【14-2】
「何、晋平、ビックリするでしょう」
「俺、いいことを思いつきました。こうなったらいっそ、紗菜さんが行ったらどうですか。
もったいないでしょう、『AREA』ですよ」
晋平は『AREA』の名前を何度も言いながら、紗菜を見る。
「冗談でもそういうことを言わないで。泥棒でしょう」
「泥棒って……いや、でも……」
晋平は『わざとですよ、絶対』と、チケットが忘れられていた状況を思い出し、
テーブルを布巾で拭いていく。
「何よ、なんの話」
二人の会話に興味を持った路葉の問いかけに、晋平は昨日、ここに座っていた女性客が、
『AREA』のコンサートチケットを忘れていった説明をする。
「『AREA』」
「おばちゃん、知っている?」
「知っているよ、もちろん。フランスでもコンサート、少し前にあったみたいだし」
「だよね、だと思う。私ずっとファンなのに、
まだ一度もコンサートに行けたことがないの。
今回もチケット取ろうと必死になったのに、全然引っかからなくて」
「あらまぁ……」
「世の中は不公平ですよね。そういう人もいるのに、
ここに捨てるような形でわざとチケット忘れて、どうでもいいとしてしまう人もいて」
晋平は布巾をきれいに洗うと、バーに干していく。
「へぇ……チケットね。世界的に人気があるから、結構するでしょう」
「するする。高いよ」
「だよね……」
路葉は自分の前で、片付けを続ける紗菜を見る。
「紗菜」
「何?」
「今度何かあるときには、おばちゃんに言ってごらん」
「エ……」
路葉は、自分の胸を任せてという意味で軽く叩く。
「おばちゃんが?」
「あら、何よ、その顔。私だって結構顔広いんだぞ」
路葉はそういうと、紗菜に向かってウインクをした。
紗菜と一緒に『ニャンゴ』から戻った路葉は、
仕事を終えて戻ってきた伊吹と再会した。
鮎子の勧めで夕食を一緒に取り、泊まればいいという意見には礼だけを言う。
ホテルをすでに取っていて、そこに行くからとスーツケースを持ち、
駅まで歩くことになったので、伊吹が荷物を運ぶ役を引きうけた。
二人で並びながら歩くのは、数年ぶりになる。
「紗菜は、店長として立派に仕事をしていたわよ」
「そう……」
伊吹は『あいつは動物が好きだからね』と紗菜のことを話す。
スーツケースのキャスターのゴロゴロと言う音が、
コンクリートの材質が変わったことによって、少し小さくなる。
「伊吹はどう?」
「どうって……」
「今の仕事に満足しているの?」
路葉の問いに、伊吹は『うん』と少し遅れた返事を戻す。
「何よ、その警戒心たっぷりな言い方。別に何も変なことは話していないし、
やってもいないでしょう。まぁ、自分の産んだ息子なのに、どうしてこんなふうに、
気を遣わないとならないのか……」
路葉は『こちらのことも、ご心配なく』と伊吹を見る。
「まぁ、それならいいけれど……」
伊吹はそういうと、前を見た。
路葉は隣に並んでいる伊吹の横顔を見ながら、自分の手を握り、
優しい笑顔を浮かべ、やがて力尽きた人の面影を蘇らせる。
その別れの日から数ヶ月が経ち、気持ちは切り替えてきたつもりだったが、
ふとした瞬間に、辛かった時間を思い出してしまう。
路葉は、歩きながら急に歌を歌い出した。
伊吹は隣に立ち、それが『フランス語』であることはわかるものの、
何を歌っているのかまではわからない。
二人の会話はないまま、駅前に到着した。
「今回の予定を済ませたら、一度フランスに戻るけれど、荷物はもうまとめてあるの。
次に戻ってきた時にまた連絡する」
「向こうを引き払うってこと?」
「まぁ、そうね」
路葉は『私は日本人なので』と言った後、両手を前で合わせ、お辞儀をする。
伊吹はいつもの路葉らしいと思いながら、『仕事は……』と問いかけた。
「仕事?」
「あぁ……」
「まぁ、色々とね。今回は仕事より大事なことがこれからあるのよ」
路葉はそういうと、『ありがとう』と言い、伊吹からスーツケースを受け取った。
駅前に止まっていたタクシーの運転手にわかるように、左手を振ってみせる。
タクシーの運転手が降りてきて、後部座席の扉が開いた。
路葉はスーツケースをトランクに入れてもらうと、タクシーに乗る。
「それじゃね、伊吹」
「うん」
路葉は伊吹に手を振ってくる。
伊吹はそれに答えるため、一度左手をあげた。
路葉を乗せたタクシーが、駅前のロータリーから離れていく。
伊吹は家の方に歩き出し、途中にあるコンビニに入った。
「お客様、目的地まで高速を使った方がいいですか」
路葉は自分に背を向け歩き出した伊吹を見ていたが、運転手の声に前を向く。
「それで早く着くのなら、そうしてください」
「かしこまりました」
路葉は運転手の質問に答えた後、携帯を取り出した。
とある人の番号を探し、通話ボタンを押す。
何度か呼び出し音が鳴り、相手の『もしもし』の声が届く。
「こんばんは、沼田路葉です。ご連絡ありがとうございました」
路葉が電話をかけた相手は、現在、政治家として力を持つ『宮田邦男』になる。
「はい……この携帯にかけていただければ……」
路葉は『お伝えしたいことは、手紙に書いた通りのことです』と言うと、
宮田との通話を終了した。
【14-3】
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