14 チケット 【14-5】


【14-5】


「タイミング?」

「うん。『Breath』の仕事が始まったのは……この間からで……
担当の人が事故に遭って、それから引き継ぐことになってって、
慌ただしくしていたし……」

「それにしても、あんな風に聞くことになるなんて……」


伊吹からではなく、周りから聞かされた。

美緒は言葉に出しながら、さらに苛立ちが増していく。


「森嶋昴……森嶋風」

「美緒……」

「何? 借りた畑が隣? それがサプライズ? それのどこが楽しいの?
今日を待っていたなんて言われて、なんだかはめられた気がする、
あんなふうに向こうの都合がいいようにされたら、笑い顔も引きつるよ」

「知らないのだから仕方がないだろう。昴さんも道佳さんも何も知らない。
向こうもこっちも……」

「だって……」


伊吹は、美緒の悔しそうな声を聞きながらも、アクセルを踏み続ける。

過去のことなど、何も知らない人なら気にならないのだろうが、

美緒は伊吹と風の別れを見ていて、そこから付き合いを始めている。

出来たら『森嶋』という名字を聞きたくないという思いも理解は出来た。


「美緒が複雑な気持ちになるのはわかる。でも、それで……仕事を請けたからって、
不機嫌になるのはおかしいだろう。それならどうすればいい?」


伊吹はそういうと、またスピードをあげる。

どこを見ても、何を聞いても、感情が複雑に絡み合ってしまい、

伊吹は自分自身も苛立ってきていることがわかってしまう。


「こんなことがありました。だから引き受けられませんと言うべきだった?」


伊吹の感情を乗せた言葉が、顔をそらしている美緒に向かう。


「……ごめん」


美緒は、伊吹の苛立ちに気付き、すぐに謝るとまた外を見た。

そこからは、しばらく二人の会話もないまま車は走り続ける。

次の信号を右折し、少し景色が変わった時、目的の店の看板があった。


「あ、伊吹、ほら、あれじゃないの?」

「あ……うん、そうだ」


『体を動かすと、お腹が減るね』と、美緒は明るく伊吹に声をかけた。





『三国川』


その頃、紗菜は改札口の前に立ち、出てくる人の顔を見続けていた。

今日は日曜なので、仕事ではないだろうが、風がチケットを置いて帰ってから、

少し時間に余裕があるとこうして駅まで来て、姿を探してしまう。


コンサートは明日の夜に行われるため、芸能ニュースでも『AREA』が来日したこと、

テレビのインタビューなど、盛り上げる企画がいくつかあった。

左手に持つファイル、その中にあるチケット。

紗菜は落とさないように大事に抱えながら、

それから5分くらい出てくる人の顔を見続けた後、肩を落とし、店に戻っていった。





『チケットを置いてきた?』


その日の午後7時、風は部屋の中にいた。

1時間くらい前にかおりに連絡をし、悠真のことがあり、

チケットを見ていたらつい悔しくなったこと、

何も考えずにわざとお店に置いてきたことを話した。

かおりは『番号とか覚えていたら行けるかも』と言ってくれたが、

風は『ごめん』と謝罪する。

かおりは『だったら私も辞めるよ』と言ってくれたが、風は電話を切った後になり、

初めて申し訳ないなという気持ちが大きくなっていた。

『AREA』のファンなのは、かおりも同じで、

コンサートは以前から楽しみにしているはずだった。

いくら悠真のことがあったからといって、

罪のないかおりの楽しみを奪ってしまうのは、風の責任になる。


「風……どこに行くの」

「ちょっと……」


風は忘れてきた場所がわかっているだけに、一応、その場所に向かうことにした。



チケットを、自らゴミのように挟んできたので、ないことはわかっているが、

『100%』の気持ちに持って行かないと、次に進めない気がしたからだ。

駅まで戻り、そのまま『ニャンゴ』に向かおうとした時、

改札の前で、降りてくる人を見ている紗菜を見つける。

誰かと待ち合わせかと思い『こんばんは』と声をかけた時、

紗菜は『あ……』と大きな声を出した。


「よかった、会えました」

「エ……」


驚く風に、紗菜は両手で抱えていたファイルを出す。


「これ……チケットです」


風は信じられない気持ちで、紗菜の出したものを見た。

あの日、わざと置いていったチケットが、丁寧にファイルに入れられ、

大切にされた状態で目の前に戻ってくる。


「どうして……」


その言葉は、風の心からの叫びだった。

どうしてこんな状態になるのか、全然わからない。


「すみません。忘れ物に気付いて、すぐに晋平が追いかけたのですが、
お客様の姿がわからなかったみたいで。で、もしかしたら思い出して、
お店に来てくれるかなと考えましたけど、日付も迫るし、なんだかじれったくなってきて、
ここで見ていたら駅で会えるかなと……」


紗菜は『よかった、無駄にならなくて……』と声に出す。

風は、自分がチケットを置いた時の状況を思い出し、『わざと』と言わず、

『忘れ物』として扱ってくれていることに驚きながらも、

出してくれたファイルを受け取っていく。


「すごいですね、『AREA』のチケット取れるなんて。私も高校生からファンで、
チケット必死に申し込みましたけれど、全然当たらなかったから」


風は紗菜の言葉を聞き、自分がどんな形でチケットを取ったのか、思い返していた。

並ぶこともせず、電話をかけることもなく、業界にコネのある叔父を持つ悠真に頼み、

ただ時を待った。

見に行けることは当然で、チケットを取れない人達がいることなど、

考えたこともなかった気がする。


「あ……閉店時間になるので……では、また」


紗菜はちょこんと頭を下げると、店に走って行ってしまう。

『待って』と声をかけようとした風は、結局かけられないままその姿を見送った。


【14-6】



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