15 異空間の人

15 異空間の人


邦宏がこの部屋へ通されたのは、初めてではなかった。

高い天井ではファンがゆっくりと回り、大きな窓からは自然の風が心地よく流れてくる。

テラスの上にはハヤトが大きな体を横たわらせ眠り、

イネさんは目の前の大きな揺れる椅子に座り、

世間話をせがむのがいつものパターンだった。


「坂本さん、紅茶でよろしいですか?」

「あ……おかまいなく。すぐに帰りますから。すみません、ずうずうしく……」

「いえ、母から言われているんです。ハヤトの散歩は必ず
『フリーワーク』の坂本さんに頼むようにと。私もわかっていながら、
荷物の整理などに時間を取られて、後回しになっていました」


この初めて見た女性は、名前を笹本穂乃と言い、イネさんの娘になる人だった。

昔、長男だと紹介された男性とは、年が12も違う。


「突然、見たこともない私がここにいて、驚かれたんじゃないですか?
お恥ずかしい話なんですけど、先日、離婚して戻ってきたんです。
あの子は遥香と言って、私の一人娘です。母が1週間前に階段で転びまして、
急に入院することになり、坂本さんとのお約束のこともよくわからず、
連絡をせずに申し訳ありませんでした。仕事の予定を、空けて下さっていたんでしょうか。
それなら……迷惑料でも……」

「いえ、そんなことじゃないんです。ただ、急に電話が鳴らなくなったので、
イネさんがもしかしたら具合でも悪いのかなと、ちょっと心配になって
仕事の帰りに寄ってみただけですから。そんな迷惑料だなんて、
いただく理由もないですし、娘さんが一緒に住むことになるのなら、
今までのように頼み事がなくなるのは当たり前です」

「いえ、きっと、母は退院してきたらまた、お願いすると思いますよ。
『フリーワーク』のみなさんに会えることを、とても楽しみにしているようですし」


穂乃はそう言うと、向かいのソファーに座り、外で絵を描く遥香の方を見た。

少し斜めに置いた脚は細く、綺麗に伸びる。

邦宏はこの当たりではあまり見かけないような雰囲気を持つ穂乃に、つい視線が向かう。


「ねぇママ。ハヤトのボールを取って」

「はい……」


穂乃は立ち上がり、リビングの隅に転がっているビニールボールを手に取った。

それは、邦宏もよくハヤトを散歩に連れて行くと投げてやるもので、

強く噛むとピューと音がする。遥香はそれを受け取ると、庭の反対側へ軽く放り投げた。

一瞬そっちを見たハヤトは、追いかけることなく視線を下へ戻す。


「ハヤト……取りに行きなさい!」

「遥香、そんな強い言い方しても、ハヤトは動かないのよ」


遥香はボールを追わないハヤトに、不満そうな表情を見せたが、

仕方なく自分でボールを取りに行き、また同じように放り投げてみる。

しかし、ハヤトは全く動こうとしない。


結局、3回それを繰り返した後、不満に頬を膨らませた遥香は、

ボールを思い切りハヤトの頭にぶつけ、大きな声で泣き始めた。


「あ……遥香」

「コラ! 何するんだ!」


邦宏は立ち上がり、ボールを投げた遥香の元へ行くと、

ひざまづいた状態のまま、投げつけた右手をつかみあげた。


「頭にボールなんてぶつけたらいけない。
そんなことをしたら、ハヤトはもっと言うことを聞かなくなるよ」

「だって……」


そんなことを言われると思わなかった遥香は、邦宏の手を振りほどき靴を脱ぐと、

リビングにいる母の元へ慌てて走り身を隠す。

ハヤトは喜びシッポを振り、低くなっている邦宏の頬を軽くなめた。

邦宏は、穂乃と遥香の驚きの表情に、置かれていた状況を思い出す。


「すみません、余計なことを」

「い……いえ……」


穂乃はなんと反応したらいいのかわからない表情で、遥香を抱きしめ身を守ろうとした。

いきなり現れた男に、娘をしかられて、気分のいい母親がいるはずもなく、

邦宏は失敗したと唇を噛む。


「出過ぎたマネでした」

「いえ……」


ハヤトは嬉しそうにじゃれてきたが、穂乃の表情と遥香の怯えた眼に、

邦宏はイネさんによろしくと頭を下げ、足早に笹本家を後にした。





「はぁ……最悪だ」

「ん?」


事務所へ戻った邦宏は、デスクの上に足を投げだし、困った表情のまま天井を見上げた。

書類を打ち込む大和は、指は動かしたまま、何があったのかと問いかける。

邦宏はどちらかというと切り返しが早く、

失敗しても落ち込んだりすることが少ない男だった。

何かにこだわってしまい歩みが止まる自分とは、大きく違いがあるところが好きで、

人見知りをしてしまう大和には珍しく、すぐに友達になれた。


「大得意先を失った」

「ん?」

「笹本さんから仕事、もう来ないだろうな……」


近頃仕事が入ってこない笹本さんの理由を聞こうと、PCから顔をあげた瞬間、

大和の携帯が震え出し、メールが届く合図がした。

ジーンズのポケットから取り出し確認すると、その相手は美帆で、

みなみの次の候補日があげられている。



『昨日、母から届いたものなんです。時々こうして送ってくれて……』



あの重苦しい空気を思い出し、大和は邦宏とは違うため息を吐いた。






16 親子の事情


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コメント

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2人の妹達

なかなか他人をしかってくれたり、
心配になって訪ねてきてくれたりする人っていないのに、
やっぱり邦宏君ていいやつだ。

でもお仕事となるとやっぱり違うのか。
失敗しちゃったね。
でもきっとイネさんは分かってくれるさ。


大和は、また二人の妹達に心穏やかじゃないね。
大和の気持ちはどちらも知らないだけに、彼としてもどうしていいのわからないんだろうね。

みなみから母の事を聞くのはちょっとつらい。
彼の気持ちもまだ整理できていないしね。

ため息つきっぱなし?

こんにちは!!

邦宏も大和も、にっちもさっちもどうにもブルドック?(フ・フルッ)
なかなか心穏やかに暮らすって難しいもんですね

橋田壽賀子さんの『渡・鬼』(うっとおしくて3シーズン目くらいから見てないけど)じゃないけど
ささやかな日常にも問題は絶えないね

邦宏にとって穂乃さんは気になる存在になるのかな?

2人のため息は、何処へ行く~~

     では、また・・・e-463

にっちもさっちも

↑いやあ~ん
mamanさんの
>邦宏も大和も、にっちもさっちもどうにもブルドック?(フ・フルッ)
がツボにはまってしまいました(^0^)
ホント、そんな感じです。

邦宏!めげるな~

大和~複雑だね。。
貴恵ちゃんは、大和のことよく分かってくれてるみたいで
ちょっとほっとしました。
大和は、そんな貴恵ちゃんに甘えてますね。

あっちもこっちも

邦弘君の人の良さが際立つね。
笹本のおばあちゃん入院してたのね。お年寄りが怪我すると治りにくいし、
長くかかるのかしら?心配だね。

得意先を失うのはきついな。

大和は大和で、みなみちゃんのとこには行きずらいし・・・

大和の知らない母の味。

さすが社長!

tyatyaさん、こんばんは!

>なかなか他人をしかってくれたり、
 心配になって訪ねてきてくれたりする人っていないのに、
 やっぱり邦宏君ていいやつだ。

邦宏は、社長でもあるくらい(って、二人で作ったんだけど)なので、
人間的にも出来ている男として書いているつもりです。
でも、完璧はないからね、失敗もするし、後悔もするんですよ。

>大和の気持ちはどちらも知らないだけに、
 彼としてもどうしていいのわからないんだろうね。

こちらも悩める男です。ちょっと……のつもりが、
思ったよりもダメージが大きかったのかも知れません。
解決しようのない想いが、ため息を生んでおります。

ささやかだからこそ

mamanさん、こんばんは!

>邦宏も大和も、にっちもさっちもどうにもブルドック?(フ・フルッ)

あはは……楽しい。れいもんさんがとっても喜んでいます。

>ささやかな日常にも問題は絶えないね

はい、そこなんですよね。
このお話には、みんな家族がからんでいます。他の人から見ると、
『それのどこが問題?』と言いたくなるようなことでも、
本人からすると、頭が痛かったりするものです。

>邦宏にとって穂乃さんは気になる存在になるのかな?

うふふ……

ではまた!

報告しました

れいもんさん、こんばんは!

れいもんさんのツボにはまったこと、
mamanさんにもお返事で報告しておきました(笑)

>大和は、そんな貴恵ちゃんに甘えてますね。

はい、そのようですね。
大和は貴恵の微妙な心境に、どうも気付いていないようです。
ここらへんが、さらなる……を生まなければいいのですが

悩む若者

yokanさん、こんばんは!

>ここで叱るのは正解だよね、
 子供はその場で叱って教えていかないと分からないもの。

はい、子育て経験者は、わかりますよね。
その場、その場で処理する! それが正解です。

しかし、邦宏の立場からすると、失敗……と落ち込んでもしかたないところです。

大和は大和で、解決しようもないところに、
気持ちを突っ込んでしまったというところでしょう。

さらに悩む人が、次回に出てきます(笑)

邦宏の存在

yonyonさん、こんばんは!

>邦弘君の人の良さが際立つね。

はい、邦宏はメンバーの中でも、使い分けが出来る男です。
ふざけてみせたり、真面目に対応して見せたり、
そして、冷静なんですよ。

大和の方も、複雑な気持ちを抱えてしまい、困っています。
ちょっとした出来事なんですけどね、色々とみんな、悩むのです。

ただいま追っかけ中・・

1話ごとのコメントはお返事も大変でしょうから^^;
5話くらいずつ書いていくね~!

フリーワークの面々の性格が、だんだん見えてきて形になってきましたね。

邦宏君、つい注意しちゃったけど、お得意さんの家族が様変わりして、彼も困っただろうな~
この家族はどうなるんだろう・・・

そして、二人の妹とは・・・

笹本家の事情

なでしこちゃん、こんばんは!

>5話くらいずつ書いていくね~!

うん、いいよ、書きたい時で。
とにかく1話が短いから……。

>この家族はどうなるんだろう・・・

もう出てこない……はずがない(笑)
ちゃんと何かを、見せてくれますよ。