14 チケット 【14-4】


【14-4】


「あぁ……もう、やっとこのあたりのモゾモゾがなくなった。
今日が来るまでドキドキとウキウキが混在していたの。雨の後、次の週と思ったら、
沼田さん、来なかったでしょう。思わず、『何かありましたか』って私、電話して」


道佳は左手で受話器の形を作ると、耳に当てる仕草をする。


「いや、普通なら聞かないのよ。でも、次はって言っていたあとだったから、つい……」


道佳は『昴もここで聞いていたのよね』と笑い出す。


「ここまで来たら、驚いてもらいたくて」


道佳が、両手を胸に当てて、楽しそうにいう姿を見た昴は、

『すみません、子供みたいなやつで』と、フォローするように話す。


「2回も言わないでよ、子供って」

「あれ? そうか?」


昴は道佳を優しい目で見ながら、そう話した。

美緒は『仲がいいですね』と二人を見る。

それからもしばらく4人の会話は続き、道佳と昴のアドバイスを聞きながら、

伊吹と美緒は種を植えたり、土の状態を整える。

初めての『カリポリ』で、その日の作業をやり終えた。



「またね、沼田さん、美緒さん」

「はい、ありがとうございます」


午前中で作業を終えた伊吹と美緒は、車に戻ることになった。

昴と道佳は、話しながら事務所に戻っていく。

伊吹は、美緒に『何か食べに行こうか』と声をかけ、車のエンジンをかける。


「うん」

「何がいい?」


美緒は『何でもいいよ』と答え、シートベルトをする。

伊吹は、美緒のトーンが来る前とは違っていることに気付きながらも、

触れないままサイドブレーキを外す。

確か公営住宅の近くに、うどんの店があったことを思い出し、

近藤さんから『美味しい店だ』と聞いていたため、そこに連れて行こうと考えた。


「あのさ……うどんの……」

「『Breath』の仕事……しているんだ」


美緒は伊吹の提案に重ねるようなタイミングで声を出すと、視線を外に向けた。

伊吹からの反応がないため、美緒はすぐに横を向く。


「ごめん、やっぱり気になった。あの人、森嶋さんって言っていたし……」


美緒は『お兄さんってことだよね』と問いかけ、

誰のかなど聞かなくてもわかることのため、伊吹は黙って頷いた。


「そっか……」


美緒の言葉には、あまり力がなく、気持ちの沈んだ状態を隠せなくなる。

『Breath』の名前と、『森嶋』の名字を聞き、

心の中が複雑になっていることは、隣にいる伊吹にもすぐに感じ取れた。


「『ストロボ』は、企業相手の仕事をしないとならないから。
向こうから頼むと言われて、最初は別の人が担当だったけれど、
その人が事故に遭ったから、急遽変わることになった」


伊吹は『急遽』という言葉をつけ、計画されていたことではないと主張した。

問いに答えた伊吹だったが、美緒の視線はまだ外に向いている。


「避けられるのなら避けたいと思ったけれど、仕事の分担もあるし……」


伊吹は自ら願って仕事をしているわけではないことも、付け加えた。

伊吹がエンジンをかけ走り出すと、車は進み、『カリポリ』は二人から見えなくなった。

伊吹は横にいて、外を見続ける美緒の様子を何回か気にしてみたが、

話したことが全てで、これ以上、付け加えることがあるように思えず黙ってしまう。

美緒は『あの人がお兄さんなんだ』とつぶやくように言った。

ため息が混じったような言葉の送り出し方に、伊吹は言葉を続けることなく運転をする。

伊吹は交差点を右折し、少しアクセルを踏んだ。


「美緒……もう過去のことだ。そういう考え方はやめよう。
昴さんは何も知らないし、彼女だってもう……」

「会ったの?」


美緒は『風の存在』を前に出され、すぐに反応する。


「会ったよ、同じ会社だし。でも、それだけだ。
向こうも普通に挨拶してきたし、こっちだって別に……」


伊吹は風が会議のメンバーになっているとか、

以前、過去のことを感情的に言われたことなど、細かい部分は語らなかった。

これ以上、美緒に責めるような口調で聞かれることも嫌だったし、

話をしていても、プラスにはならないと考える。


「この先に、うどんのお店があるんだ。お得意さんが美味しいって教えてくれて、
そこでいい?」


伊吹はスピードをあげる。

美緒は外の景色を見ながら『うん』と返事をする。

少し明るめの声を出し前を向くが、気持ちはなかなか落ち着かない。

美緒は自分の右手親指の爪で、左の人差し指の横部分を、

何度も押すようにした。強く押せば、爪が硬い分傷みもある。

その痛みの感覚を、何度も繰り返し、今、考えたくないことはどこかに追いやろうとする。

信号が赤になり、伊吹の運転する軽自動車は、速度を落とし止まった。

横断歩道を、小学生くらいの男の子が自転車に乗った状態で渡っていく。

美緒は右手と左手を握りしめる。

信号待ちのため車は停まるのが当然だが、『止まった』ことで、景色も流れず、

考えることが、たった一つのことに偏ってしまう。

美緒は伊吹の横顔を見た。

『Breathに行き、あの人に会っていた』という事実があるのに、

気にする素振りも見せていない伊吹の態度が、美緒には気になり出す。

あれだけ嫌だと言い続けてきたことが、伊吹には全く伝わっていないのかと、

あえて大きく息を吸い込み、吐き出していく。

信号が青に変わり、伊吹はそのまま走り出す。

わざとらしいくらいの自分の呼吸、それに対して何か反応はないのかと考えたが、

伊吹からは何もない。


「私はいつも、こんなことがあったって電話で伊吹に話をするでしょう。
私だって聞くよね、『どうなの』って。伊吹も話してくれたらよかったのに。
『Breath』と仕事をすることになった、森嶋さんと会ったって……」


伊吹は、美緒の言葉を聞き、『タイミングだよ』と言い返した。


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