いところとか、狭いところとかが好きなの。
それをわかって、動きを見るために、こういう造りにしているわけで……」
紗菜は笑いながら、『うちに泊まるの?』と尋ねた。
「ううん……伊吹に会ったら、ホテルに泊まる」
「エ……どうして。うちに泊まってよ」
紗菜は『色々話しもしたいのに』と路葉に言った。
「いい、いい。お父さん不機嫌になるでしょ。義姉さんがたいへん。
私も体が硬直して休めないし」
路葉は体を緊張させるような形にして、紗菜の笑いを誘う。
「あはは……もう、おばちゃんおもしろいね、相変わらず」
「そう? あ、そうだ、紗菜が来ればいいよ。
ホテルに……そうだな、少なくとも1週間はいるから」
「1週間? エ……それでまたフランス?」
「正式には決めていないのよ、用事が済んだら一度戻る。
でもまたしばらくしたら、こっちに来る予定」
「そっか忙しいね。うーん……ホテルか」
紗菜は立ったままで両手を組み、考えるようなポーズを取る。
路葉の足元を、1匹のネコがゆっくりと歩き、
路葉が体を動かしその姿を見ると、尻尾をピンと立てた。
「おばちゃんと話すと楽しいし行きたいけれど、お店があるからな」
「そうか、残念」
「私も残念」
紗菜は『ゆっくり飲んでね』と言うと、路葉の前を離れていく。
路葉は若い頃から仕事で接客をしていたため、人と話すことは得意だった。
今も仲間と一緒に仕事をしているが、当時の人脈がうまく生きているため、
お金に困る様子もない。アイスコーヒーを飲んでいた路葉の携帯にメールの知らせが届く。
路葉はそれを確認すると、予想通りの内容に自然と笑みが浮かんた。
『これから始まること』を少し頭の中で整理する時間を取り、
路葉は返信を打ち込むために指を動かし始めた。
結局、路葉は2時間近く『ニャンゴ』で時間を潰し、
紗菜と晋平が、店の片付けをするのを手伝うことになった。
「フランスからですか」
「そうです。フランスパンの香りがするでしょう」
路葉がそういって髪の毛をさサラリと手で動かす。
晋平は、『本当だ、香ばしい』と答え、二人は揃って笑い出した。
「それにしても最初は奇妙な場所だと思ったけれど、かわいいものね、ネコも。
こうして見ていると、飼いたくなる」
「あ、どうですか?」
晋平は『申し込み用紙ならありますよ』と路葉を見る。
「ううん、無理。実際には無理ね。私、根気ないし」
路葉は『息子でさえも放棄してしまったから……』と舌を出す。
「ホウキ……?」
「路葉おばちゃんは、うちのお兄ちゃんの生みの親なの。だから……」
「そう、ネグレストのダメダメ母なのよ」
路葉はゴミ箱の中身を、まとめていく。
「おばちゃん、少し座っていてよ。そんなに動いてもらっても、時給出ないよ」
「いいわよ、紗菜の店だもの。こんなおばちゃんでも、少しは役に立たないとね」
路葉はビニール袋の中に、ゴミを押し込み、一つにまとめていく。
「来なかったですね、あの人」
「……うん」
紗菜はチケットを忘れていった風のことを考えていた。
コンサートの日付は、あと3日後になる。
それが終わってしまえば、ただの紙で、戻しても意味がない。
「俺は実際、取りには来ないと思いますけどね」
晋平はそう言った後、すぐに両手をパンと叩いた。
【14-2】
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